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【RIZIN45】大晦日に約1年2カ月振りの復帰戦、弥益ドミネーター聡志―01―「日々の練習のために」

【写真】在宅勤務時間前にロングインタビューを受けてくれた (C)SHOJIRO KAMEIKE

31日(日)にさいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナで開催されるRIZIN45で、弥益ドミネーター聡志が新居すぐると対戦する
Text by Shojiro Kameike

弥益にとっては昨年11月6日の平本蓮戦以来、約1年2カ月振りの試合となる。前回のインタビューで、試合で受けたダメージについて明かしてくれていた弥益。会社員としての日常と、非日常であるファイターとしての試合——その狭間で揺れながら、弥益がリングに戻ってきた理由を語る。


――現在の時間は朝8時です。もしかして出勤前ということでしょうか。

「今日は在宅勤務で、就業時間が始まる前に――とお願いさせていただきました。朝早くの時間に、すみません」

――いえいえ(笑)。コロナ禍では練習や試合を断つほど、会社員としての生活も大切にしている弥益選手です。ただ、コロナ明けであるものの、昨年11月の平本蓮戦(判定負け)から1年以上もインターバルが空いた理由を教えていただけますか。

「前戦のダメージですね。平本選手との試合ではダウンした回数が多く、試合後にMRIを撮りました。その診断では『大きな異常はない』ということでしたが、頭のボヤケといいますか、頭の中にモヤがかかっている状態が長く続いていて。この状態で試合をするのは危ないだろうと判断し、試合間隔を空けることになりました」

――平本戦のダメージについては試合後のインタビューでも触れていましたが、あれから1年……ずっとダメージが残っていたのですか。

「あのインタビュー後も、しばらく頭の中に違和感がありました。そのため3カ月ほどは完全に格闘技の練習をシャットアウトし、何もしていなかったです。だんだんと練習は始めていましたが、自分の中で『また試合をするのかどうか』という気持ちが沸いてきたんですね。『そこまで無理して試合をする必要があるのかな?』と」

――……。

「1回立ち止まってしまうと、薬が抜けていくような感じです。もう麻痺している状態だったんですよね。毎日練習して、たまに試合して――それは普通の生活ではない。自分は会社員であり、もちろん家庭もありますし」

――「普通の生活」の基準が、他の選手と弥益選手の場合は異なります。MMAを戦いながら会社員としての生活を送る選手と違い、会社員として生活しながらMMAに臨んでいる弥益選手にとっては、それが「普通の生活」ではなく麻痺している状態というわけですね。

「はい。するとMMAを離れていた時期に、『もっと会社や家庭にウェイトを置かなくてはいけない』と、改めて考えるようになりました」

――それは現役引退という選択肢もあったということですか。

「う~ん……まぁ、そうですね。自分の場合は『現役引退』なんて大それたことではないのですが――」

――ここまで実績を残したファイターが戦う舞台から降りれば、それは「引退」と扱われるべきでしょう。

「アハハハ、ありがとうございます。基本的に自分から『試合に出なくなる』と宣言するつもりはありません。ただ『もしかしたら、このまま試合に出ずにキャリアを終えるのかな?』と、ボンヤリ考えてはいました」

――3カ月も練習から離れていると、すぐに試合に出たくなる選手もいます。その意志をプロモーターに伝えれば、すぐに試合が組まれる選手もいるでしょう。しかし弥益選手の場合は、そういう気持ちにならなかったと。

「僕のほうから『試合をさせてほしい』と思ったことはないんです。格闘技を始めて10年以上が経っていますけども、そこまで人前で試合をしたいという欲はなくて。どちらかといえば日々練習できていれば楽しいですし、今まで練習の中で通じなかった相手に少し良いシーンをつくることができたら、それだけで心が満たされる人間なんです。ですので『体もこういう状態で、そこまで無理して試合に出る必要があるのかな?』と思ったことは事実ですね」

――格闘技に限ったことでいえば、試合のダメージにより練習できなくなることのほうが怖いですか。

「どちらを取るかと聞かれれば、僕は絶対に練習を取ります。常に格闘技に触れていることが自分の幸せなんですね。今まで格闘技に触れていた時間のことを考えると、ここで格闘技から離れるのは不安といえば不安で。せっかく練習して積み上げてきたものがあるのに完全にリセットして、それらを無かったことにするのは――自分にとっては今までの時間を無駄にするような……。培ってきた格闘技の技能を劣化させるのは嫌です。しかし『その技能を人前で見せたい。試合で出して評価されたい』という意識は薄いです」

――では、弥益選手にとって「試合」とは何なのでしょうか。

「試合のために試合をする、という感覚はなくて。やはり練習だけしていると、どうしてもマンネリ化してしまう時があるので、練習のクオリティを上げる瞬間が必要になります。以前に北岡悟さんから『いつ試合するの?』と訊かれた時、僕は『分からないです』と答えました。『ここが劇的に伸びた、というのが見えていないので試合する気が起きないです』と。すると北岡さんは『成長って試合でするものだから』と言ってくださったんです」

――なるほど。

「自分のように、ただ練習だけしている人たちもいます。でも日々の練習の中でも成長が欲しい。試合というポイントがあると練習の山場もつくりやすし、試合の中でも何か新しいものを得ることができる可能性がある。であれば、日々の練習のために試合をするという選択肢もあるのではないかと考えに至ったんです。そのあたりから、だんだんと『試合をしても良いかな』と思い始めました」

――……弥益選手はご自身のことを、プロのファイターだと思いますか。

「それは難しいですね。まず気持ちの中では、自分はファイターや格闘家ではないです。格闘家の真似事をしているイタいファンであって(苦笑)。僕の中の格闘家像というのは、自分が始める前に見ていた方々で、自分はその方々の影を追っているだけなんですよ。『格闘家とは、こうあるべきだ』と勝手に思いながら生きていて……。だから自分のファイターとしての価値が高いとも考えていませんし、『そこまで自分の生活や健康を崩してまで試合に出るべきなのか?』とは思ってしまいます」

――勝ちたいという気持ちはもちろん、有名になりたい、大金を稼ぎたいという思いを抱えているファイターもいます。そのような意識を持っていない弥益選手が現在のポジションにいることに対して、『やっかみ』のようなものは受けませんか。

「これも難しいところですね。僕の中には二人の自分がいて――一人は『自分よりも格闘技に懸けていて、この世界で大成したい』と考えている人たちに対し、申し訳ない気持ちを持っています。しかし一方で、『こんな片手間でMMAを戦っている弥益に後れを取ってしまうような練習しかしていないのかよ』とも思う自分もいます。それは自分に何かが足りていないからだろ、って」

<この項、続く

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