【Bu et Sports de combat】 岩﨑達也×板垣恵介─02─『リョートはMMAで最も空手家然としている』
【写真】空手論からUFCファイター、リョート・マチダの打撃論へ。立ち上がって、体の動きを確認するということがたびたび繰り返された (C)MMAPLANET
MMAと武術は同列ではない。ただし、通じている部分が確実に存在している。そして、如何に武術の叡智をMMAに落とし込むのか。AACCでMMAファイターが習う剛毅會空手──武術空手とは何なのか。さらにいえば、空手なのは何のか──を剛毅會空手・岩﨑達也宗師に尋ねる、この企画。
ここでは「グラップラー刃牙」シリーズで著名な板垣恵介氏との対談で、MMAにおける打撃、武術空手を紐解いていきたい。自衛官時代にボクシングで国体出場経験もある板垣氏が、空手&漢をキーワードに岩﨑師範にMMAにおける打撃について尋ねる。
第1回でNHBと呼ばれた時代のMMAにおける空手界の対応に関して熱い武術・格闘技論が展開されたが、今回はから、岩﨑氏×ヴァンダレイ・シウバ戦から──さらに一歩踏み込み、UFCにおけるMMAファイターの打撃=リョート・マチダの空手について語り合った。
<岩﨑達也×板垣恵介対談Part.01はコチラから>
■岩﨑「MMAというのは、色々な可能性を試すことができる場」
──組み技があろうが、寝技があろうが突きと前蹴りで勝つ、と。
岩﨑 MMAにおいて一番効率的だと言うことです。それをMMAでやらなければ嘘だということです。
板垣 いやぁ、嬉しい。
岩﨑 なら、岩﨑さんはMMAの大会を開かないんですか──なんて言われるんですけど、大会なんていっぱいあるし、もう米国に一番大きなのがあるから構わないんですよ。じゃぁ、大会を開いて客を集めるのが極真なのか、それとも一番の大会に乗り込んでいって無茶苦茶やるのが極真なのか──って。そう言うと大概の連中は黙ります。そして、だから乗り込んでいけば良いだよと言うと……極真の友達はいなくなります。
板垣 行けないわねぇ……。
岩﨑 だからって大会を開く必要はないです。UFCでなくても、アマチュア修斗だってありますからね。なんで空手家が空手家のためのMMA大会を開く必要があるんだって。大会を開くんじゃなくて、現存するMMAで勝てるようになるのが、極真だろうって。
──それがヴァンダレイ・シウバ戦だったわけですね。あの時は『岩崎達也が何をやろうっていうんだ』というのが、本心でした。
岩﨑 もう、そんな記者ばっかりですよ。こっちだって、別にやりたくなかったよって。
板垣 えっ、でも自分から名乗りあげていましたよね?
岩﨑 いや、だって電車に乗っていると、私の前にいたおじさんの持っていた新聞で『日本人は根性がない。誰も名乗りを挙げない』と石井館長が言っているという記事が掲載されていて。あの1年ほど前からMMAの練習はしていたので、そんな風に言われるのなら『僕がやりますよ』って連絡をすると、すぐに決まってしまったんです。
板垣 やりたくはなかったけど?
岩﨑 それをやるのが極真なのか、やらないのが極真なのかって──もう1人の自分が囁くんですよ。なら、やるよな。だって空手バカ一代ではやっているじゃないですか。最近になってですよ、本当はやりたくなかったってようやく言えるようになったのは。
板垣 いやぁ、そういう気持ちの人が、極真に関係してきたなかにいるんだね。
──こうやって改めて話を聞かせていただくと、極真とムエタイに最強を求めていた頃を思い出します。
岩﨑 フルコンタクト空手の大会で勝ち続けることを、少なくともあのマンガの初期には提唱していません。空手バカ一代ではボクサーに三角飛びで勝ったあとに反省しているんですよ。
板垣 うん、している。タム・ライスを相手にして、ボクシングから逃げたって。
岩﨑 その後にグローブを外してきたボクサーの拳を殴って倒すというシーンがあって。
板垣 ヘンリー・アーサー(笑)。
岩﨑 ハイ。ボクサーに蹴りで勝って、ボクシングから逃げたというのは空手バカ一代を象徴しているシーンでした。それを小学生の時に読んで。
板垣 洗脳されますねぇ。
岩﨑 ハイ。逃げちゃいけないんだと、それが極真だと。自分はMMAに挑戦すると表明もしてしまっていて、あんな風に新聞に書かれると逃げるわけにはいなかった。
板垣 いやぁ、素敵ですよ。その新聞の記事に動揺して、名乗りを挙げるなんて!
岩﨑 そうすると、こういう業界の記者は『MMAを舐めている』とか『売名行為』だとか書くわけですよ。
──私は書いていないですよ。
岩﨑 あなたは興味ないんだもん(笑)。あなたは『MMAをやるならアマチュア修斗からやれ』っていう人間だから。
板垣 あぁ、いかにも言いそう(笑)。
──ハハハ、仰る通りですね。
岩﨑 まぁ、私が名乗り出ることで石井館長は面白がるだろうなって。
板垣 あの人はそうですね、絶対的に。
岩﨑 で、戦ってみて自分がやってきたことはルールが違うと役に立たないという……当たり前のことに気付いたんです。その後、とある先生に出会ったら20歳も年上なのに手も足も出ない、と。
と同時に、コレをやればMMAで戦える。次にシウバと戦う機会をあるなら、返り討ちされることはないんじゃないかという気付きがあって、それから10数年経ったわけです。
──そしてMMAでは、その武術空手を鍛錬してきたわけでないファイターが、結果的にボクシングでない武術空手的な原理・原則に結果的にはまった打撃で勝つこともある。
岩﨑 それだけMMAというのは、色々な可能性を試すことができる場だと思うんです。何をやっても良いわけです。
──アンデウソン・シウバはカポエイラのジンガのステップを踏むことがあります。
板垣 そんな凄いことをやる……やれたんだ、オクタゴンの中で。以前、山本KID徳郁選手が堀口(恭司)選手の突きは、これから練習をして身につけられるようなものじゃないと言っていたんですよ。ボクシングをやってきた人間じゃ無理なんだよって。
■板垣「法則性を身につけるには、どうすれば良いのですか」
岩﨑 その堀口選手のパンチは、今はボクシングになっていますよね。きっと、ATT(アメリカン・トップチーム)にソレを求めていったんでしょうね。私の持論なのですが、空手は武術でないといけない。武術とは何かというと法則性なんです。誰がいつやっても、その本質が変わらないものが武術です。
板垣 ハイ。
岩﨑 ただし、ボクシングのステップ、カポエイラのジンガというのは法則性ではなく、個人そのもののリズムなんです。上手くいくときもあれば、失敗する時もある。それでいえば、ATTに行ったあとの堀口選手のパンチも、KID選手の言っていた頃の突きではない。それはボクシングという、その場のノリで使うパンチになっており、法則性がないからです。
板垣 ほぉ、オリジナルになってしまうということね。
岩﨑 ハイ。ただし、法則性を持たないパンチでも強い選手は強い。個人の強さがあるからです。
板垣 その法則性を身につけるには、どうすれば良いのですか。
岩﨑 型です。その型も、肩やヒジなど部位の位置によって違ってきます。拳の位置、ヒジの位置、肩の位置で距離も変わってきます。
板垣 それは僕も武術空手の先生に実演してもらったことがあります。まるで居住まいが変わらないのに型によって、当たらない突きと当たる突きがあるのが不思議で。後ろの線が微動だにしないんですよね。
岩﨑 体の操作によって、相手との空間が変わってくるんです。
板垣 対して、こっちは同じ要領でパンチを打っているので、当たらなくなる。
岩﨑 武術の間というものは、相手に遠くて自分に近い。
板垣 その事実は目にできるのに、やっぱり分からない。
岩﨑 ただ、分っていないはずの選手がUFCだと同じことをやってしまっているんです。
■板垣「リョートは日本空手協会の田中昌彦さんの系譜がある」
──では武術空手の見地から立って、今、UFCでは何が起こっているのか。板垣さんの気になる選手の試合から検証していきたいと思います。まずは、空手という部分でリョート・マチダ選手の試合が板垣さんは気になると。
板垣 リョートのお父さんの町田嘉三さんが、日本空手協会の田中昌彦さんの後輩なんですよね。日大空手部で。以前、石井慧選手が田中さんの指導を受けていたことがあって、何度やってもビンタを入れられて、まるで動きが分からない──見えないと言っていたんです。
岩﨑 私はあまり存じ上げていないのですが、日本空手協会最強だという話を伺ったことがあります。
板垣 まだ僕が20代の頃かな、NHKの教育テレビで全日本選手権をやっていた。田中さんは試合中、向き合っている時にあらぬ方向を指さして、対戦者の気を反らしたんです。それにつられた相手選手に前蹴りを入れて勝ってしまった。負けた方の選手は『これで良いんですか!?』って顔をしているんだけど、田中さんはその手を握って、挨拶し『ハイ、終わり』って感じで試合場を下りちゃって。いやぁ凄いヤツがいるなって当時、思ったんですよね。えげつないなって。
岩﨑 昔の先生方は呼吸が見えているんだと思います。ただし、空手も競技化されて時間設定なんか行き過ぎると、そういう部分が薄れてしまいました。どんな状況でも戦うということを考えておられた世代の方は、そういうことができていた。
板垣 自由組手が、本当に自由で足払いで倒して寝技になり、背中を取って襟を締めながら殴るとか──、それをブラジルでもやっていたっていうんだから。そのね、田中さんから嘉三さんの系譜がリョートにあるのは、やはり興味深いんですよ。
リョートはMMAで最も空手家然としているじゃないですか。もう戦っていても間合いを図って、前蹴りの気配が伝わって来て。それをね、組みのある戦いで見せている。
岩﨑 リョートは下半身の動きは空手、上はキックボクシングだと思います。パンチはキックやボクシングになっています。空手協会の試合で使える突き、ボクシングのパンチ、MMAで使える突きは全て違います。
だからリョートはMMAで勝つために、彼が教わってきた空手の突きは使わなくなった。空手協会とMMAは違う競技なので、そうなるのも当然なんです。
板垣 蹴りは空手ですよね。あと足運びも。
岩﨑 ハイ。中足の回し蹴り、腰の使い方は回し蹴りでも当たり方は中足で前蹴りを腹に効かせたりさせていますからね。かと思えば、それが背足であったり。確かなのはキックボクシングのミドルキックではないということです。
そうやって腹を効かせた後に、蹴った足は前に下ろし、後ろ足だった右足を踏み込んで、右の突きが出ている。この右足は空手でないと前に出せないです。この辺りもボクシングのパンチとは明らかに違います。送り足の選手は、蹴り足を前についたとしても、そのまま左足が前に出るので、リョートのような打ち方はできないです。
蹴り足を前についた時点で、構えは変っています。だから、そういう風に蹴らない選手が多いなか、リョートは前についてなお、後ろ足を前に出して、サウスポーのまま戦った。彼はそのままオーソで、左足前のままでも動けるでしょう。いってみればオーソドックスもサウスポーもないなかで、この後ろ足を前に出す──ことが空手なんです。
ただし、多くのMMAファイターはその動きはできません。できるようになるには、蹴って、ワンツーという稽古をひたすら繰り返すしかないんです。
<この項、続く>