【Bu et Sports de combat】 岩﨑達也×板垣恵介『ゴルドーがホイスに負けた。ビビったな、コイツら』
【写真】対談とはいえ、両者ともすぐに立ち上がり実践論に発展していく (C)MMAPLANET
MMAと武術は同列ではない。ただし、通じている部分が確実に存在している。そして、如何に武術の叡智をMMAに落とし込むのか。AACCでMMAファイターが習う剛毅會空手──武術空手とは何なのか。さらにいえば、空手なのは何のか──を剛毅會空手・岩﨑達也宗師に尋ねる、この企画。
ここでは「グラップラー刃牙」シリーズで著名な板垣恵介氏との対談を通し、MMAにおける武術空手を紐解いていきたい。漫画家になる以前、自衛隊でボクシングに励み国体出場経験もある板垣氏は、その作風に見られるように武術、格闘技への造詣が深い。
何よりも、格闘技メディア以上の長きに渡り格闘技を見続けていた。さらにいえば『漢』の有り方に拘りを持つ。そんな板垣氏と岩崎氏にオクタゴンの中で見られる空手、MMAの打撃について語り尽くしてもらった。
第1回は「何でもあり」──バーリトゥード、あるいは「やってはいけないモノはない」──ノーホールズバード=NHBと呼ばれた時代のMMAにおける空手界の振る舞い、そして岩﨑氏のヴァンダレイ・シウバ戦について熱い武術・格闘技論が展開された。
板垣 いやぁ、岩﨑さんご無沙汰しています。なんか「城南の天才空手家」が伝統空手の習得に励んでいると思ったら、MMA──総合格闘技の方でも指導しているそうですね。
岩﨑 ハイ。私のなかでこれが極真なんです。我々が鍛錬を積んできたものが、グローブを付けた顔面有りになり、そして何でも有りという試合形態が見られるようになったのに、なぜ無視できるのか、と。
板垣 UFCを初めて見た時に、俺らなんかもこれは空手は無視しちゃいけないだろうって言っていたら、最初に手を挙げたのが大道塾だったじゃない?
岩﨑 ハイ。実際、私にとってK-1っていうのは、やっていることが違うから特に興味はなかったんですよ。
板垣 うん、いやぁ市原海樹選手がUFCに出るっていう時には東(孝大道塾・塾長)さんですら、尻込みして見えていたからね。1993年11月にUFCが初めて開催され、「フルコンタクトカラテ」でも「ゴング格闘技」でも、「格闘技通信」でも空手界や柔道界の重鎮は皆、グレイシー柔術をバカにしていましたよ。でも、気付いていたはずなんですよ──『ヤバいぞ、コレッ』って。ジェラルド・ゴルドーとテイラー・トゥリから始まった、あの戦いが……。
あのゴルドーがね、あんな風にホイスに負けた。それを見て、何か関わりたくないっていう雰囲気が伝わってきましたよ。ビビったな、コイツらと。
岩﨑 見て見ぬ振りをするのが極真なのかっていうと、見て見ぬ振りをしないはずだったんです。
板垣 大山倍達館長はそんなこと、しないはずですよ。『行って、叩いてきなさい』って言っていますよ。で、僕なんかも極真ならすぐに対応できるっていう気持ちでいましたからね。それはね、技術云々でなくて選手層。極真には人材が揃っていた。格闘家としてのポテンシャルが非常に高い人間が。だから、あの直後だったら間に合ったはずだと今でも思っています。
岩﨑 そこで動かなかった歴史はもう動かすことはできないのですが、私なりの修行方法でその辺りを編纂しなおし、武術的なことも取り入れてやってきました。そのままでは極真はソフトウェアとして何も役に立たないと思います。極真のソフトウェアを役立たせるために武術が必要だったんです。
板垣 今、UFCを見ていても空手といえば伝統派が活躍していますよね。リョート・マチダが松濤館で。他は誰がいましたっけ?
──空手という一面だけ抜き取ると、グンナー・ネルソンが剛柔流です。
板垣 彼らがUFCで活躍できるのは伝統派とMMAの距離が似ているということですか?
岩﨑 ハイ、MMAはボクシングやキックよりも距離が遠いので。ただ、接近戦になるとリョートもキックボクシングになっているように見えます。それは伝統派の競技空手では、そのまま使えないので、アレンジが必要になった。それがキック的になっているのだと思います。
板垣 伝統派というか、競技会になるとポイント制のノンコンやセミコンタクトはスピードがあって、当てる感覚ですよね。
岩﨑 私はあのルールで戦っていないので、明確なことは言えないのですが、五輪が決まったこともあって、ポイント空手の試合映像を見る機会も増えました。すると、あのルールでも当てようとした瞬間に重心移動が体に起こってしまって、ポイントが取れなくなっていますね。だから当てるよりも、触る感じになる。
板垣 当てるより、触る。だと、人間は倒せない?
岩﨑 そう理解していただいても良いかと思います。なので接近戦になるとリョートもボクシングやキックになっています。
板垣 寸止めじゃ決着つけられないよね。僕が自衛隊にいた時に、近畿大学の空手部の主将だった先輩がいたんです。その人が寸止め試合は『指の爪の部分を道着にパシっと当てるとポイントを取ってくれるんだよ』って言っていたんですよね(笑)。
岩﨑 それではMMAは勝てないです(笑)。
板垣 ねっ!! 本当に効かせるっていう話でも何でもない。威力とは無関係に掌を上手に当てると決めができて、旗が上がる技術。果たして、それをテクニックと言っている。
岩﨑 身も蓋もなくなってしまいますが、どんなスポーツでもそうです。そこに旗を挙げないといけないという現実がありますから。旗を挙げる理由は、それぞれの競技にあります。
板垣 もう、それで良いですよ。スポーツだから、どっちかに旗を挙げて。村田諒太がアッサン・エダムに判定負けした。ボクシングなら、ああいうことはあり得ますよ。ただ、歴史の浅いMMAは果たし合い、「どっちが強えぇんだ?」的な要素が色濃いでしょ……。
岩﨑 そこに色々なスタイルの選手が集まるMMAには相性というものが存在してきます。キックやボクシングの人は横回転です。寸止め空手は前後移動、縦の動きです。
板垣 そうだ、そう。アッパーでさえ、傾けて横の動きですよね。
岩﨑 そうすると遠い距離で縦の動きをしているのに、接近戦で横の動きになるとラグ、間が生じるんです。ボクシングのストレートの打ち方、その横の動きは空手の縦の動きと相性が悪いんです。なのでリョートといえども空手の縦の動きから、ボクシングの横を動きに移行すると、相性が悪くて間ができてしまうんです。そしてカウンターを被弾する。ただし、ポイント空手の突きだと当たっても効かせることができない。
板垣 それは本来の空手の突きだと倒せないということですか。
岩﨑 フルコンがあり、その前に寸止め、伝統派がある。それは言ってみれば競技です。それ以前に沖縄の古流空手があります。その古流のなかでも今のMMAのなかで、打って効かせる、打って倒すという見地に立ってみた場合、板垣先生もご存じだと思いますが、その技を伝えられる人物は本当に限られています。
板垣 (微笑)。
岩﨑 ただし、MMAの選手に教えていると、なぜか軽く打ったパンチでも相手が倒れるという事例が何度があり、やはりそうなんだと。その古流の空手の突きは縦でも横でもないんです。
板垣 ほお。
岩﨑 言葉でいうと……、なかなか言葉で通じるものでないですね。
板垣 分かります。岩﨑さんも師事した先生が、ウチのチーフの胸骨の辺りを『効く突きっていうのは、こういうことなんです』と、軽く胸を小突いたんですよ。そうしたら、チーフはドーンと内部に抜けていくような感覚があって、それから2カ月ぐらい痛みが残ったということがあったんです。
岩﨑 それがMMAの面白いところで、ガマクだチンクチだっていう言葉が一人歩きする風潮のある日本の空手とまるで関係のない、マクレガーのパンチが入る瞬間、チンクチがかかっていると表現される打撃になっていたりするんですよ。ガマク、背中全体を使って腕と肩だけで打っていないように。
板垣 もう話が合気っぽい。
岩﨑 合気の方が後だと思います。武田惣角が松村宗棍に首里手を習ったという話もありますし。
板垣 でも、岩﨑さんってもう10年ほど前から「凄い突きと蹴り」があったら、掴むことができない。入れないからMMAでも空手だけで勝てると言っていましたよね。寝ても立っても空手だけで良いって。
岩﨑 究極は突きと前蹴りだけで倒したいです。
<この項、続く>
■板垣恵介
1957年4月4日、北海道釧路市出身。高校時代に少林寺拳法を経験し、陸上自衛隊入隊後はボクシングで国体にも出場。除隊後、漫画家を目指し1989年に「メイキャッパー」でデビューした。1991年に連載を開始した「グラップラー刃牙」は以降「バキ」、「範馬刃牙」を経て、現在の「刃牙道」として長期連載が続いている。武道、格闘技への造詣が非常に深い。
■岩﨑達也
1969年6月20日、東京都出身。極真空手90年、95年全日本重量級チャンピオン、世界大会三度出場。2002年国立競技場Dynamite!!でヴァンダレイ・シウバと対戦。現在、剛毅会空手道主宰、武術空手の指導、MMA選手の育成に励む。