この星の格闘技を追いかける

【Special】月刊、水垣偉弥のこの一番:8月 ウマル×サンドハーゲン「ウマルが5R制で見せた変化と対応力」

【写真】この取材後にマラブ・デヴァリシビリがショーン・オマリーに勝利。マラブ×ウマルを俄然見たくなる内容になっています(C)Zuffa/UFC

過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客が気になった試合をピックアップして語る当企画。背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。
Text by Takumi Nakamura

大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾、良太郎というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は水垣偉弥氏が選んだ2024年8月の一番──8月3日に行われたUFC ABC07「Sandhagen vs Nurmagomedov」のウマル・ヌルマゴメドフ×コリー・サンドハーゲンについて語ろう。



――8月の一番では、 ウマル・ヌルマゴメドフ×コリー・サンドハーゲンを選んでもらいました。

「この試合は組まれた時点でめちゃくちゃ楽しみだったんですよ。僕のなかではタイトルマッチ級に楽しみで『マッチメーカー、いいとこついてくるな!』と言いたくなるぐらい(笑)、楽しみでそそられるカードでした。実際の試合内容もすごく良かったですし、予想通りの部分と予想外の部分があって、本当に見どころが多かったなと思いました」

――予想通りだったところと予想外だったところ、それぞれ教えていただけますか。

「まず予想通りだったのは、ウマルがテイクダウンで試合を作っていくというところで、予想外だったのはスクランブルの攻防でもウマルが負けていなかったところですね。どちらかというとウマルはしっかりトップを取って、ある程度ポジションを取っていくタイプだと思っていたので、スクランブルになったらサンドハーゲンがトップを取ったり、スタンドに戻したり、有利に試合を進めると思っていたんです。でも実際の試合ではスクランブルでもウマルがツイスターを狙うような動きを見せたり、予想外の動きや色んな引き出しを持っていることが分かりました」

――バックの取り方をとっても、いわゆるツイスター系、シングルバック系、クルスフィックス系と多彩でした。

「僕もダゲスタン系、要はハビブ(・ヌルマゴメドフ)なんですけど、ウマルもある程度ポジションを取るところまで持っていて、そこで抑える・殴るイメージだったんです。でもウマルはある程度スクランブルの攻防をやって、そこからバックを取りにいくスタイルで。決して殴りやすいポジションではないと思うんですけど、そこから次の展開を狙っていたのかなと思いました。その先の技術はこの試合では見れなかったのですが、その先の技術がありそうな予感もさせてくれましたし、ちょっとダゲスタン系のイメージとは違う、寝技やグラップリングをやるんだなというところが印象が深かったです」

――いい意味でレスリング色が薄いというか、グラップリングの要素が強いスタイルだと感じました。

「ウマルのを構えを見てみると、ハビブもそうなんですけど、アメリカのレスラーみたいに前傾気味に構えずに、どちらかいうと体が起きている・立っている構えなんですよ。あそこからタックルに入ってテイクダウンするのはすごいなと思いました。ハビブは一回組むと当たり前のように引っこ抜いちゃうんで、あまりそこに意識がいかなかったんですけど、今回のウマルを見ていると、あれだけ体が立った状態からタックルに入ってテイクダウンするのは驚きでしたね」

――いわゆるレスリングスタイルとは違いますよね。

「そうなんですよ。ウマルの場合は蹴りも使うし、よりアップライト気味の構えですが、しっかりタックルを取っている。ハビブはあまり蹴りのイメージはなくて、パンチを散らしてから(タックルに)入っていますが、やっぱり体が起きているんですよね。あの構えからタックルでテイクダウンを取るすごさを改めて感じたところではありますね」

――水垣さんから見て、あの構えでテイクダウンを取れるのはなぜだと思いますか。

「普通はあれだけ体が起きていると、タックルに入るのが難しいと思うんですよね。どうしても足を取りに行くまでの距離が遠くなるので。ウマルはそこを打撃で崩す・散らしているのがいいと思うんですけど……正直僕もなんであの構えでタックルが取れるのかは分かりません(笑)! ハビブの場合はケージを使って(タックルに入る)というのがあったんですけど、 今回に関しては割とさくっと足を触ってるんですよね」

――確かに。だからどこか触れることができたらテイクダウンできるという自信があるのかもしれないですね。

「その流れの話の続きになるんですけど、 試合序盤、ウマルはあまり上手くテイクダウン出来ていないんですよ。だから1Rは打撃でサンドハーゲンについてもおかしくない展開だったと思います。スコアカードを見ると割とウマルにつけているジャッジもいるんですけど」

――水垣さんとしては1Rのポイントはどう見ましたか。

「僕的にはダメージの部分でサンドハーゲンだなと思いました。で、ウマルがテイクダウンに苦戦するとなると、あのままズルズルとサンドハーゲンのペースになっていくと思ったんです。でもウマルは綺麗にテイクダウンを取り切れないなかでも、少しずつテイクダウンの入り方・種類を変えているんですよね」

――ウマルはどうテイクダウンのやり方を変えていったのですか。

「最初は(サンドハーゲンの)背中をつけることを狙っていて、そこから尻餅をつかせてバックというパターンだったんです。でも3R以降はサンドハーゲンにタックルをスプロールさせた状態でバックを狙ってスタンドバックに回るという動きに変えていたんですよね。あれが上手くいきましたよね。ああいうテイクダウンの取り方のバリエーションの多さ、試合中に相手に合わせてアジャストしていく器用さは見ていて面白かったです」

――この試合はライブで見ることが出来なくて、取材前にチェックしたのですが、1Rを見た時によくこの展開からウマルが勝ったなと思いました。

「足も効かされているし、結構これはやばいなと思いますよね」

――1Rにバックやテイクダウンを取った面など、かなり強引な入り方に見えたので、2R以降は失速するだろうな、と。

「打撃で削られてズルズルいっちゃう…みたいな感じですよね? でも最終的にはウマルペースで終わるという。僕の予想ではウマルが勝つとしたら、しっかり上を取って殴る。それを続けてバックまでいければいいかなという攻め方をすると思ったんです。でもそれが出たのが5Rの最後の最後だったんですよね」

――もしそういう展開になるなら、前半にウマルがクリーンテイクダウンやトップキープに成功して、後半はそれが出来ずに逃げ切るという展開を予想していたので、完全に真逆の試合展開でした。

「序盤は打撃で劣勢だったのに、試合が進むに連れてウマルペースになっていって、3R以降は打撃もウマルの方が当てるようになっていましたからね」

――組みの選手が崩れてかねない展開のなか、自分のペースに持っていくのは普通じゃないですよね。

「はい。事前の予想にはなかった動き、スクランブルの攻防を見せたり、タックルの種類を変えたり。試合中にそれを変えられる器用さを見ることが出来て、対戦相手からするとかなり厄介だと思います」

――一本勝ちじゃなかったからこそ、ウマルの強さが見えた試合でしたか。

「まさにウマルのMMAの奥深さですよね。最後はサンドハーゲンの方が消耗していたように見えたし、最後はややサンドハーゲンの心が折れたというか。5Rのテイクダウンの攻防で背中をついてしまって、あそこで勝負がありだったかなと思います」

――9.14NOCHE UFC 306ではショーン・オマリーとマラブ・デヴァリシビリのタイトルマッチが組まれていて。おそらくウマルは次期挑戦者になると思われます(取材は9月9日に行われた)

「5Rマッチをやったというのは、タイトル挑戦が近い証拠ですよね。マラブとオマリーがどういう結果と内容になるかによりますけど……もしオマリーがマラブにテイクダウンを許さずに打撃で勝っちゃったら、ウマルはオマリーをどう攻略するんだろう?と思いますし、逆にマラブがオマリーに勝ってウマルとやることになったら、僕好みの試合になると思いますね(笑)」

――ぜひどちらとも戦ってもらいたいと思うところですが(笑)、改めて今回の試合は5Rの面白さ、5Rで勝つために必要なものが見えた試合でもあったと思います。

「そうですね。たらればになってしまいますが、もし3Rだったらサンドハーゲンが勝つ可能性もなくはないんですよね。ジャッジ1名は50-45で全ラウンドをウマルにつけていましたけど、残り2名のジャッジは1・2Rでポイントが割れているので、そう考えるとジャッジによってはサンドヘイゲンが1・2Rを取っていた可能性もあったわけで。だからこの試合は5Rマッチの面白さ、5Rマッチでのウマルの強さが出た試合だったと思います」

――3Rだったら勢いで誤魔化せるものが、5Rでは誤魔化せない。技術がめくれていくというか、そういう印象があります。

「だからタイトル挑戦に近い選手が5Rでやるというのは本当に意味があることだと思います。3Rだったら持っている武器の数が限られていても、その武器をバーン!とぶつける勝負に持ち込めば十分に勝機があるとと思うんです。でも5Rになるとそういう訳にはいかない。こんな武器も持っている、あんな武器も持っているというのが求められるし、駆け引きの上手さも必要ですよね。僕も5Rの試合をやったことがありますけど、めちゃくちゃキツイですからね」

――それがチャンピオンやタイトルマッチには求められるということですね。

「3Rから5Rに変わると、短距離走が短距離走じゃなくなっちゃう感じですよね。3Rだったら全力ダッシュして1・2Rを取っちゃえば、3Rはフィニッシュされなければ勝ちに持っていけますが、5Rだと3・4・5Rで挽回されると逆転負けになっちゃいますからね。あとは5Rフルで行き続けるのは難しいので、どこで休むか。それこそハビブは1~3Rを取ったら少し休むとか、そういう試合の作り方をしていたので、5Rは5Rにしかない面白さがあるので、ぜひそういう部分にも注目してもらいたいです」

PR
PR

関連記事

Movie