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【Special】『この人と話しておきたい年末、2018』。田中路教─01─「激流に逆らうような動きばかり……」

2018.12.27

Michinori Tanaka【写真】真剣さは変わらない。しかし、悲壮感はなかった田中 (C)MMAPLANET

2018年ももう残すところ僅か……。MMAPLANETでは、年内に1年の総括と新たな1年の話をどうしても聞いておきたい格闘家を5人ピックアップした。

題して『この人と話しておきたい──2018』。4人目は──田中路教。ロシアの最恐MMAプロモーションと契約も、7月のキプロス大会はファイトウィークにキャンセルされ、11月のオレッグ・ボリソフ戦はヴィザの不備でロシア入国が叶わなかった。

UFCと再び契約を結ぶために修羅の道を選んでなお、その道が絶たれてしまった田中だが、グランドスラムのプロ練習で汗をかく彼は動きも軽快で、またインタビュー中の表彰も常に晴れやかであった


──2018年、色々なことがありました。この1年をまず振り返ってもらえますか。

「振り返ることがあんまりないですよ(苦笑)。1試合もできなかったので……まぁ、そうですね……試合がなくなった時は落ち込みましたが、今はプラスに捉えるようにしています」

──11月にロシアで試合ができなかった。あの件に関しては、いつ頃から気持ちを切り替えることができるようになったのでしょうか。

「すぐに練習を再開したので、そうしたら自然と気持ちも頭も切り替えることはできました。あの時はとにかく、少しでも早く練習がしたかったですね」

──ACBも誠意が感じられないことは確かですが、大使館にビザの申請を行うこともなく、それがビザだと思い込むのは田中選手のミスだと実は思っていました。入国できなかったと連絡をしてもらった時は、そんなことをすると心が壊れてしまうかもしれないので、指摘はできなかったのですか。

「ホント、その通りですよね(苦笑)。そこも含めて……もう終わったことだと考えるようにして……」

──しかし、収入面でも痛手ではなかったですか。

「いや、北京からモスクワに飛べなかった日にマネージメントをしてくれているマイケル(ナカガワ)から、『本当にゴゴメン。俺の責任だから、ファイトマネーと同じ額をノリに支払うから受け取ってくれ』と連絡があって。

そんなもん受け取れないってずっと言っていたのですが、マイケルはしつこく何度もメッセージを送って来るんです。だから暫くすれば落ち着くだろうと思って、もう返答もせずに放っておいたんです。帰国して3日ぐらいして、マイケルも落ち着いただろうと思って『今回のことは俺も悪かったし、マイケルの責任じゃないから。これでお互いが成長すれば良いから』と伝えたんです。

そうしたらマイケルが『その成長をするためにも、ケジメとして俺にファイトマネー分の金を支払わせてくれ』と」

──なんて良い人なのですか、マイケル君は!! 彼はお金持ちなのですか。

「マイケル自身は、そんなに金はないはずです。でも、ここまで親身になってくれてマイケルのためにも、もう絶対に負けることはできないと思いました。僕が目指す目標は変わらないです。これから1年、ダメならダメ。でも、どこを追求しようと思います」

──また悲壮感がついてまわる1年が始まると。

「いえ、そこは違います。この1年、僕は頭が硬くなり過ぎていました。とにかく自分のことを追い込んでいました。で、試合がなくなって色々と考えていると、もう少し力を抜いてやるのも有りじゃないかと思えるようになったんです。とにかく今も目指しているのはUFC復帰です。負けたら終わりという覚悟でいます。ただ、その覚悟のせいで自分を追い込み過ぎていた。

そこしか見えないようになっていて、MMAをやってきた気持ちがとにかくしんどかったです。昔の僕は違っていた。UFCに行くには1度でも負けたら終わり。そういう覚悟で試合に臨んでいましたが、そんな想いは頭の片隅にあるだけで、普段は力が抜けており、必要な時にそこをエネルギーにして頑張ることができていた」

──年齢を重ねると、時間がなくなるという焦燥感も増していたのかと思います。

「時間がもうないという風にはなりすぎていましたね。考えが凝り固まり過ぎていて、その影響からかスパーリングの動きもガチガチで。今のように柔軟に考えることができていると、動きも昔に戻ったように余裕のある動きができるようになってきたんです。

結果、この1年は固めてしがみついてばかりだったのが、その局面で起こったことに対し、柔軟に対応できるようになってきました。思えば体をケアしてもらっている三原(宏輝)さんにも、このところはずっと『体が硬いねぇ』なんて言われていて……。

考えと体が連動してしまっていました。MMAって、僕のなかでは本来は激流をいかに渡るかというイメージの戦いなんです。だから、その場その場の流れに合わせないと上手く戦えない。それがここ1年は、俺はこういくんだって激流に逆らうような動きばかりしてきた」

──なるほどぉ、そういうことですか。

「もう、そんなことをしているとシンドイに決まっていますよね(笑)。前には進まないし。MMAが上手いヤツって、流れに乗ることができるんですよ。向こう岸だけ見えていて、近づくことができる。生き方でも、それができるんですよね。僕は真逆をいっていました(苦笑)」

──そこに気付いて、楽になったと。またその激流のなかを懸命に突っ切っていこうとした田中選手だからこそ、周囲が応援したくなるパワーも放っていたのでしょうね。

「そうやって考えると、このやり方も必要だったと思えます。僕が強くなるためには、これまで起こった悪いことも全て必要なことだったんです。ただし、11月にロシアでオレッグ・ボリソフと試合ですが、あの状態で戦って勝ったとしてもいつか折れていたと思います」

──正直、あの時の悲壮感は……勝ってほしいと願いつつも、勝てないのではという恐れも大きかったです。

「分かります。今、想うとあの時の僕は危なかったです。あそこで負けると、僕の格闘技人生は終わっていた。勝っていても、あのままだと辛過ぎてどこかで潰れていた。だから、応援してくれる人がたくさんいるなかで、あの試合がなくなって良かったとは言えないですけど、あそこで戦えなかったことをプラスに考えられるようになりました。

ロシアでの試合が飛ぶまでの僕は、きっと周囲の人までシンドイ状態にさせていたと思います。いや、本当に今回のことでMMAをやっている限り、頭も体も柔軟性が必要だと改めて気付きました」

──これからなのですが、ACBで強い選手を倒してUFCに戻るというプランは崩れました。2019年、目標に向かってどのようなプロセスを考えているのでしょうか。

「まずACBの契約を解除して、ヴィザを取って拠点をハワイかサクラメントに移そうと思っています。ヴィザが取れるまでの間に日本で1試合戦い、そこから米国に行く。米国のジムに所属していると、LFAと契約できる可能性が高いことは分かったんです。

そのために必要なヴィザを取得するためにLFAのエド・ソアレス代表が動いてくれるという話もあり、またグラップリングの指導を受けている嶋田(裕太)君から、彼に就労ヴィザをとってくれるスポンサーの人を紹介してもらい、その人から移民弁護士の方をまた紹介してもらって……。その弁護士さんとマイケルがコンタクトを取り始めてくれています。

いずれにせよ、この2つの手段のいずれかでヴィザが取れたらLFAと契約し、米国でUFCに出られるチャンスを増やしたいと考えています」

<この項、続く

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