【UFC305】展望 禁断の人種問題に発展?! 世界ミドル級選手権試合=デュプレッシー×アデサニャ
【写真】どういうつもりで両者が人種問題に発展しそうな発言をしたのかは不明だが、こういう問題は当事者と同じ国籍&人種の間で論議が交わされれば良いかと(C)Zuffa/UFC
18日(日・現地時間)、豪州のパースにあるRACアリーナにて、UFC305「Du Plessis vs Adesanya」が行われる。カイ・カラフランス×スティーブ・アーセグという注目のフライ級上位ランカー対戦コメインとするこの大会のメインは、初防衛を目指す新王者のドリキュス・デュプレッシーに、3度目の戴冠を狙うイスラエル・アデサニャが挑むミドル級タイトルマッチだ。
Text by Isamu Horiuchi
デュプレッシーは、アフリカ最大のMMA団体EFCやポーランドのKSWでの戴冠を経て、2020年10月よりUFCに参戦した。ダレン・ティル、デレック・ブルンソン、ロバート・ウィテカーといった強豪たちを連覇し、オクタゴン5戦無敗の戦績をもって今年1月に王者ショーン・ストリックランドに挑戦。判定3-0で快勝し、南アフリカ共和国初のUFC王座に輝いた。
対するアデサニャは、この階級のレジェンドと言うべき存在。2022年12月、キックボクシング時代からの天敵アレックス・ポアタン・ペレイラに5R逆転KOで敗れてミドル級王座から陥落したものの、昨年4月にリベンジ戦を挑み、2Rに劇的なKO勝利を挙げて二度目の戴冠を果たした。
その半年後の10月、伏兵ストリックランドの右ストレートで1Rにまさかのダウンを奪われると、そのまま挽回できずに判定負け。UFC史上に残る大アップセットをもって再び王座を失ったのだった。以来、今回は約1年ぶりの復帰戦だ。
打撃とテイクダウンの両方を使いこなす総合格闘家が、いかにプレッシャーをかけてストライカーの間合いを潰してゆくか
UFC無敗にして飛ぶ鳥を落とす勢いの新王者と、休養を経て三度目の戴冠を目指す元絶対王者によるファン垂涎のこの頂上決戦。下馬評はアデサニャ有利と出ているが、その差はごく僅かだ。それどころか、両者の直近の戦いぶりから判断するならばデュプレッシー有利という見方も十分成立する。
前戦においてアデサニャは、多少の被弾を気にせず前に出てくるストリックランドの戦法に大苦戦。常に下がりながらの戦いを強いられた上で、距離を詰められ打撃の間合いを潰されてまさかの敗戦を喫した。一方、その三ヶ月後にそのストリックランドと戦ったデュプレッシーは、前戦同様に前に出るストリックランドにスタンドで全く圧力負けすることがなかった。むしろ要所でテイクダウンも交えて優位に試合を進めたデュプレッシーは、打撃でもストリックランドを下がらせる場面まで作って完勝を収めたのだった。
つまり、卓越した精度を誇るストライカー・アデサニャ攻略においてもっとも有効と思われる戦い方=距離を詰めて打撃の間合いを潰すことを見事にやってのけたストリックランドを、まさにその戦い方で打ち破ったのがデュプレッシーというわけだ。
圧倒的な身体の力と底知れぬスタミナ、要所で絶対に退かない心の強さ、不恰好ながらも多彩にして強力な打撃、そしてレスリング&柔道の経験を活かした高いテイクダウン力とスクランブル力を持ち合わせた新王者は、アデサニャが一番やられたくない戦い方において誰よりも優れているのだ。
そしてこの戦い方は、先月のUFC304にて絶対不利と思われた挑戦者ベラル・モハメッドが、ウェルター級王者レオン・エドワーズの打撃の間合いを潰し続けて世界を驚かせたのと同種のものでもある。その半日後に我が国で行われた超RIZIN3において、久保優太相手に敗戦を喫した斎藤裕が実践することができなかった戦い方とも言える。
打撃とテイクダウンの両方を使いこなす総合格闘家が、いかにプレッシャーをかけてストライカーの間合いを潰してゆくか。逆にストライカー側は、フットワークや打撃をいかに駆使して相手の圧力を無効化するのか。現代MMAの攻防における最も重要な鍵の一つであるこの凌ぎ合いが、世界のどこよりも高いレベルで堪能できるのが、デュプレッシー×アデサニャ戦といえよう。
アデサニャにとってはこれが、格闘技キャリア最長の一年近くの休養を経ての復帰戦となる。「敗戦後に現実を受け入れ、自分を見つめ直し、生活の仕方から練習まで全てを変えた。生まれて初めてアスリートとしてトレーニングをしたよ」と語るレジェンドが、相性的にも最大の難敵と思われる新王者の驚異の圧力にどう対処してゆくのか、興味は尽きない。
この試合で証明されるのは「どちらが真のアフリカ人か」ではなく「どちらが真の世界最強のミドル級MMAファイターか」だ。
さて、かくも意義深く興味深いこの頂上決戦には、21世紀のグローバルスポーツMMAならではの因縁もつけ加わっている。
それが表面化したのは、昨年7月、デュプレッシーが元王者のウィテカーを2RTKOで仕留めてナンバーワンコンテンダーの座を勝ち取った時のことだ。勝利者インタビューを受けるデュプレッシーと対面した当時の王者アデサニャは、最初は静かな口調で「まあ落ち着こうか。ここにいるのは俺のアフリカン・ブラザーだ」と言った後、突然テンションを全開にし
「やるぞnigxxr!どうしたbxxch! そうだnigxxr! どうすんだnigxxr! 」と、(白人のデュプレッシーに対して)黒人に対する最大の侮辱表現を繰り返しまくし立て出したのだ。
デュプレッシーが「俺はアフリカ人だけど、あんたのブラザーじゃないな! あんたは(現在在住の)ニュージーランドのみんなにはなんて言うつもりなんだい?」と返すも、聞く耳を持たない様子のアデサニャは「俺はDNA検査を受けるまでもなく、自分の出自を知ってるぜ! 受ければ俺はナイジェリア出身だと出るんだ。お前も受けてみろや! お前の出自が分かるだろうよ! 俺がお前の出自を暴いてやるぜ!」と畳みかけ、その後もデュプレッシーの発言を遮っては喚き散らしたのだった。
当時の絶対王者によるこの過激すぎる挑発の背景にあるのは、デュプレッシーが常々口にしていた「自分が本物のアフリカ人(リアル・アフリカン)初のUFC王者に」という宣言だ。1RKOで見事なUFCデビューを果たした直後のインタビュー時にてすでにこの目標を口にしたデュプレッシーは、続けて「アフリカで生まれ、育ち、練習するというね」と説明を加えている。
実際、その前年にUFC王者に就いたアフリカ系のアデサニャとカマル・ウスマンの二人は、ともにナイジェリア出身だが現在は他国に在住している。2021年にUFCヘビー級王座に就いたカメルーン出身のフランシス・ガヌーも仏在住。確かにデュプレッシー以前、UFCには「アフリカ在住のアフリカ人王者」は存在していない。
デュプレッシーとしてはアフリカ大陸に拠点を置き、練習を行っていることに順天を置いた発言だったかもしれないが、迂闊だったと捉えることもできる。
10歳の頃に家族でニュージーランドに移住したアデサニャは、自身のアイデンティティの大きな部分をアフリカに見出しており、その胸にはアフリカ大陸をデザインしたタトゥーを抱いている。そんな自分(そしてウスマンとガヌー)のことを、あたかも「本物のアフリカ人」ではないと決めつけるかの如きデュプレッシーの言葉に、アデサニャが気分を害するのは無理もないことだろう。
先日もアデサニャはこの件について「奴の言葉は冒涜そのものだ。カマル、フランシス、俺の三人に対するな。自分の道を切り拓いた先人たちへの礼儀を知れ」と語っている。
さらに、自らを「リアル・アフリカン」と名乗るデュプレッシーが──南アフリカ共和国にてアパルトヘイト政策のもと長いこと黒人を虐げてきた──ヨーロッパ系白人の子孫であることも、アデサニャの暴言を助長したことは否めない。
デュプレッシーに彼が普段決して浴びることのないアフリカ系黒人への侮蔑表現をぶつけ、DNA検査を受けろと挑発したアデサニャの言葉の裏にあるのは「お前は本当に、俺たちを差し置いてリアル・アフリカンを名乗る資格があると思っているのか?」という問いかけだと考えていいだろう。
このようにこの試合の背景には、見方によってはセンシティブな人種とアイデンティティの問題が横たわっている。しかし、それはあくまで観客の興味を惹きつけるための「アングル」に過ぎない。他ならぬ対戦する両雄はともに、この試合の本質はオクタゴンの中のファイトにのみ存在すると語っている。
デュプレッシーはこの件に触れて「こっちは自分の目標を掲げただけ。向こうがどう受け取ろうがどうでもいい。個人的にアデサニャのことは好きではないけど、それも究極どうでもいいことだ。この試合で重要なのは、自分が世界最強であることを証明すること、それだけだ」と話している。
そして散々煽ってみせたアデサニャも、試合が近づくにつれて「別に奴に個人的な恨みなどないんだ。試合する、それが全てさ。3度目のタイトルを獲れたら確かにスペシャルだけど、自分のメインフォーカスはそこにはないよ。南アフリカが輩出した最高のファイター、ドリキュス・デュプレッシーの首を刈ることに意味がある。試合前の記者会見とかメディア対応とか、一応やるけど全て馬鹿げたことだと思っている。他人ではなく、ただ自分自身とチームのために戦うだけだ」と静かに語っている。
「史上初のアフリカ人同士のUFCタイトル戦」とも宣伝されるこの試合で証明されるのは、「どちらが真のアフリカ人か」ではなく「どちらが真の世界最強のミドル級MMAファイターか」だ。
■視聴方法(予定)
8月18日(日・日本時間)
午前7時30分~UFC FIGHT PASS
午前7時~U-NEXT