【Interview】ソン・ミンヤン<02> 「功夫なんてMMAに使えないと思っていないかい?」
【写真】神武MMA (Tough MMA) 、ソン・ミンヤンが持つ3つのジムのうちの一つで取材は行われた(C)MMAPLANET
7月のOFC18=台北大会でニコラス・リーを1分10秒で破った台湾MMA界のパイオニア、ソン・ミンヤンのインタビュー後編。
MMAという土壌がない国、その思考を持っていた彼は、数多くの格闘技を経験し、「そのパズルを完成させることがMMAだ」という。その彼はOFC17で戦う3カ月前から、八卦掌の指導を受けるようになっていた。MMAと武術の接点、中国4千年の歴史を受け継ぐ武術家が、国民党政権とともに第二次世界大戦後に移り住んだ土地、台湾にあるMMAファイターらしい、武術とのMMAの接点をソン・ミンヤンが語った。
なお8月23日発売のFight&Life Vol.44では、ここで取り上げたソン・ミンヤンと共に散打、摔跤、そしてブラジリアン柔術各分野を取材、MMAと武術の接点についてレポートした「Fight&Life 格闘紀行=台北編」が掲載されています。
<ソン・ミンヤン インタビュー前半はコチラから>
――まだMMAが普及していないなかで、タフMMAのMMAクラスでは何か工夫をしていますか。
「そうだね。現状ではストライキングとグラウンド・ゲームを分けて指導している。MMAには中間距離がない。テイクダウンまでのクリンチや、テイクダウンを組み合わせた打撃は、ストライキング・クラスで指導し、テイクダウンからサブミッションは、グラウンドゲーム・クラスで指導している。この2つのグループに生徒も振り分けているんだ。打撃がやりたくても、寝技が嫌い者。寝技が好きでも、打撃が嫌いな者もいる。ただ、MMAを目指す者は、どちらのクラスにも出なければならない」
――そんな台湾でOFCがイベントを開きました。
「OFCが台北で大会を行ったことは、本当に大きな意味がある。アジアで最もエキサイティングなMMAイベントが、開かれたんだからね。これで台湾のMMA界も本物に一歩近づく。これまで台湾でのMMAの知名度はUFCの方が高かっただろう。でも、実際にOFCがイベントを開いたことで、OFCのネームバリューはグンと上がる。ワールドカップでドイツが優勝したからといっても、日本人は日本代表を応援するだろう? UFCは世界ナンバーワンのMMAイベントでも、ここ台北ではライブが見られない。台湾人ファンにとっては衛星中継でやっているUFCよりも、実際にイベントを開いたOFCの方が親近感がわく。そういうモノだと思うよ」
――ポール・チャンの試合で、ケージサイドのほとんどのカメラマンが席を立ってしまったのは、本当に驚きました。
「エッ、ホントに? そこから凄い試合が続いたのに……。メインイベントも撮影していないってこと?」
――ハイ、だから台湾でMMAが根付くには、実力の伴った台湾人スター選手が必要だと感じました。
「なんてことだ……。さっきのサッカーの例えじゃないけど、日本が負けても、ドイツのゲームを報じるのがプレスの役割じゃないか……。信じられない……。それが台湾のMMAの現状だ。もっと教育や啓蒙活動が必要になる。だから、OFCがやって来たことは意義深いんだよ。メディアもそうだね、もっとMMAを知ってもらう必要がある。メインイベントなんて、本当にエキサイティングな試合だったのに……。だからこそ、メディアにはしっかりとあの試合を見て欲しかった」
――MMAファイターとして、ソン選手の次の目標は?
「OFCで戦い続けること。そして、また勝つこと。そうやって、自分のパズルを完成させることだよ。実は3カ月前から、バァグアツァンの稽古も始めたんだ」
――バァグアツァン……? 八卦掌のことですかッ?
「功夫なんてMMAに使えないと思っていないかい?」
――使えるなら、素晴らしいと思っています。
「中国拳法には長い歴史が既に存在する。そして、多くの人が健康のための稽古をしている。でもね、功夫はそれだけじゃない。今、街中で見られる太極拳のように、外側からはそんな風に見えないよ。八卦掌も一見、踊りのように感じられるかもしれない。けどね、中身には本当に色々な技術が詰まっている。もちろん、MMAにはコンディショニング、ストレングスやカーディオ・トレーニングは必要だよ。
でもね、僕にとっては八卦掌が、パズルを完成させるには欠かせないピースなんだ。MMAを知らないと、八卦掌は取り入れることはできない。でも、MMAをしっかりと理解していると、八卦掌も有効なメソッドになるんだ」
――ソン選手のMMAには、八卦掌を感じることができるかもしれないということですね。
「ベストを尽くすよ。OFCの試合でも、2つ、3つ用意していたことはある。ただ、相手が打撃を恐れていて、すぐに組んで来たから、そのまま投げてからフィニッシュした。打撃の展開になっていれば、八卦掌の動きを取り入れた戦いができていただろう。実際、少しはその動きをしようと試みていたんだ。ただ、試合を見ても分かるものじゃないかもしれないね。
八卦掌のフォームは、足を交錯させて動くものだ。普通は、そんな風に歩かないよね。アンバランスな状態で、いかに動くかを知るためになんだよ。逆にあの動きをすることで、バランスを取るコツを掴むことができるようになるんだ。つまり、バランスの崩し合いのMMAにあって、バランスを取る動きを八卦掌から学ぶことができるということなんだ」
――なるほど。それは凄いです。
「僕のマスター、羅德修(ルオ・デァーシュー)はもう60歳を過ぎている。でも、彼とスパーをすると、いつも子ども扱いにされるんだ。全く敵わない」
――本当ですか!!!
「八卦掌が動きの遅い、スローな武術だと思っている者は、まるっきり間違っているよ。そんなことを思っていると、殺されてしまう。もの凄く速くて、見えないぐらいだ。功夫は長い歴史のなかでスポーツでなく、リアルファイトとして存在していた。武器術も含めてね。だから、武器が発展することで、このマーシャルアーツを変化させてきたんだ。つまり武器が発展する以前に、今のMMAのような徒手格闘技に必要なシステムは、功夫では構築されていたんだよ。2000年以上も前にね。
武器の発展に従い、人々はどのような戦いがあったのか、どのような教練が詰まれていたのかを、知る術はなくなった。でも、フォームのなかには残っている。そこから掴まないといけない。型をやることがおかしいとは言えないはずだ。フォームは功夫の一部分でしかないけど、大部分を我々は失ってしまったんだから。型からそれを知る努力を怠ってはいけない。
みんな、そういうことを見過ごして八卦掌の稽古をしてきたに違いない。でも、僕のマスターは散打で戦っていた人で、師匠からも実戦を想定した動きを学んできたんだ。ルオ老師に巡り合えて、本当に良かった。本当に教えられることが多いんだ。温故知新、そしてシンプルなことから、学ぶべきことは非常に多いんだよ」
――次回はぜひ、マスター・ルオとのトレーニングを拝見させていただきたいです。
「もちろんだよ。大歓迎だよ。八卦掌を習って3カ月しか経っていないのに、僕の戦い方は変わった。凄く安心して戦える。今、僕の戦績は3勝1敗で、その1敗はLFCで喫したものだ。対戦相手はサウスポーだった。最初のコンタクトで、勝てるという確信があった。そして、集中力を欠いてしまった。サウスポーだということを忘れてしまったんだ。あんなミスはもう、2度としない。でも、ルオ老師と練習をするようになってから、相手の攻撃を受けなくなった。僅か3カ月で、本当に色んなことが学べたんだ。凄くシンプルなことだけど、ルオ老師に指摘されていなければ、ずっと気付かなかっただろう」
――武術系のマスターは、MMAと交わることに嫌悪感を抱いているようなことはなかったのですか。
「僕の老師は、OFCの試合でもコーナーに就いていてくれたよ。ロッカールームでも、指導してくれた。米国やフランスに何度も招かれている有名な人なんだ。彼はリアルで、オープンマインドの持ち主。僕はルオ老師から『八卦掌は万能ではない。MMAを戦うなら、体力をつけて、心肺機能をあげる必要がある。そしてMMAで八卦掌を使おうと意識するんじゃない。自然を動いてこそ、八卦掌が生きる。考えた時点で、動きは止まる』と教えられているんだ」