【UFC310】展望=UFC世界フライ級選手権試合。日本格闘技史上・唯一無二の「総合」格闘家、朝倉海物語
【写真】誰も歩んだことがない道を切り開き、UFCデビュー戦を世界戦にできるようインフラを整備した朝倉海 (C)MMAPLANET
7日(土・現地時間)、ネヴァダ州ラスベガスのTモバイルアリーナにて、UFC 310「Pantoja vs Asakura」 が行われる。幾多の名勝負を紡ぎ出した2024年のUFC PPV大会の最後のメインイベントを飾るのは、王者アレッシャンドリ・パントージャに朝倉海が挑戦するフライ級タイトルマッチだ。
Text Isamu Horiuchi
パントージャは、昨年7月にブランドン・モレノを判定2-1で下して悲願の王座戴冠を果たした。その後同年12月にブランドン・ロイヴァル戦、そして今年5月にはスティーブ・アーセグ戦と、どちらも判定3-0で勝利して二度の防衛に成功している。さらに遡るなら、2021年2月に(今回の朝倉同様に)RIZINバンタム級王座を返上してUFCに参戦してきたマネル・ケイプに判定3-0で勝利して以来、現在まで6連勝中だ。
対する朝倉は、昨年の大晦日にフアン・アルチュレタに2RKO勝利を挙げて二度目のRIZINバンタム級タイトル戴冠を果たした後、6月に王座返上しUFC参戦を表明した。そして今回、王者パントージャへの目ぼしい挑戦者が見当たらないというタイミングにも恵まれ、デビュー戦でいきなりタイトル挑戦が決定。近年のUFCでは特例中の特例といえる大チャンスを得た。さらに当初メイン出場を予定されていたベラル・モハメッドの欠場により、この試合は本大会のメインイベントに格上げされた。
UFCは、規模においても選手レベルにおいても、長年にわたって他を大きく引き離して世界一の座を独走し続けるMMA団体だ。今まで幾人もの日本人トップファイター達が挑んでは跳ね返されてきたUFC世界タイトル奪取を朝倉が果たせば、まさに歴史的快挙といえる。
ここで特筆すべきは、朝倉がこれまでの日本人選手たちとは全く異なった道筋を経て、しかも朝倉にしか成し得ないような方法で現在の地位を築き、今回世界最高峰に挑もうとしていることだ。
自らの世界制覇のために最も有効と思われる体制を築き上げた
いわゆる不良の若者たちを集めた格闘技大会 THE OUTSIDER で名を上げ、2017年末にRIZINデビューを果たした朝倉は、やがて兄の未来に続いてYouTubeチャンネルを開設。さまざまな企画で多数の視聴者の興味を惹き、従来の格闘技の枠をはるかに超えたファンベースやスポンサーとの関係を築き上げた。
RIZINでは2019年8月に堀口恭司を68秒で沈めて日本中を驚かせ、一年後には扇久保博正を1RTKOに下してバンタム級王座を獲る等メガスターとして活躍した朝倉だが、参戦当初から目標はUFCにて真の世界一になることだと公言していた。そして2022年の春、ついに世界の強豪達が拠点とするラスベガスに初修行を敢行したのだが、そのやり方からして、従来の日本人格闘家たちの海外武者修行と大きく異なるものだった。
これまで多くの選手たちは、限られた予算を工面しつつ、なるべく値の張らないホテルやアパートを見つける、現地在住の知り合いの厚意に甘えて宿泊させてもらう、またはジムに泊まり込む形で海外での練習に励んだ。そこでは格闘技の腕前だけでなく、慣れない外国語を駆使して現地に溶け込み、さまざまな不自由を乗り越えて生きる力も試された。
が、朝倉の発想はまるで違っていた。彼がベガスの地で行ったのは──「修行」という表現が適切かどうか迷うほどの──豪華な一軒家を借りきっての、自らのチャンネルメンバーや通訳との共同生活だ。移動も食事の世話も生活の些事も、練習時における英語の細かい理解も全て身内のサポートを受け、自身は強くなるための練習に集中する。そしてその模様をメンバーに撮影させ動画コンテンツとして活かす。巨大な資金調達力と自前の強力なメディアチームを有する朝倉だからこそ可能なものだ。
その現地にて、高い格闘能力に加えて持ち前の社交性を存分に発揮した朝倉は、当時UFCバンタム級トップランカーだったマラブ・デヴァリシビリと練習を通して親交を深め、彼に連れられて訪れたUFC PIでは王者アルジャメイン・ステーリングとも知り合い、やがて肌を合わせている。次いで現地入りした榊原CEOに連れられフロイド・メイウェザーのジムを訪問し、門下の若手ボクサーとのボクシングスパーまで敢行したのだった。
兄の未来に呼び出され路上で殴りかかられたこともあれば、大手企業に数年勤めた経験も持つ朝倉。「言葉の通じないハングリーな環境で、一人で生き抜く力を養う」といった精神論に今更こだわることもなく、資金を惜しまず投入し格闘家としてのスキルアップを最優先し、同時に人脈構築と動画配信を通した収益確保、話題作りを着実にこなした。朝倉のベガス「修行」は、彼が単に潤沢な資金を手にしているだけでなく、それをきわめて合理的な形で自らに投資し収益につなげる頭脳と行動力を持ち合わせた、今までになく斬新なプロアスリート/コンテンツクリエイターであることを如実に示すものだった。
さて、ベガスでの練習を通して現地の練習環境の充実ぶりと日本との大きな差を痛感した朝倉は、さらなる前例未聞のビジョンを抱き、余人には真似のできない実行力で具現化させてゆく。朝倉はすでに環境が出来上がっている海外に拠点を移すのではなく、日本において海外の最先端に匹敵した充実度を誇り、しかも自らの世界制覇のために最も有効と思われる体制を築き上げたのだ。
昨年、前回同様に豪邸を借り切ってベガスでの練習を行った朝倉は、そこで出会い惚れ込んだ打撃コーチのエリー・ケーリッシュ、レスリングコーチのビリー・ビゲロウを説得。彼らを日本に移住させ、JTT(日本有数の設備を誇るこのジム自体、朝倉の後見人とも呼べる存在の堀鉄平氏が彼を世界で活躍させるために設立したものであり、いかに朝倉が支援者にとって魅力的な存在かの証左だ)の専属コーチに就任させた。
格闘技界において、国内で選手が気に入ったコーチを雇って指導を受けることや、ジムのオーナーや指導者が外国人コーチを日本に呼ぶ例は珍しくない。が、選手個人が好待遇を提示して、複数の外国人コーチに生活を大きく変える日本への移住を決断させたのは朝倉をもって嚆矢とする。資金力や協力者たちと築いた強力な拠点に加え、言葉の壁を超えて人を惹きつける力まで朝倉は備えているのだ。さらに彼らコーチの伝手も頼り海外強豪選手をスパーリングパートナーとして呼び全てを世界基準で揃えた朝倉は、昨年元谷とアルチュレタに2連続TKO勝利し、RIZINバンタム級王座に返り咲いてみせた。
さらにUFCとの交渉の際には自らがメインを務めたRIZINの集客数や、SNSのインプレッション数やYouTubeの再生回数(※故に安易な動画制作は決してしなかった)などを揃えてUFCに提示。試合内容においても、UFC首脳が好むスタイルを考察して創り上げつつ戦果を残してきた。
そして、遂に本人が「特大契約」と語る屈指の好条件にてUFCへの参戦が決定。初戦にしてタイトル挑戦という破格のデビューに至った。かつて王座戦に挑んだ岡見勇信や堀口恭司、そして現在頂点に肉薄する場所にいる平良達郎らと違い、UFCの舞台で積み上げた実績を何も持たない朝倉だが、唯一無二の方法で地位を築き、彼らに劣らぬ価値と可能性をUFCに認めさせたことになる。
徹底した体制を築いた上でなお、朝倉がこの試合に勝つのは容易ではない
今回の決戦に向けて朝倉は、両コーチの指導に加えて日本最高峰の寝技師である石黒翔也をグラップリングコーチに迎え、さらに幾人もの強豪海外選手をスパーリングパートナーとして自費で招聘した。大人数にてタイの広大なバンタオ・ムエタイ&MMAで合宿を行い練習に専念し、さらに決戦3週間前にチームでベガス入りして豪邸を拠点にUFC PIを一定時間借り切り、専属の栄養士も付ける万全の体制を整えている。
他を圧倒する資金調達力、人脈、行動力を総動員し──さらにその人間的魅力をもって関わる者たちの人生を大きく変えながら──自らに最適化した環境を徹底的に作り上げ、今回の決戦に打って出る朝倉海。これまでUFCに挑んだ日本人格闘家たちは皆、自分なりのやり方で全力で勝負した。が、朝倉ほど多大な資金と人的&物質的資源を投入し、ありとあらゆる側面から勝利可能性の向上を追求して決戦に臨んだ者はいない。この試合は、日本格闘技史上最大の「総合」格闘家である朝倉海が、空前の規模の準備をもって挑む歴史的大一番だ。
しかし、かくも徹底した体制を築いた上でなお、朝倉がこの試合に勝つのは容易ではない。繰り返し指摘されているように、これは朝倉にとってUFC初舞台にして生涯初の5R戦だ。ケージでの、そしてフライ級での戦いは7年半ぶりだ。RIZINバンタム級の試合時と変わらぬ殺傷能力を、今回朝倉が発揮するのは難しいだろうという声が大勢を占める。
対して王者パントージャは打撃、レスリング、寝技と全てに強いオールラウンダーだ。特に寝技は上からの圧力、下からのスクランブル力、バックのキープ力&極め(チョーク)とどれもUFC同階級で頭一つ抜けた力を持つ。顔面で相手のパンチを受け止めながら拳を振るい前進を続け、相手を組み伏せる心身のタフさも天下一品だ。朝倉が未経験の5R戦を勝ち切る力も高く、ここ3試合は全て世界最高レベルの相手に競り勝っての判定勝利。UFCタイトル戦における経験値という点で、圧倒的有利にあるのは間違いないところだ。事実、先日筆者がインタビューでここ数年の快進撃の理由を尋ねたところ「1分ごと、ラウンドごとに勝つ方法が分かってきたことさ」と答えてくれた。
それは2018年に加入したATTにおける、父代わりと信頼するパフンパ・コーチ(「パフンピーニャ」ことマルコス・ダマッタ=カーウソン・グレイシーの黒帯で、2000年に柔術世界選手権黒帯ライトフェザー級準優勝。2005年にはエディ・ブラボーとグラップリングスーパーファイトを行う話もあったが実現せず。その後MMAで12勝3敗の戦績を残した)の下での練習の賜物だ。朝倉がこの1、2年で築いたものを上回るような世界最高の練習環境で、パントージャはすでに6年以上の時を過ごしている。
さらにそのATTには朝倉と二度戦った堀口恭司、そのヘッドコーチであり徹底的に朝倉を研究したマイク・ブラウンもいる。パフンパはブラウンの師匠格でもあり「カイ・アサクラは、何年も前から我々ATTの解析の対照なのだよ」と今回の試合に自信を覗かせている。
打撃、レスリング、寝技のどこにおいても、攻防の細かい綾が即試合終了につながる可能性がある
それでも──朝倉は、不利とされるあらゆる要素に言及しては、全て対策済みで問題ないと確信をもって語る。減量はすこぶる順調で身体の力が落ちるどころかむしろキレが増している。王者の戦い方は全て研究済みで、テイクダウンディフェンスには自信があり、寝技で最悪の状況に陥った場面からでも逃げ方は全て把握しており、試合が不利と言われる後半戦までもつれても精神力やスタミナで負けることはなく、判定でも勝てる。自分は前回の試合とは別人なのでいくら研究されても構わないし、かつて堀口にリベンジを許したカーフキック対策も万全。そして、見る者全てが衝撃を受けるような形──一撃で試合を終わらせる、と。
かくの如く、自らの勝利を固く信じる両者による世界の頂点を賭けたこの試合は、1R開始直後から一瞬たりとも見逃すべきではない。過去二度の防衛戦では、試合開始と同時に挑戦者の如く拳を振るって前に出たパントージャ。朝倉が長年ケージ戦を経験していないことも踏まえ、打撃で圧をかけて金網側に追い込み、ケージレスリングの攻防を余儀なくさせることは狙いのひとつだろう。
対する朝倉も、ここ二戦で炸裂させた強烈無比なヒザを中心に、多数のカウンターやコンビネーションを用意しているはずだ。顔面を晒して前進しがちなパントージャに朝倉の拳が当たる確率は高く、ボディにヒザが食い込む可能性も十分ある。が、朝倉がフライ級の肉体で本来の凄まじい殺傷能力を本当に発揮できるかは、試合が始まってみないと誰にも分からない。両者の距離が詰まってその身体が交錯する最初の瞬間から、まったく目を離せない。
また朝倉を「才能に溢れていて、出す打撃の選択にもきわめて長けている」と大きく評価し、盟友の堀口と「主にムーブメントをにたくさん練習している」と語った王者が、今回はより慎重な戦い方を選んでくる可能性もある。実際パントージャは、2018年のモレノ戦や2021年のケイプ戦ではジャブや蹴りを巧みに駆使し、打撃の距離を支配して勝利を収めている。特に右の蹴りは強烈だ。朝倉自身が「絶対に蹴ってくると思う」と予測するパントージャのカーフに対して、朝倉が用意している答はどのようなものだろうか。果たしてその体は思う通りに動くのか。
やがてパントージャがテイクダウンを仕掛け、朝倉が金網を背にするような場面が来れば別の緊張感が訪れる。パントージャとしては、倒せずとも崩すなりワキをくぐるなりしてバックに付くことができれば大いなる成果だ。たとえ必殺のチョークを極められなくても有利な体制をキープすればそのラウンドは取れる。朝倉としては、それまで明確なリードを取っていない限り、極められないだけでなく不利な状態からいかに早く脱出するかも鍵となる。拮抗した戦いでは、ラウンド一つを失うことが試合の勝敗自体を左右し得る。
きわめて高いフィニッシュ力を持つ両者だけに、それまでどちらが優勢に立っていようが、打撃、レスリング、寝技のどこにおいても、攻防の細かい綾が即試合終了につながる可能性がある。また5Rに及ぶ総力戦になる場合でも、どこかの時点における一瞬の判断ミスが判定に決定的な影響を及ぼしかねない。全局面が、要注目だ。誰にも真似のできない方法をもって全てを賭けて臨む朝倉が、常識的見解を超越して世界を揺らす初参戦戴冠劇を見せるのか、それとも長年苦闘を重ね、UFC13戦目にして頂点に上り詰めたパントージャの経験と執念が勝るのか。
日本格闘技史上最大の決戦。いつ突然終わるか分からないその攻防の全てを、目を逸らさず注視したい。
■視聴方法(予定)
12月8日(日・日本時間)
午後8時00分~UFC FIGHT PASS
午前11時~PPV
午後7時 30分~U-NEXT