この星の格闘技を追いかける

【Bu et Sports de combat】武術的な観点で見るMMA。ロバート・ウィティカー✖ダレン・ティル

【写真】武術的見地に立つと、強かったのはティル。倒す攻撃を続けていた彼が判定で敗れた理由とは……(C)Zuffa/UFC

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑氏とともに見てみたい。

武術的観点に立って見た──ロバート・ウィティカー✖ダレン・ティルとは?!


一つ、一つの突き、蹴りを効かせるという攻撃は、帳尻合わせをする相手には判定を持っていかれる

──ウィティカーとティル、初回にウィティカーが踏み込んだ時に左エルボーを被弾してダウンを喫しました。ティルはウィティカーの左ジャブは被弾していたけど、右は貰わない。そしてエルボーを入れました。

「私が見たところ、常に質量はティルが高かったです。そして間もティルで、試合は続きました。これはほぼ1Rから4Rまでティルだったんです。そして左エルボーのシーンは、ウィティカーがあのまま突っ込んでいくとカウンターを被弾するというのは、見えましたね。ストレートかと思ったらエルボーでしたが……。

ウィティカーは左ジャブが当たっていても、右はティルの左があるから当たらない。それを無理して突っ込むとカウンターを受けるわけです。完全にティルの間なので、ウィティカーが右を出しても届かないんです。そしてウィティカーは跳ねるから、動けているけど質量が落ちてしまいます。だから1Rを見る限りウィティカーには勝機がなかったように映りました。もう攻めようがないと。

それが2Rに入ると、ウィティカーが打とうという姿勢を持つようになった。結果、ピョンピョン跳ねなくなったんです。ウティカーの気持ちと頭がどうだったのかは分かりませんが、本気で打ち込むときには跳ねない──それを体は知っているんです」

──そして右オーバーハンドで逆にウィティカーがダウンを奪い返すわけですね。

「あれは目が覚めるようなワンツーでした。たまにウィティカーはやるんですよ、あのパンチを。それでも間はティルで、その証拠にまるでウィティカーのハイは当たらなかったです。見切っているんです。相手の攻撃を見切ってかわすことではなく、自分の質量が上がることで相手の攻撃が勝手に空を切る状態を指します。

見切りとは見て、切って、避けることではなくて、それこそ食品の見切り品は値段が安くなるというのは、その値段はもう売れない。だから諦めて捨てるように、値段を安くして売ることをいいます。もう、お前の攻撃は当たらないよ、見切っているんだよ──ということですよね」

──とはいえ3Rから5Rまで、ティルにも決定的な一打はなかったです。

「ハイ、確かに途中でティルは攻撃を受けるようなところもありました。それは自分の攻撃だけを考えていて、ウィティカーがどうしようがやることを決めていたからだと思います。ティルは如何に左の突きを出すか。左のハイ、左のアッパー、そこを軸に全ての攻撃を組み立てているように見えました。と同時にウィティカーの攻撃は当たる、当たらないで判断すると当たっているかもしれないですが、効果的かどうかで見ると効果的ではないです。この試合、私の方から質問させてほしいのですが、ウィティカーの勝ちなのでしょうか?」

──私はそうだと思います。ラウンドマストですし。1Rはダウンを奪ったティル。2Rは逆にダウンを取ったウィティカーで問題ない。ここからは色々な見方があるかと思いますが、3Rはウィティカーの左が当たるようになったのと、ティルは手数が減ったように感じました。そして4Rは互いに手がない。そのなかで、圧力がティルかと。ここは分からないですが、互角のなかで5Rにティルはテイクダウンとそこからのバックを取られたので、48-47は順当ではなかったかと思います。

「あぁ、なるほど。MMAとして上手くまとめたというわけですね。効果的でないパンチも、米国のボクシングの判定の取り方のように、手数が多いから取るというヤツですね。ここですね……一つ、一つの突き、蹴りを効かせるという攻撃は、帳尻合わせをする相手には判定を持っていかれることがあります。

それに5Rはティルが足が効いたのか、無理やりポーカーフェイスを作ったり、何かレフェリーに注文を入れた。ああいうことをすると、間がウィティカーになってしまいます」

──ティルの5Rは、手を変えなかったですね。圧倒して勝っているわけではないのに、ずっとあの左と待ちで勝負した。対して、ウィティカーは右の飛び込みをテイクダウンに変え、次はテイクダウンをフェイクにして、右を当てる。そういう工夫を3Rからしてきた結果、テイクダウンを取った。MMAとして大きく変化させるのでなく、同じリズムと距離で攻め方に工夫をしたウィティカーは素晴らしかったと思います。

「つまりはティルの左を軸に考えた動きが、ポイントゲームでは仇となったということですね。逆にウィティカーの仕掛けは、工夫で。でも最後だけですよね、倒してバックに回ったのは。テイクダウン狙いに対しても、左アッパーという質量の高い攻撃をしていたのはティルでしたし。

やはり5Rは長いです。これはピョートル・ヤンとジョゼ・アルドの時も同じで、今回はティルにしてもウィティカーしても動かないラウンドができてしまいました」

ティルは自分の重心を重くして、高い質量でパンチを打つことができる

──その5Rを戦い抜けるからこそ、チャンピオンだというのはあるのですが、UFCはメインは5Rという競技的には首を傾げる規定が定着しています。

「もうこの試合に関しては、5Rも休んでいる感がありましたしね。そういうなかでウィティカーの一つのテイクダウンとバックが優位に働くと。ただし、武術的な観点でいえばティルは自分の重心を重くして、高い質量でパンチを打つことができるんです。アレは狙うというよりも、重くして打っている。彼のように重くして前に出ると、カウンターは被弾しないんです」

──実際にウィティカーがカウンターを当てた場面は記憶に残っていないです。

「それは常に間がティルのモノで、つまり先の先が取れているということです。そこは凄く感心しました。ただし、MMAのジャッジの打撃の見方はそうじゃない。これがまた難しいところですね。ティルは貰っていないです。組みつかれたけど。裁定で微妙なところにいるのであれば、ティルはMMAという勝負に甘かったということになりますし、私も勉強になる試合でした。

それと忘れてならないのは、ウィティカーは2Rにダウンを奪ったように倒す力も持っている。きっと自分の良さも把握していると思います。そして、その攻撃を繰り返すと自分がどれだけエネルギーを消費するのかも把握している。だからポイントを纏めに行った」

──そういう見方もできるのですね。

「この試合は先ほどから言っているように、リーチもあって拳に倒す実感を持っているのもティルです。だから打撃勝負ではウィティカーは不利で、それでも自分の強さを出すことも時折りある。素晴らしワンツーを入れて、質量を高めるシーンも見られました。ただし、そこを軸に戦わないのはMMAで勝つためなのでしょうね。そこにはやはり5R、スタミナの配分が大きく関係していると思います。

試合後に彼が見ている人にストレスを与える試合だった──と言ったのも、それを自分で分かっているからでしょうし。それにウィティカーは逃げてなかったですからね。やはり元チャンピオンだかし、そういう部分で負けねぇよっていう気持ちがあるのかと思います」

──これぞMMAの勝ち方ですが、武術的にはティルが強かった試合だったということですね。

「断言をしますが、強いのはティルです。ただし、MMAで勝てるのがウィティカー。ティルには工夫が足らなかった。それが競技なんです。それはどの格闘技でもいえることです。武術的な原理原則とは乖離してしまうので、武術を追求している者は試合に出るなら、勝ち方というモノを考えるチームに属す必要があります。そうでないと勝てない。

あらゆる試合は相手に勝つために存在しています。だから、審判の旗を挙げてもらって勝つ必要がある。それが選手です。強くなる価値、UFCで王者になる価値は似ているようで違いがあります。そして、この試合では勝つ意欲はあったのがウィティカーだったのかと思います。と同時に強さ、弱さを競いあっているなかで、工夫やゲームプランで勝てない時、武術にはそこを補うことができます。

勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなしと言われますが、勝てない時、負けそうな相手と戦う時、勝てない相手とぶつかった時、武術は絶対に必要になってきます。そこはご期待ください(笑)」

PR
PR

関連記事

Movie