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【Column】平本蓮の会見を取材した前後に素直に思った──禁止薬物使用に対する反応への違和感

【写真】凄いメディアの数。普通のMMA大会で顔を合わすことがない人達が大勢いた(C)MMAPLANET

2日(月)、都内某所で平本蓮が2名の弁護士を伴って記者会見を開いた。周知のように、その目的はMMAファイター赤沢幸典のステロイド使用の暴露から告発を受けて、身の潔白を表明したモノだった。

会見場に詰めかけたメディアの数からも、この件が如何に注目を集めているのかは理解できた。このような会見を修斗やパンクラス、DEEPで戦っているファイターが開いたとしても、取材するメディアの数は5名ぐらいだろう。MMAの攻防の機微には興味がなくても、こういうことは多いに盛り上がる。だからRIZIN人気が存在する。まるで大物芸能人が不倫をして謝罪する会見を取材したみたい(笑)。取材対象に愛があるのは、最前列に陣取り真っ先に質問をした人だけだった。

と同時に、この件に関するMMA界の住民からの反応を眺めていると、日本の格闘技界はステロイドの使用に関して、今も性善説が根強く残っていることが改めて理解できた。

メディアの動画撮影等が一切禁じられた会見での質疑応答の際にも言葉にさせてもらったが、MMAを取材しているメディアの端くれとして、禁止薬物使用に関する陽性という検査発表など日常茶飯事として捉えている。UFCやPFLのようにドラッグテストを大会毎や抜き打ちで実施し結果が公表されているなら、定められた試合出場禁止期間も公となり、プロモーションがそれに倣い試合を組まない。ただ、それだけだ。

禁止薬物の使用は、禁断でも何でもない。普通に存在している。

今回の件の異常性は、当人に近い関係の人間から当初は匿名の暴露があり、その後に実名を公表したことにある。この告発が良心の呵責によるモノであれば、検査結果に関わらずRIZINが実施した検査の発表後に行えば良かったはず。

仮に陽性と判断されたなら、告発をする意味はあったのか。陽性だった場合、平本がその検査内容に不満を示した時に動けば良い。陰性だった場合に、良心の呵責に堪えられなければ個人的な戦いを挑めば済むこと。このタイミングでの暴露&告発は、良心の呵責などではなく他に理由があるという疑念が沸き起こって当然だ。

そして、個人的なことをいえば──取材をしたこともある選手だし、海外での貴重な経験談を聞かせてくれ、確かなMMA戦術眼を持ち、理論立てて説明できる人物なだけに、非常に残念なことになってしまったというのが、偽らざる心境だ。何より、GSPのインタビューの仲介をしてくれた恩を返す機会を逸したままだったことが心残りでならない。

というのも、友人を裏切る行為は使用禁止のパフォーマンス向上薬の接種よりも取り返しがつかないと思っているからだ。ドーピング違反は悪だがルールで罰せられるモノだと理解している。その一方で当人同士だけでなく、周囲の人間も含め人間関係というのは規則を根幹とした規範など存在しない。

公の場で、誰もが目にできる記事という形で文字を書き記す立場としては、伝聞で伝わってきたことを元にコトの是非は問えないが、綻びだらけのお膳立てを用意した力に彼が従わないといけなかったように見受けられることが、至極残念だ。

対して、上にも書いた通りドーピング違反は規則を根幹とした処理ができる。RIZINの検査結果の発表をもって、その後の平本の処遇も決まるだろう。正直、その結果が陰性であっても、疑惑が公になった時点で身の潔白にはならない。セクハラ、パワハラの告発と同じで、コトの真偽でなく起こった時点で疑いの目は永久に付きまとう。

加えて今後は、使用していない努力の賜物というべきフィジカルの持ち主にも、その疑い目が向けられることは間違いない。

この疑いの目だが、MMA業界内の人物のSNSでも数多く確認できる。それこそが禁止薬物の使用があって当然という精神状況になっていない、日本の格闘技の現実だ。嫌味でなく、それが日本の美点だと思う。

やってはいけないことをルールで明記するが、取り締まりはしない。それで、成り立ってきた。本当に素晴らしいことだ。ステロイドの使用疑惑は外国人選手にだけ、向けられてきたのだから。

とはいえ、ここ数年──以前は日本人選手は打たないという前提をどこかに持っていた自分も、「あぁ、怪しいなぁ」と思うケースが出てきたことは確かだ。

実際、ステロイド成分のある薬を処方してもらって、それを元に体を大きくする事例があるという話も聞く。検査がないから、使用する。それを良しとは絶対にしないし、検査が無くても使用しない高貴な精神性を今も求めている。だが、現実として使っていると思われる選手が国内でもチラホラと出てきた(怪しいなという選手が、常に勝っているというわけでもない)。

そしてRIZINを始め、パンクラスでもタイトルマッチは検査を実施するようになった。DEEPも今回の件を経て検査を導入する方向にあるという話も伝わってくる。コストの関係で全試合とはならないが、検査があることは性善説に頼らないという意味でも前進だ。とはいえ、どれだけ抑止力となるのか。タイトルマッチでないなら、検査はないと割り切れる状況が生まれるのか──それは分からない。

この件で「やってはいけない」という意見と同様に、「バレないなら、やっても大丈夫」という考えが必ず生まれる。だからこそ、RIZINという日本最大のイベントの主催者に求めたいのは、特別な例、世界を騒がせたケース以外でも検査をした場合は結果を発表してほしいということだ。

そして、可能であれば──怪しいという噂のない選手に関しても、抜き打ち検査の対象にしてほしい。誰もが検査される可能性がある。試合後でなくても、突然チェックが入る。できればRIZINだけでなく、MMAの試合を組む全てのプロモーションで実施すれば、万全ではないが、今よりも抑止力が高まるはずだ。

そのために、どれだけ費用がかさむのかという意見が出るのも当然だろう。ここはMMA業界の人間の禁止薬物使用根絶への意思の強さが問われる場面だ。

「フェアじゃない」、「何とか取り締まってほしい」という選手、ジム関係者の声は多い。だからといって、その全ての責任を大会主催者に一方的に求めるのか。そんなことができるMMAプロモーションは、この惑星でUFCだけだろう。

日本のMMAを、よりクリーンで公平な環境にするための費用を選手やジム・サイドも捻出するだけの強い意思を持っているのか。ファイトマネー、指導料、ジムの月謝、原稿料、映像制作、チケット売り上げ、PPV売り上げ、この業界に携わっている人間の全てが、ドーピング検査数を増やすために痛みの伴う改革に乗り出せるのか。

記者という立場で、チケットを購入せずに試合を見る権利を得ているメディアの全ての者が対象となるなら、自分は原稿料やMMAに関する仕事で得た収入のある一定までのパーセンテージなら納めても構わない。それで禁止薬物の使用を無くす方向に、日本のMMA界が進めるのであれば。

「そんなこと無理だろ」、「できる人間、できない人間がいる」という、それぞれの見解、認識、意見があるだろう。そこ。そこ、だ。

それぞれの意見がある。それを、だ。今回の件で、ああだ、こうだと自分の見解をことさら強調している関係者がいるが、あなた方は解決のために自分で何か行動を起こす気持ちはないのですか──ということ。

「検査がないと、選手の安全が守れない」、「公平性を欠く」という真っ当な意見を、現実とするのは批判や見識の伝播、文句ではなく、行動力。行動を伴わなければ、指摘は不満、愚痴で終わる。要は、それが一番書きたくて、今回、このコラムを記させてもらった次第です。


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