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【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ピョートル・ヤン✖ジョゼ・アルド

【写真】ヤンはまだ底を見せていない。アルド戦では彼の全容は見えないということは、誰と戦ったも楽しみが増える(C)Zuffa/UFC

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──ピョートル・ヤン✖ジョゼ・アルドとは?!


ジョゼ・アルドですら憎くもない人間と戦い続けることはできない

──ジョゼ・アルドを5Rにパウンドアウトで破ったピョートル・ヤンがバンタム級王者になりました。この試合、初回はヤンが攻勢でした。

「結果から言わせてもらいますと、やはりやる気の問題なんだと思います。アルドは長年ずっとトップを戦ってきて、最高の結果も残してきた。でも、今も収入を得るためなのか、まだやれると証明しようと戦っているのか。それは頭の判断ですが、体が戦いたがっているようには見えなかったです。それでも良いところがあるのはさすがなのですが……、ジョゼ・アルドですら憎くもない人間と戦い続けることはできない。それが人間という生き物なのかと思った次第です。

UFCのPPV大会では数字が取れる名前のある人がずっと上の方で戦っていますが、もうお腹いっぱいになったような選手が少なくないです。これから成り上がってやろうという選手とは、明らかに気持ちは違うのですが……ファンは、ビッグネームが見たいということなのですね。

そういうなかで1Rにアルドがパンチを打とうとしているのですが、彼のパンチが良いのは右ローをしっかりと蹴ることができている時なんです。パンチを打とうとしている時は、エネルギーが小さくなってしまう。ジャブからワンツーなんて、ボクシングをやっていると。アルドがパンチで行こうとする時は、ピョートル・ヤンの間です。ただし、右のカーフキックが入るとアルドの間になります」

──1Rはずっとパンチを被弾し、最終局面でテイクダウンを狙いました。

「不可解ですよね。あの先に何があるのか。蹴れば自分の間になるのに、あそこでテイクダウンにいった。いった先にどのようなビジョンがあるのか。恐らくは、コレというものがないからスクランブルに持ち込まれると自分から下になってしまったのでしょう。

ピョートル・ヤンに関しては、これはヒョードルやヌルマゴメドフにも当てはまるのですが、スタンドの打撃よりパウンドが圧倒的に良いです。スタンドでもショートの右アッパーなどは凄く良かったですが、パウンドの時の質量が一番高いです。もともと重力や引力との関係もあるので、人は上を取った時の方が質量は高いのですが、そうなった時にピョートル・ヤンの質量は最高値です。あのボディで、試合を終わらせることができてしまいそうなぐらい。

でもアルドが2Rに盛り返すというのは、さすがに歴戦の強者ですね。あの局面は、ヤンが腹を攻めなかった。ばかりか、ペースを落としました。そこでアルドの右の蹴りが入った。そうなると間が良くなり、左のボディブローも効き始める。あの局面ではアルドの方がヤンよりも、質量が高かったです」

──前足を蹴られたヤンがサウスポーにスイッチすると、一気に勢いがなくなったように見えました。

「サウスポーになった時は、本気で食いに行こうというのが見えなくなってしまいましたね。蹴りは良かったですけど。だから、あの時はアルドが勝てる、勝機を見いだせたはずなんです。それなのに3Rと4Rは、アルドは何もしなかった──下がるだけで。ビジョンが見えなかったです。反対に2Rを失ったヤンは、何かをしようと前に出てくる。その時にアルドが、ヤンに対して何をやろうとしているのか、それがなくて漠然と戦っているようにしか見えなかったですね。

そうなるとサウスポーでも、ヤンの質量が上がり、間もヤンになっていく。アルドのリアクションはバックステップで外すだけでしたし。だからヤンの回転が上がっていきました」

──最終回、仕留めに行った時のヤンは顔面を殴り、ボディを殴り、ヒザも蹴った。多彩な攻撃を見せていました。

「それはヤンが良いというよりも、アルドがもう終わっていたので。ああなると余裕が持てると思います。あの状況で、打ち返すことができる、あるいはテイクダウンができる人間に対して、あれだけのテクニックを見せることができるのか。この試合のアルドでは、ヤンの力というのは測りかねる部分があるかと私は思います。

いや凄く高い能力の持ち主ですよ、ヤンは。そして冷静です。最後のパウンドは殺すというよりも、レフェリーに止めろよというメッセージを送って殴っているように感じました。この試合もそうだし、もう5Rを戦い切れない選手が多くなっているから、5R制ってどうなんだろうなって感じます。5Rを戦い切る稽古と、気持ちがどれだけ創ることができるのかというのは、このところのUFCでは思うところですね。5Rあることで2Rぐらいは休む選手ができているので」

──日本人としては長丁場に活路を見出したいと思ってしまうのですが……。

「以前、黒崎健時先生が著書で42.195キロを100メートル・ダッシュのつもりでやりきれば必ず勝てるのだ。ただ、それをやる勇気のある人間がいないと言われています」

──物理的に無理だと思ってしまうかと、それは。

「でも、私はそれをやろうとする選手がこれまでも勝ってきたと思います。ジョルジュ・サンピエールにしても、ドミニク・クルーズにしてそうでした。今はあの時の彼らのように仕上げられないのでしょうね。

今後、ピョートル・ヤンがそこまでできるのか。それこそ指導者と選手が、人格の殺し合いをするような稽古でないと5分✖5Rというのは戦いきれないのではないかと思います。それは対人だけでなく、心肺機能を上げる練習にしても。そして、そんな稽古は10何年もできないでしょう」

──GSPやドミニクのようにピョートル・ヤンがなれるかどうかは、練習次第だと?

「ハイ。この試合からだけだとヤンは分からない。このままでコディ・ガーブラントやマルロン・モラエスとやって勝てるのか。ガーブランドはスタンドで、ドミニク・クルーズを効かせることができた選手です。それゆえにTJ・ディラショーにやられてしまったのですが……」

──そのTJ・ディラショーも来年の1月に戻ってくることができます。

「まぁ、UFCのバンタム級は凄いことになっていますね。だからこそアルドと戦った状態のヤンだと、ガーブラントには勝てないような気がします」

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