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【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。グラッソ✖シェフチェンコ「居着く、2種」

【写真】ストライカーが、テイクダウンで攻めてはいけないのか……。MMAとは……。武術とは……。戦いとは…… (C)Zuffa/UFC

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見たアレクサ・グラッソ✖ヴァレンチーナ・シェフチェンコとは。


──無敵のシェフチェンコが、まさかの一本負けでタイトルを失いました。

「居着いているとは何か。居着くという言葉自体は有名ですが、武術空手である剛毅會流では……車でいえばエンジンを切ってしまっている状態をいいます」

──相手の攻撃をまず考え、相手に合わせて自分の戦いができていない状態をではなく?

「その通りです。それで受けに回っている状態も居着くといいます。それとエンジンが切れた状態です。この試合でなくても質量が高いのに、居着いてしまって相手に中に入られるということはあります。この試合でも立って構えていると、質量が高いのはシェフチェンコです。でも中が止まってしまっている。グラッソは何から何まで、全部間違っているのに居着いていない。そういうことに関係なく、勢いがあって動いている。居着いて、中身が止まっているときに回転力のある攻撃をされると本当に危ないです」

──組みでも優勢ではあったのですが、打撃より組みが目立ったシェフチェンコでした。

「打撃は劣化します。同様にレスリングの強い選手が、MMAに転向するとレスリングだけの部分は劣化する。それはどうしようもないことです」

──去年の6月の防衛戦でタイラ・サントスの組みに苦戦し、打撃から組みに切り替えてスプリット判定勝ちという試合がありました。あそこで何か、シェフチェンコは変わったのか。

「そこなんです。そういう試合をしているのに、試合前に日本に来ていた。なぜ、なんだと思いませんでしたか」

──シェフチェンコはパラエストラ柏の練習で本当に強かったですよ。

「それは日本だからですよ。自分が最強の状態で練習していると、劣化してしまいます。ここがMMAの難しさですね。打撃でなく、組みで攻めると打撃は劣化しますぜって話です。ボクシングならボクシング、キックならキックでもこれしかできないというところが劣化する。そして、MMAはその劣化を防ぐ方法論が見当たらないです。

シェフチェンコの場合は素晴らしい打撃の使い手ですが、そうでない選手も組みがあるから打撃が上手にならない。なので打撃をやるMMAと、MMAをやるMMAはここからスパッと分かれていくような気がします。私は今、打撃の人間を指導していますが『MMAをやるな。打撃をやりなさい』としかいえなくて、そこをフィーチャーしたことをやっています。打撃が劣化して、組みにいってもどうなるのか──ということです」

──シェフチェンコに関しては組みで試合を優勢に進めていたと思います。

「でも結果的に負けているじゃないですか」

──それはあそこでスピニングバックキックを出して、バックを取られたからではないでしょうか。結果論ですが、組みだけでいけば後ろを見せることもなかったかと。

「だったら組みの練習をしっかりとやるべきです。そこにしても、居着いているので銅像と同じですよ。グラッソは手を出せば当たるのだから、そんな状態で組みに行ってもそれも居着いていると思いますよ」

──相手の攻撃有りきで組んでいたので。

「ハイ。居着いていないレスリングと、居着いてよっこいしょで動くレスリングは違いますし。だいたいガードワークが上手いグラッソにテイクダウンをすることが、戦術的にどうだかってことですよね。とはいっても、それはMMA的には間違っていない」

──その通りで3Rまでのスコアは29-28で取っている。なら間違いではないかと。

「打撃が上手く行かない。なら組みだというのは全然間違っていない。その一方で打撃がダメなことをどのように考えるのか。どの試合でも、MMAは離れた状態から始まります。胸を合わせてとか、相手が下なってという状況からは始まりません。

打撃がダメということは、先を取られていることが十分に考えられます。後手に回ったテイクダウン……でもMMAとしては間違っていない。いやぁ難しいですよ。もちろん、ストライカーも組みの練習は必要で、死ぬほどやらないといけないでしょう。でも、それを試合でわざわざ使う必要はない。

戦いとMMAは違うなぁと、改めて思います。右足前、左手で殴るのが一番の武器の選手が、それだけとシングルレッグに入られる。だから、左足前で戦った。テイクダウンされないよう戦うのも選択肢の一つです。ただし結局はテイクダウンされた。それは先が取れていないから。自分の得意な攻撃を優先すると、先を取れてテイクダウンされなかったかもしれない。勿論そうならない時もある。MMAでは前者を選択することも間違っていない」

──それでいて、MMAもルールがある戦いです。

「そう。だから難しい。いずれにしてもシェフチェンコは相手の選手がやられて嫌なことを考えないと。グラッソはパンチ、蹴りが嫌だった。それなのにシェフチェンコは構えたまま止まっていました。回転が掛かっていない。打撃で良い練習ができていなかったのでしょう。行かないと殺されると思えば、自分から行くはずです。

でも、自分より格下の選手との練習は受けて返すということができてしまう。この出来てしまっているという感覚が稽古に体に染みつくことは厄介です。やられて、どうすれば良いのか考える稽古の方が、良い稽古で」

──う~ん、稽古と練習の違いでしょうか。やられてばかりで、攻めるイメージができていないと試合には向かないとも考えられます。

「もちろん、そこも必要です。ただし、練習であっても最悪な状況を想定しないと。居着いた状態で受けて何かしようとすると、後手に回るので。受けて何をするのか、スポーツ……格闘競技は受け返しが成立するようになります。本来は相手を動かファイトのチェフチェンコが、組んで倒したとしてもグラッソに動かされていた試合になってしまいます。それが居着いているということです。

動かしているのと、動かされているのでは、同じ技を出しても違います。正直、立った状態では大した取り柄のない相手選手にシェフチェンコは動かされていた。普通に殴って、蹴ればグラッソは嫌だったはずなのに。ただし、グラッソには回転力とスピードがあった。そこと攻防する打撃の練習ができていなかったのではないかと思います。

と同時にね、どれだけ強い選手──シェフチェンコのような選手も、どこまで自分を律し続けることができるのか。チャレンジャーだった時と、今は違ってきて然りです。彼女が今より良くなりたいと思っているのか。そういう意味では、1階級上のバンタム級王座に挑みたいという気持ちがあるなら、その時はまた違ったシェフチェンコが見られるのではないかと思います。

私は正直、女子のMMAは余り見ていなかったのですが、シェフチェンコの試合はチェックしてきたんです。それだけ素晴らしい選手なのに、今回は銅像のように見えてしまいました」

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