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【Grachn44✖ Brave Fight22】古巣で加マーク納戦からのリスタート。鈴木隼人「1Rで終わりにします」

Hayato Suzuki【写真】1年4カ月前、ONE世界ストロー級王座へまっしぐらだった鈴木が──リスタートを切る (C)MMAPLANET

3月1日(日)に東京都大田区の大田区産業プラザPIOで開催されるGrachn44✖ Brave Fight22。

今大会で鈴木隼人が加マーク納と対戦する。健康上の理由でONEで戦うことができなかった鈴木は、厳しい──死を見つめることがある1年を凄し──日本で再び戦うことを決心した。

この間の葛藤、そしてこれからについて鈴木の独白をお届けしたい。
Text by Nobu Yasumura


――昨年1月のONEジャカルタ大会ではジョシュア・パシオが保持するONE世界ストロー級王座に挑戦することが決定していましたが、事前の健康診断の結果が『小脳のう胞』と診断されたことでONEの規定により欠場となりました(ジョシュア・パシオの挑戦者は猿田洋祐に変更)。

「試合がないとわかった時は信じられなくて、本当になくなったとは受け入れることができませんでした。2人の試合を見て終わるまでは納得できず、このまま僕はずっと格闘技はできないのかなと想いながらAbemaTVで見ていました」

――今回、18年11月にONEで1R一本勝ちして以来の試合が決定しましたが、昨年1年間は全く試合がない1年となってしまいました。どのように過ごしてきたのでしょう。

「タイトル戦は消滅しましたが、昨年1年はどうにかしてONEに戻ろうと思い、自分の中で試行錯誤し、病院に行きMRIを撮り、診断してもらって……4、5か所ほど病院を渡り歩いて、診断書を送ってONEの返事を待っている状態でした」

――日本の医者の診断結果は問題なかったと?

「そうですね。試合は大丈夫だろうとのことでしたので、僕も大丈夫だとは思ってました。ONEからは診断書を見ての審査中なので待って下さいとの返事で、1年待っていたのですが、もうこれ以上は待てないなと。今年に入って急かす感じで『どうですか?』と確認したところ、ダメだとのことでした。

ONEからは『手術をしてのう胞を取ってほしい』とのことでしたが、頭を開ける手術なので自分的にも嫌だなと思いました。日本でできる手術ではなく、医者からは『死ぬかもしれないリスクがあるので、このまま手術をしないで試合に出ていた方が良い』とのことだったので、自分でもどうしたらいいか分からない状態が続きましたね」

――のう胞があってもこれまでの日常生活は全く問題なかったんですよね?

「そうです。僕は小さい頃からずっと同じ位置に同じサイズののう胞を持った状態たったみたいで今まで生きてきました。格闘技を10年以上やっていても頭痛のような症状も一切ありません。両親にものう胞のことを聞いたら、母は『元気な子に産んだのにそんなことはない』と。

そもそも小さい頃に何かが起こらない限りは頭部のMRIを撮らないじゃないですか。僕は元気に生きてきたので一度もMRI検査をしたことがありませんでした。いざ、ONE出場が決まって検査したらのう胞が見つかったという流れなので、母からは『ごめんなさい』と言われましたね。

僕が格闘技をやることに大反対していた両親でしたが、ONEという大きな舞台に出てからは応援してくれていたので、突然このようなことになってビックリしていました」

――ここまで1年間試合がなかったのは、ONEとの契約上、他団体に出られなかったからですか。それともONEに出たい望みで敢えて他団体に出なかったのでしょうか。

「契約では縛られていませんが、僕がONEに出たいという一心でした」

――試合が消滅して以降も変わらず練習を?

「そうですね。変わらず練習はやっていました」

――いつ試合が決まるかわからない状況の中で練習を続けるのは相当大変だったと思います。それでも続けられたのはなぜでしょう。

「僕は格闘技が好きでずっとやってきて、人生をかけてやっています。あと、いきなりONEから試合のお話が来て断った時に、もうこいつは使わないと切られるのが怖かったですし、いつでも出られる、誰とでも戦うという心構えではいました」

――挫折しそうになった時はないですか。

「嫁の鈴木祐子がONE WARRIOR SERIESで勝ってましたし、僕と一緒にONEに出るという目標を諦めないで頑張っている姿を見ていると頑張らないといけないなと。あいつがいなかったら僕はもう自殺していたでしょうね。

“俺が死んだら、もうONE Championshipとか皆、わかってくれるかな、こんなにつらい中でも頑張ってきて、死んでまで出たかったんだぞ”と自分が死んじゃえば僕がこれだけにONEに賭けていたという気持ちが伝わるかなと思ったりもしました。

嫁には『このまま寝たらそのまま死んでいないかな?』と言ったら、『何言ってんの、バカじゃないの!? 格闘技しなかったら何もないでしょ?』と怒られて……。格闘技をこのまま辞めても何も残らないし、何も始まらない。ここで1つ華を咲かせないと人生納得できないなと思うようになりました」

――本や曲、映画などで「人生に無駄なことはない」といった台詞をよく聞きますが、復帰戦が決まった今、そういう期間はご自身にとってどういう意味だったと思いますか。

「タイトルマッチ消滅から色んな経験をして色んな人に助けられて色んな人に出会って色んなアドバイスをいただいて貴重な1年3カ月だったと思います。これから格闘技界はどうなるかは分かりませんが、その期間があったからこそ、これから1、2年かけてもっと大きな舞台に出るという希望を持っていこうと思うようになりました」

――練習に対しての取り組み方も変わりましたか。

「以前よりも落ち着いた練習ができるようになりました。ずっと負けていなかった時期は若さ、勢いで来たのですが、今はベテランなりの駆け引き、テクニック、技の精密さをさらに磨いています」

――試合ブランクは問題ないでしょうか。

「減量や身体の調整の仕方が気になるぐらいです。試合間隔が空いたことを周りの方が気にしているぐらいで、むしろ僕は試合間隔が空いたから何がダメなのかがわかっていないので特に気にしていません。

試合間隔が空いたからテイクダウンが決まらない、バックチョークが極まらないといったことにはならないでしょうし。僕がやることは一緒でただそれを相手にぶつけるだけです」

――ONEの世界戦が決まった時期と比べて、今の方が強くなっている自信、感触は?

「寝技は以前よりも全然伸びてます。打撃とタックルに関しては、今までは分かれている部分がありましたが、今は2つがつながっている手応えはあります」

──では対戦相手の加マーク納選手の印象を教えて下さい。

「印象がほぼなかったのですが、ようやく試合映像を見ました。相手の戦績を見ると僅差で勝っている試合が多く、一本負けがありませんでした。最近の試合では、下になっても上になってもポイントの取り方、判定で勝つことが上手な選手かなと。なので 僕はトータル的にも部分的にも負けない戦い方をして、最後は一本勝ちします」

――鈴木選手の代名詞は、速攻勝負です。

「そうですね。1Rで終わりにします」

――では今回の試合で、応援してくれる人々にどのような姿を見せたいですか。

「日本での試合は久しぶりですし、僕の試合を見たことのない人も多いと思います。できれば生で見てもらって、ここから僕がどんどん勝っていくので、僕のことを忘れずに応援してください」

――SNSにもあるように今後はRIZINを目標に?

「3月1日にド派手に勝って、その後の試合でもちょっとずつ勝っていけば日本での僕に対する見方も変わってくるのかなと思うので出場を狙っていきます」

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