【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ヌルマゴメドフ✖ジャスティン・ゲイジー
【写真】予想外の一方的な展開になったのは──なぜか(C)Zuffa/UFC
MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。
武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは間、質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑氏とともに見てみたい。
武術的観点に立って見た──UFC254におけるカビブ・ヌルメゴメドフ✖ジャスティン・ゲイジーとは?!
──序盤の打撃戦はともかく、テイクダウンから試合はヌルマゴメドフの一方的なモノになりました。
「ボクシングだけでいえばゲイジーの方が良かったです。1Rに右を当てて、ヌルマゴメドフをふらつかしていますし。ヌルマゴは上下で攻めてくる人間に対して、苦手にしている部分があります」
──ただし、ゲイジーは強烈なローキックの持ち主ですが。ローでKO勝ちもしています。
「まぁ武術的な理の話は理論であったり、技術の話になりがちですが、そこを突き詰めていくと今回の試合のように──そこを動かしているのは人間性、精神、思考ということになります。人間力が結果として質量を上げるということを感じます。
どこを目指してやっていくのか……何を目指しているのか。不利な試合に挑むというのは、指導をするにあたって非常に役立つことがあります。今回、ゲイジーはもう怯えていました。あのトニー・ファーガソン戦の強さはどこに行ったのかというほどに。なぜ、あのパンチをヌルマゴに打てなかったのか。
ヌルマゴのレスリングと寝技に対して自信がなかったので、あれほどまでにビビってしまったのではないかと思います。つまりは──ヌルマゴの凄まじいレスリング力とコントロール、そしてフィニッシュ力に対し、最悪の想定をしていなかったのではないかと。
試合でビビるというのは、自分を信じることができていないからです。では、どうすれば自分を信じることができるのか──まずは自分にとって不都合なことばかりを想定することです。最悪な状況を想定する。
そうなったときにトレーニングと稽古の違いが見られます。トレーニングは本人が最高のパフォーマンスを発揮するために行うモノです。最高のパフォーマンスが10だとすれば、トレーニングではパフォーマンスが12の人との溝は永遠に埋まらないです。しかし、10の人間が8しかない、7しか出せない状況に追い込めば、10を超えて12、15という力を出せることがあります」
──それが稽古ということですか。
「ハイ。稽古ですが、相当に厳しい稽古です。毎日が憂鬱になるような。ただし、そこを経験すれば試合前の恐怖や緊張はなくなります。緊張やプレッシャーは誰にでもあるからこそ、自分の心も体もぶっ壊れるような稽古をする。ただし、これは1人では無理です。選手と指導者の間にそこまでやる信頼関係があれば勇気を持って上がって行けると思っています。
ゲイジーはNCAAの強いレスラーをパートナーに練習をしていたとも聞きました。ヌルマゴの動きを想定して、そういうトレーニングをしたのでしょう。でも、そういうパズルが上手く組み合わさることは余りないです。
そういう方法論は通じない。方法論を動かすのは人間です。だから、どこまで想定していたのか。稽古の修羅道というのですが、挫折して嫌になるような修羅を何度見たかで、フッと乗り越える瞬間があります。
ゲイジーもレベルの高い練習はしていたはずです。ただし、修羅を見るまでの稽古をしていたのか。していたようには、私には見えなかったです。これは彼が負けたからではないですよ。負けても、それが見える選手はいます。ヌルマゴは子供の頃から、お父さんとやってきたのでしょう。息子だから、ダメなところをどんどんついていたでしょうしね。
ゲイジーがあそこまでビビっていたのは、稽古でそこまで追い込んでいないから。そうなると怖くなってくるんです。この試合で圧倒的にヌルマゴの質量が高くなったのですが、それはゲイジーがそうさせてしまったんです。ゲイジーの質量がいつもと比較して、全くなかった。怯めば、質量は下がります。そうなるとヌルマゴの質量は上がる一方です。
相手が自分にとって、そこまで強いと容易に分かる相手の時は、やはりそういう稽古をしなければならない。それはトップ・オブ・ザ・トップのUFCの世界戦かもしれないし、海外で戦う試合かもしれない。日本の大会でベルトに挑む試合、あるいは2回戦かもしれないです。でも、強大な敵と対することが分かっているなら、自分の限界から始める稽古を行い、乗り越えた自信がつくと試合でそこまでの精神的なプレッシャーには掛からない。そうなることで質量は下がらないです。
相手より自分の質量が低い場合は、相手の質量を上げさせないで戦うことが重要になってきます。つまり、いかに自分の質量を下げないで戦うのか。それは怯まないこと。その怯まないで戦う精神は、自分の限界を超える稽古で養われます。ただし1人では無理です。だからMMAの場合は、チームでやれるのか。そういう稽古をしているようには感じられなかったゲイジーは、大勝ちするか、一方的にやれるのか。そういう選択しか、ヌルマゴと戦うことでなかったように見えました」