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【DEEP Osaka Impact2026#04】現在4連勝中の僧侶ファイター、小川道的「いっそ勝敗を捨ててやろうと」

【写真】小川が自身の属する宗派の教義に含まれていない座禅も取り入れている(C)SHOJIRO KAMEIKE

9月20日(日)、大阪府大阪市の錦秀会 住吉区民センター大ホールで開催されたDEEP Osaka Impact2026#04で、小川道的が鈴木琢仁を判定3-0で下した。小川は昨年12月から続く連勝を4に伸ばしている。
Text by Shojiro Kameike

1990年11月生まれ、現在35歳の小川が格闘技を始めたのは19歳の時だった。三重県伊勢市で「柔術兄弟/ALIVE伊勢支部」を主宰するとともに、2年前には仏教・浄土真宗のひとつ真宗高田派の僧侶となった。怪我に悩まされ、結果の出ない時期もあったものの、仏門に入ることでMMAでも連勝するようになったという「僧侶ファイター」の姿に迫る(※取材は10月4日に行われた)。


僕の場合は出家ではなく得度であり、俗世にいる僧侶です。今は昼に仕事をして、夜は練習と

――小川選手が僧侶になったということで……スミマセン。失礼ながら名前が「小川道的」であり以前から髪の毛も剃っていたので、もともと仏門に入っている選手なのかと思っていました。

「アハハハ、昔からよく言われていました。道的という名前も本名ですし」

――親御さんは宗教的な意味合いで、道的という名前を付けたのではないのですか。

「それが、違うんです。父は囲碁が好きで、囲碁の世界では史上最強と言われる江戸時代に名人に、小川道的という方がいまして(※棋士としての名前は本因坊道的。13歳の時に最高位の六段格となり『囲碁史上最強の神童』と呼ばれたと伝えられる)。その方から名前をつけたと聞いています。

僕自身は兵庫県宝塚市の出身で、19歳まで地元で育ちました。三重県伊勢市は何の縁もゆかりもないところで、大学進学で来たんです。後々知ったのは、棋士の小川道的さんは伊勢の出身であった、と。何か不思議な縁ですよね」

――凄い縁ですね。それはもう何かに導かれたのではないかと……。

「そんな気がしています」

――現在は格闘技と並行して、僧侶として生計を立てているのでしょうか。

「僧侶として生計を立てている部分は、ほほありません。僕の場合は出家ではなく得度であり、俗世にいる僧侶です。今は昼に仕事をして、夜は練習と。何かあれば所属しているお寺の行事などをお手伝いさせていただくという形ですね」

――得度を受けたのは、いつ頃のお話ですか。

「2年ほど前ですね。2024年3月ごろに得度を受けました。

もともと東洋哲学や思想などが好きで、以前から仏教に興味があったんです。31~35歳の期間、大きな怪我をしてロクに格闘技の練習ができない時期がありました。そこで当時は結構、絵を描いていたんですよ。

二元論――たとえば善か悪か、誰が上で誰が下かなど、何事も二つに分けて世の中を見ることがありますよね。格闘技の勝敗もそうです。でも絵の世界には『美』という一つものしかなく、そこに正解も不正解もない。僕は子供の頃から、これに近い世の中の見方を持っていました。

そんななかお寺の方とのご縁があり、僧侶になるための勉強をするうえで、仏教では二元論で考えないことを知りました。全てをありのまま受け入れる。これは二元論を否定する僕が絵を描いていた時の感覚とも合うし、ご縁があったことも僧侶になれというメッセージというか、そういう運命だったんじゃないかと思って、そこで得度を受けさせていただき、仏門に入ることになりました」

――小川選手のSNSには過去、いくつものストリートアートが投稿されています。一見するとストリートアートの世界観と、仏教の世界観にはギャップがあるかもしれません。しかし実は、そうではないのですね。

「はい。そこにギャップはなく、一元なんです。よく仏教ではどの宗派でも『無心』や『空(くう)』あるいは、それに近い言葉を使います。僕の解釈では、『無心』や『空』というのは『何も考えていない』『何もない』という意味ではなく、全てを受け入れることだと思っています。だからストリートアートは仏教とは違う、ということではなくて、丸ごと受け入れる。般若心経で説かれる『色即是空』=全てが一つであるという捉え方をしています」

ケージの中には、戦いというものだけがある。我(われ)を消し、そこに没頭する

――小川選手は昨年12月の藤田宇宙戦から4連勝中です。仏門に入ったことはMMAの戦績にも影響していますか。

「関係していますね。何よりも大きい気がしています」

――どのような点が最も影響しているのでしょうか。

「心技体の心の部分です。自分が属している真宗高田派は浄土真宗の一つで、宗派の教義に座禅はありません。しかし僕は座禅を毎日取り入れて、1日最低10分、長い時は30分ほどやっています」

――座禅といえば仏教の中でも「禅宗」と呼ばれる宗派で行われているものですよね。小川選手は禅宗の宗派ではないのに、座禅を取り入れている、と。

「それは先ほどご説明した『無心』や『空』、つまり心を無にするという状態のためですね。昔の僕は試合の前に不安や緊張があると、それを消そうとしていました。無理やり闘争心をわかせようとしていたんです。しかし今は座禅をして、今の状態をあるがまま受け入れて戦う、ということを実践しています。

写真は2026年3月の古根川充戦。2Rに腕十字で仕留めた小川だが、初回から集中力の高いアタックを見せていた

そうすることで、試合では今までになかったような集中力を出すことができるようになりました。一切の緊張がなく、練習どおりの動きをするだけ。それで1勝、2勝、3勝と続き、前回の試合ではまた心が磨かれたと思っています」

――というと?

「いつも試合が近くなった時の座禅では、イメージトレーニングをしています。あれは確か試合の2日前で……恐怖心や緊張が抜けない。ケージの中で相手と向き合った時のことをイメージすると、どうしても心につっかかりが生まれてしまう。でもその時に閃きがあって、『これは相手と対立するから緊張するんだ。相手と調和したら良い』と。そう思うと急にススッと心が楽になり、一気に見え方が変わったんです。

ただ、その感覚のまま試合直前に座禅を組んでいる時、あまりに緊張感も闘争心もなくなっていて。これはマズいんじゃないか、と思いました」

――確かに……。

「先ほど『練習どおりの動きをするだけ』と言いましたが、練習には勝敗がないですよね。あまりに普段の練習と同じ状態でいると、試合では負けてしまうのではないか。ならば、いっそのこと、その不安も受け入れる。

昔の剣の達人が最終的に辿り着く境地というのは、生きるも死ぬもない。勝ち負けもない。勝とうとするから、負けたくないと思うから、おかしくなる。それらは全て一つであり、勝とうが負けようが関係ないんだ、と。だから自分もその時は、いっそ勝敗を捨ててやろうと思いました。試合10分前、唯々あるがままに――僕が戦うのではない。戦っている僕がいるわけでもない。ケージの中には、戦いというものだけがある。我(われ)を消し、そこに没頭する。そう考え、勝敗を気にせずケージに入って戦ったんですよね。

結果的にはフルマークの判定勝ちで、映像を視返しても完勝だったと思います。それでも試合が終わった時、勝っているか負けているか分からなかったんですよ。セコンドに『これは勝っているんですか?』と訊いたら、『何を言っているんですか。勝っていますよ』と。それぐらい没頭できたので、今回得た感覚をもっと磨き上げていきたいと思っています」

――勝ち負けというのは結果であり、いかなるスポーツであれ目の前のことに集中できていないと結果はついてこない、ということですね。

「仰るとおりです。ただただ今に集中するという感覚を、仏教を通して身につけることができたかと思います」

強くなることに終わりはない。格闘技は道であり、まさに終わりなき道

――31~35歳の頃に怪我があり、ロクに練習もできなかった……ということですが、年齢的にも「これから」を考えなければいけない時期だったかと思います。そんな時期に、現在の4連勝している自分自身を想像できましたか。

「全く想像していなかったですね。ある意味、ここに来て全盛期が来ているといいますか。怪我で格闘技ができなかった時期は『いよいよ引退か……』ということまで考えていました。

しかし仏教に出会う前でしたが、仏教的な考え方が浮かんだんです。『なぜ自分はMMAをやっているのだろう?』と自問自答する時間が多かったなかで、そもそも理由なんて必要ないと思いました。あとになって知った仏教の話に、『花は咲こうと思って咲くのではない』というものがあります。僕もそれで良い。小川道的はMMAを戦う、それでいいじゃないかと考えました。だから怪我をしていてもできるトレーニングを続けていた、という感じですね」

――心技体でいえば、小川選手の特徴でもあるバキバキの体は、今でも保たれています。

「アハハハ、ありがとうございます」

――仏教と出会うことで、心も整いました。では、技はいかがですか。

「技は新しいことを覚えるより、できることを磨いていく作業に入っています。19歳から格闘技を始めて、いろんなものを磨き上げてきました。それらをずっと磨き続けていくと、刀のように切れ味が増していくものだと感じていて。新しいことを覚えるのも好きだし楽しいですけど、今は持っているものを磨くこと。反復が大事な年齢になっていると思います」

――昨年12月から4試合と、早いペースで試合をしています。

「ありがたいです。試合が終わると、すぐ次の試合のオファーを頂いたりします。試合の1週間後ぐらいだと、『少し休みたい』と思ったりする時期でもありますよね。でも35歳になって守りに入るぐらいなら、MMAを辞めたほうが良いなと思いました。怖い、嫌だなと思うからこそ試合に出る。そういう気持ちでここ4試合は、3カ月に一度のペースで試合をさせてもらっています。今のところ次の話はないですが、オファーを頂いたらそれがご縁だなと思って、受けさせていただきます」

――鈴木選手を下したことで、次はベルト戦線を争うポジションを狙うフェーズに入ってきているでしょう。その点は意識しますか。

「それは意識していますが、あまり未来のことを考えるのも良くないという考えですね。とにかく『今日やるべきことを積み重ねていったら、そういう日も来るのかな』という感覚です」

――今後のキャリアの積み方については、どのように考えていますか。

「僕にとって格闘技は、仏教の修行と同じものになっていますね。時代が違っても名の有る剣客は皆、無刀流という境地に辿り着いています。もう刀すらいらない。そんな境地が存在するなら、僕も辿り着きたい。それを追求するために真剣勝負の世界にいるのかな、と思っています。いずれ競技としては引退する日が絶対に来る。しかし強くなることに終わりはない。格闘技は道であり、まさに終わりなき道なんです」

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