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【UFC】中村倫也のMMAファイター科学─01─「右手を見つめ直していると、左手のことが分かりました」

【写真】医学、人体構造学、精神論、武術論──どのような話になっても、MMAに帰結する。それが中村倫也との会話だ (C)MMAPLANET

2月17日のUFC298でカルロス・ヴェラに勝利も、右の拳を骨折し長期欠場となった中村倫也。金属をいれずに自然治癒を選択し、今ではパンチを打てるようにまで回復した。そして来月にはATTに8週間の予定で練習をするという。
Text by Manabu Takashima

改めて自然治癒を選んだ理由を中村に尋ねた。そして右の拳を負傷したことで、体の構造を理解し、握りを変えることで左のパンチの威力が増したと笑顔を見せる。

ファイターは体を動かさないでいると、周囲からおいて行かれるという想いに支配されがちだ。この現状をポジティブに捉え、中村は前進を続けてきた。実際にコースを走らなくても、データ解析をすることでレーシングマシンは速くなる。ガレージで速くなるレーシングマシンと同じように、中村倫也はギブスで拳を固定した間も強くなっていた。


やっぱり、人間の体ってあんまり切って、開けない方が良い

──まず、拳の自然治癒に関して。2月に右の拳を骨折し、MMAファイターはプレートを入れる手術を行うのが普通ですが、倫也選手はそうしなかった。周囲の練習仲間も驚く選択をしたのですが、その後の経過はいかがですか。

「まず拳の骨折に関して、他の体は全部動く。だから練習に関して、支障はないぐらいに思っていました。ただ、試合中に骨折をすると使い続けているから、回りの組織も破壊してしまっているんです。骨が皮膚の下でプカプカと浮いていて、血の海を泳いでいるというイメージですね。だから歩いていて躓いただけでズレてしまう。

ギブスで固めて、本当に動かさないようにして。あの時のストレスは相当でしたけど、そこを耐えたおかげでくっつきました」

──ギブスを外したのは、いつ頃ですか。

「4月になってからですね」

──もうシ〇シ〇もできると。

「それは左手なんでって、前のインタビュー(河名)マストが突っ込んでいたじゃないですか(笑)」

──アハハハ。

「でもギブスは取れても、格闘代理戦争で戦っていた京ちゃん(中村京一郎)のパンチを受けることとかできなかったです。思った以上に時間が掛りましたね。今もパンチの強度を上げて、MAXに近づけている途中ですね。腰を入れて思い切り打つには、まだ耐久性が戻っていないです」

──拳の骨折は繰り返すことも多いですが、自然治癒にすると回避できるようなものなのですか。

「そうなると思います。骨が折れた面に血がたまって、それが固くなり接着剤の役割になって骨融合をします。プレートを入れると、この接着剤役の血を洗い流す必要があって。プレートを入れるために血が肉となり、骨となるという過程を手術で洗い流してしまうんです。鉄を入れるので、血算は要らないですよ、と。それだと本来、人間が持つ治癒能力が最大限までいかないらしくて」

──その判断は倫也選手自身がされたのですか。

「これまでも肩とか、複数回の手術をしてきて……。やっぱり、人間の体ってあんまり切って、開けない方が良い。中を酸化させない方が良いという考えがありました。その判断を自分でしたのですが、それには川越にそういう医療をしてくださる名医の方がいたからです」

──治療箇所は違いますが、歯を抜かない。被せモノはしても根っこは少しで残し、神経を取らないという歯科医の先生もいますね。

「やっぱり必要だからあるんですよ。大切さは、その時は分かっていなくても、後から分かることだってある。そういう風に感じてします。普段は意識をしない箇所もそうですし、自然のままで治したいと思いました」

──さきほどパンチの話はありましたが、組みの方は如何ですか。

「クラッチは100パーセントで組めています。そこに関して拳のケガがあるまで、握り方やどんな風に捩じっているのか等、気にしていなかったことを凄く考えるようになりました。手がどう体に繋がっているのかを、メチャクチャ意識するようになりましたね。

クラッチの形も、場合によっては変えるようにもして。ここに気付くことができて、凄く良いことがたくさんあったという風に思えています」

──そこですね、中村倫也というファイターの特徴は。何かあると、領域が広がっていく。

「自分の体のことでいうと、ガルシア戦に向けて追い込みをしている時に左手の薬指を突き指して、今も節が膨らんだままなんです。たかが突き指だと、そのまま放置していて。でも右を折って、組み方を見つめ直すと、薬指がまるで役割を果たしていないことが分かったんです。

その時、UFCデビュー戦も2戦目も左のパンチで倒せる気がしないって感じていたことと結びついたんです。

原因が分かっていなくて、ずっと違和感があったので。右手を見つめ直していると、左手のことが分かりました。じゃぁ、左のことも考えて握り方を直さないといけないって。右だけじゃなかったんですよ。左も修正をしたんで、左のパンチがメチャクチャ良くなっていて(笑)」

──これぞ、満面の笑みという笑顔になっていますね(笑)。

「また、倒せる。これで、左のパンチで倒せますからね」

──ではケガのブランクなどなかったようなものかと。

「そこに関しては、来年で30歳なので。ブランクということは、ちょいちょい過っています。『お前には時間はないからな。時間を大事にしろよ』と毎日、内なる声が聞こえてきます。その声が聞こえてきた時に現状を苦しく感じるのか、励みにして『やろう』って思えるのか。この違いは大きいと思います。僕の場合は後者を選択することをすぐにできた。だから『今が大事』と取り組んで、積み重ねることがでできました。

なので焦りというのはなかったです。京ちゃんの試合が3度あったり、常に試合がある選手とピリピリした空気で触れさせてもらって、本当に一緒の気持ちでケージに上がっていたので。そうすることがサポートをしている選手のためになるだけでなく、メチャクチャ自分のためにもなりました。

京ちゃんの場合でいうと勝って当然というなかから、一芸に秀でた強い選手が出てきた。やりたいことは分かっている相手に、それをやらせないということを必死で考える。試合まで1カ月のスパンが2度続き、ずっと考えていました。そこも自分にとって、凄く良い経験になったんです」

ATTは強い選手は集まっていますが、強度が高いとは思わなかった

──そのなかで8月からATTに行くと決めたのは。

「前回の試合前に、勝ったらすぐにATTに行って夏ぐらいには試合をしようと思っていました。それが延びたということですね」

──ATTの練習は世界から強豪が集まって、強度が高い練習ができるということなのでしょうか。

「ATTは強い選手は集まっていますが、強度が高いとは思わなかったです。むしろ頑張らないで、必死になることなく如何に相手を制するのか。いつも通りの呼吸で相手を制するのか。そこを皆が追及している感じです。

瞬発的な動きをすると、『それは力だ』って指摘されて。そうじゃない動き方を教えてくれるんです。剛と柔なら、ATTは柔の動きを追求するようになっていますね」

──トップレベルだからこそ、達人系になってくるのですね。

「そういうことを意識して、やりあっていますね」

──ところで倫也選手は思考しまくるタイプではないですか。

「ハイ」

──それだけのレベルにある選手がいて、導いてくれるコーチがいるなかでも、やはり考え抜いているのでしょうか。

「あぁ……やっぱり考えてやりますね。最初は相手の情報をインプットするので精いっぱいでした。そこから一段階進むと、スパーリングのノートとつけていて。練習に行く前も、それを把握して何を試すのかを決めています」

──しっかりと考えるには、精神が安定しないといけないと思います。ケガをしても、落ち込まずに前向きになるように。同時に、高揚感があってもまた思考に影響はあるかと。例えば平良選手が6連勝し、鶴屋怜選手もデビュー戦で勝利した。朝倉未来選手がUFCにやってくることで、UFCが日本で盛り上がるなどと考えると、精神的な部分で影響が出るのでしょうか。

「一緒くたにはならないです。UFCが注目されると嬉しいですし、朝倉海選手の件はヤバいです。今はバンタム級ですし、『海選手が来てくれて、もしかすると戦うことがあるかもしれない』という風に発信すると、皆がメチャクチャ喜んでくれます。これまでとは反応が違いますね。やっぱり届いている層が違います。とはいっても、それはそれで。自分に何が必要なのかという日々の過ごし方が、影響を受けることはないです」

──その気にしてくれる層が広がると、怜選手のようにUFCデビュー戦で勝利しても、色々と批判される。倫也選手も「2つとも判定勝ちだろ」って言われるかもしれないです(笑)。

「アハハハハ。でも怜君に対しては……長い氷河期があってのコレなのに。ここで見始めて、怜君に何かを注文を付けるというのは……」

──氷河期の日本のMMAも良かったですよ。昆布とカツオだけでお出汁を創っているような感じで。合成添加物が混ざることがなくて。

「あぁ、なるほど。そうですよね。そういう見方ができるんだ。でも、もう怜君へのネガティブな反応は期待値の高さと捉えるしかないですよね。僕のデビュー戦ではネガティブなことを言われることはなかったけど、あの時は俺が俺に怒っていましたからね(笑)」

──アハハハハ。色々なリアクションはありますが、海選手効果があって批判も出てくるということですね。

「僕も2つの判定勝ちですからね。覚悟しておきます(笑)。とにかくUFCに興味を持ってくれる人が増えることは、嬉しいことです」

<この項、続く>

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