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【New Era APmma】グアム、メルカ・マニブッセン(02)

SPIKE 22

【写真】プロMMAファイター、黒帯柔術家、ハイスクール・レスラー、キッズ柔術、ダイエット目的でミット打ちにきたオジサン、多種多様な格闘技との向かい合い方をするグアムの人々がスパイク22に集まる(C)MMAPLANET

急激に成長を遂げるアジア太平洋のMMA。MMAPLANETでは、「New Era APmma」としてアジア太平洋地区のファイター、関係者のファイターを紹介していきたい。

第4弾は古くから日本の格闘技界と関係の深いメルカ・マニブッセン。SPIKE22を主宰するメルカは、1998年にピュアブレッド・グアムを興した。その後、グアムの格闘技人気はどのように経緯してきたか、メルカに語ってもらった。

※現在発売中のFight&Life Vol37には「Fight&Life 格闘紀行=グアム編」として、メルカ・マニブッセンを初めとするグアムのMMA&柔術関係者のレポートが掲載されています。

――素晴らしいエンセンとの思い出ですね。当時、柔術やMMAはグアムでどれほどの知名度があったのでしょうか。

<メルカ・マニブッセン インタビューPart01はコチラから>

「当時はピュアブレッド、ただ一つだった。今、多くのジムを見ることができる。そして、その全てがピュアブレッドから派生したものだ。ピュアブレッドから巣立って、皆がジムを開いていった。結果、競い合って格闘技が盛り上がっている」

――UFC人気が定着し、TVで頻繁にMMAが視聴できるようになった今ではなく、当時のグアムの人々はどのように柔術やMMAを知ることとなったのですか。

「YouTubeもFacebookもなかった当時、グアムは他のファイティングワールドとつながりを持っていなかった。ただ、僕はレスリング時代のネットワークがあったから、米国でも日本でも練習に行くことができた。誰も日本に行けば、レスリンツだけでなく柔術、キックボクシング、なんでも練習できることを知らなかったんだ。

1998年から2003年まで2カ月半、日本にいてグアムに戻る。そして、1カ月間後にまた日本へ行く。そんな生活を送っていたよ。イミグレの人間には、何でこんなに多く日本にやってくるんだ――って聞かれた。友人のところに練習へ行くといえば、全く問題なかった。まだ細かったし、子供がスポーツの練習のために日本にやってきたと思われていたんだよ(笑)。

なかには一度、日本へ行くと3カ月以上滞在して、結果的に違法滞在になり、何年も日本に行けなくなるような者もいるけど、僕は絶対に2カ月半でグアムに戻るようにしていた。そうやってピュアブレッド・グアムの練習生も日本に連れて行っていたんだ」

――今はスパイク22を主宰するメルカですが、ピュアブレッド・グアムにはいつまで関わっていたのですか。

「2002年にスパイクを始め、2004年にビジネスライセンスを取った。ただ、2009年までピュアブレッド・グアムに関わっていた。ピュアブレッドは柔術に特化するようになり、スパイクは柔術だけでなくレスリング、MMA、コンディショニング、ボクシングのクラスがある。コンディショニング……、クロスフィット・トレーニングは3人のコーチがして、それぞれ特徴あるクラスを受け持っているんだ」

――日本でPRIDE人気が絶頂にあった2005年前後、まだUFC人気が世界に伝播していなかった当時のグアムのMMA人気はどのようなものだったのでしょうか。

「僕がグアムでビジネスしやすかったのは、やはり最初に始めた人間だったということ。宣伝をする必要もなく、僕のジムはレスリングとMMAが優れていることを誰もが知っていた。特長として他にMMAクラスがあるジムでは、柔術、MMA、レスリングという順序だけど、スパイクはレスリング、MMA、柔術で他とは違う特徴があるんだ。

だから、僕のジムは日本でMMA人気が高いだとか、米国でMMA人気が高まっているという事情に関係なく、人が集まっている。グアム全体でいえば、97年にSuper Brawlがグアムにやってきて、僕が戦った2001年まで順調にMMA人気は高くなったけど、2002年ぐらいに頭打ちになった。2004年にはハッキリとMMA人気は落ち始めたよ」

――それはなぜでしょうか。

「グアムではリングの上でだけでなく、ストリート、バー、レストラン、どこでもファイトが繰り広げられる。とんでもない状況だし、その象徴的なMMAから人々が距離を取るようになったんじゃないかな。で、2006年ぐらいになって、またMMA人気は上向くようになった。

人気なんて、まぁ上下するものだし。そして、MMA人気が落ちると柔術人気が高まるというのがグアムの格闘技界の特徴だよ。90年代前半はグアムではレスリング人気が本当に高かった。トーナメントは朝8時にスタートして、終了するのは午後10時ぐらい、それほど盛況だったんだ。

今では朝8時に始めると、午前10時に終わってしまうだろう。逆に柔術は午後6時ぐらいまでやっている。PRIDEが終わって、UFCの人気が上がった。そんな感じだよ。PRIDEだけじゃなく修斗やDEEP、パンクラス、日本で戦うことを誰もが夢見ていた。今はUFCだけでなく、Bellator、あるいはWSOFのように皆が米国で戦いたいと思っている。

でも、今でも日本は格闘技のメッカだ。空手、柔道、柔術、キッズレスリング、いくらでも格闘技の練習ができて、毎週のようにトーナメントが開かれている。MMAも含め、キックボクシング、毎週末のようにプロ興業が行われている。

今、グアムは柔術が凄く人気があって、レスリングはそれほどじゃない。MMAは過去2年ほど観客数が多くない(※3月のPXCは3000人の観客が集まっていた)。以前は5000人集まっていた。対戦カードのクォリティに関係なく、ね。今は米国、日本、韓国、グアムのグッド・ファイターが出場しても、3000人や4000人しか観客は集まらなくなった」

<この項続く>

【Bio】
1976年12月27日、グアム出身。スパイク22主宰

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