【Special】月刊、水垣偉弥のこの一番:1月 バルセロス×タルボット「ベテランの見事なスタイルチェンジ」
【写真】水垣だからこそ感じることが出来たバルセロスのMMAの奥深さ(C)Zuffa/UFC
過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura
大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は水垣偉弥氏が選んだ2025年1月の一番──1月18日に行われたUFC311のハオーニ・バルセロス×ペイトン・タルボット。スタイルチェンジと共に連敗を乗り越え、タルボットに初黒星をつけたバルセロスの強さを語らおう。
――今月の一番ではハオーニ・バルセロス×ペイトン・タルボットの一戦を選んでいただきました。これはまさに水垣さんのこだわりが詰まったセレクトですね。
「この試合はライブで解説をしてたんですけど、バルセロスはどちらかというとストライカー的な感じだったのが、徐々に組み技をやるようになった印象があったんですよね。というのもバルセロスは2022年1月にビクター・ヘンリーとやった時に打撃戦で押されて負けてしまい、そこでストライカー的に戦うのが厳しくなったと思うんですよ。僕自身、この2人を見た時に、打撃だったらバルセロスだろうと予想していた中で、バルセロスが打撃で押されてしまった。
実際にそこからは成績も落ちてきて、少しずつ組みを混ぜる戦い方に変わってきていると感じていました。そして今回はタルボットというストライカーの新鋭と戦うことになり、その相手に対して完全に組み勝ちましたよね。僕自身がキャリアの終盤に『こういう試合をやりたい』と思っていた試合をバルセロスが見事に見せてくれたので、見ていて感動しました」
――この試合だけを見ると、バルセロスは完全にレスリング&グラップリングでタルボットを圧倒しました。
「タルボット戦は完全にテイクダウンに行く、グラウンドでコントロールする試合をしているんですけど、UFCに出始めた頃は全く違う印象、スタンドの打撃がいい選手という印象でした。その選手がここに来て組み中心の試合をして、ちょうど僕がコーディ・ガーブラントとやった時(2016年8月)のことを思い出したんです。あの時の僕は全然打撃で勝負しようと思っていたんですけど、実際はガーブランドにKOされてしまって。僕ももっと早めにスタイル変更していれば、もう少し現役を長く続けられたのかなと。
それこそRIZINでマネル・ケイプとやった時(2019年8月)はスタイルチェンジして挑戦した試合だったのですが、結局ケイプを捕まえることができなくて。僕自身がそういった経験をしているので、バルセロスが上手くストライカーからグラップラー寄りにスタイルチェンジできている姿を見て、個人的にすごくいい試合をしたなと思います」
――マッチメイクとしては無敗のタルボットがどこまで連勝を伸ばすかという試合だったと思います。
「そうなんですよ。だから僕はバルセロスに感情移入していて『俺も連敗中に勢いがある若手をぶつけられてキツイ時期があったな』や『自分もそういう役割をやっていたな』と思って見ていたので、みんなの予想を裏切るバルセロスの見事な戦いっぷりは本当にすごいなと思いました。
きっとこの試合はある程度年齢やキャリがいった選手にはすごく伝わる試合で、逆に20代の若い選手にはあまり響かないと思うんですけど(笑)、自分の格闘技人生を一周終わったものとしては胸に来るものがありました。僕はアルジャメイン(・ステーリング)にやられて、ガーブラントにやられて……新しい選手に潰されて最後はリリースされてしまいましたが、バルセロスはそこで粘って踏み止まっている珍しいタイプですし、僕はここからどこまでやってくれるのか注目しています」
――バルセロスの動きや技術的な部分はいかがでしょうか。
「バルセロスはもともとレスリングベースでテイクダウン技術も持っていて、その引き出しを開けてきたんだなと。どうしても打撃に関しては反応が落ちていたと思うのですが、打撃でやり合える能力があった選手なので、タックルに入るタイミングもすごくいいんですよね。そうした打撃とタックル・テイクダウンが繋がっているなと感じました。
バルセロスはストライカーと打撃で勝負するのは厳しくなったかもしれませんが、打撃をやる感覚、距離感……僕はタックルに入るタイミング=打撃のタイミングだと思っていて、タックルは組技だけど打撃に近いところがあると思っているんですね。そこがすごく活きている印象です」
――なるほど。打撃で戦ってきたスキルや経験をテイクダウンに活かせられるわけですね。
「はい。ただどうしてもそこの切り替えは難しいんですよ。ファイトスタイルを変えて負けてしまうと後悔もあるだろうし、自分の一番得意なもので勝負しておけばよかったと思うでしょう。僕はそれでスタイルチェンジが遅れた部分があったので。だからこそバルセロスがベテランになって本当に美しくスタイルチェンジして、期待の新鋭を本当に完封したので、こんな素晴らしい試合を見せてもらってテンションが上がりましたね」
――しかも2R以降はテイクダウンしてもグラウンドコントールしきれずに逃げられていた場面もあった。精神的に弱気になりかねない試合展開だったにも関わらず、よくそこを乗り越えて勝ちまで持っていきましたよね。
「そこはバルセロスの気持ちが伝わってきたし、ちゃんと練習をやってきている選手だなというのが伝わってくる内容でした。あとはテイクダウンだけじゃなく、ポジションコントロール能力、テイクダウンしたあとの寝技がすごかったですよね。テイクダウンしたらトップを取ってバックを狙う――を繰り返しながら、相手に有利なポジションを譲らない。レスリング&柔術という動きですよね。しかも打撃のタイミングでタックルを取って、そこからポジションコントロールするというのは、まさに“MMA”だと思います」
――水垣さんから見ても打撃よりも組み技の技術の方が衰えないものですか。
「最初に落ちてくるのは反応速度だったり、そういうところだと思うんですよ。相手のパンチに対する見える・見えない、一瞬でも見えていればヒットポイントをずらしたり、歯を食いしばったり、対応できると思うんです。でも反応速度が衰えてくると、パンチそのものが見えなかったり、仮に見えていても一瞬の対応が遅れる。キャリアを重ねてダメージが蓄積して打たれ弱くなることもありつつ、反応速度が遅くなることで今まで倒れなかったパンチで倒されてしまう。特に軽量級の場合は打撃のスピードそのものが速いので、それについていけなくなる傾向はあると思います。
逆に組みに関しては、反応速度が必要なタックルの攻防もありますが、一度組んでテイクダウンしてしまえば、反応速度に頼る部分はすごく減ると思うので、年齢やキャリアを重ねた、特に軽量級の選手がスタンド勝負することが難しくなって、組み技中心にスタイルチェンジしていくのは自然の流れかなと思います」