【UFC314】展望 真贋測定、リバプールの息子ピンブレッド✕2.0炸裂?!=マイケル・チャンドラー
【写真】結果、ド派手なファイトになるのか(C)Zuffa/UFC
12日(土・現地時間)、フロリダ州マイアミのカセア・センターにてUFC 314「 Volkanovski vs Lopes」 が開催される。元絶対王者アレクサンダー・ヴォルカノフスキーと新鋭ジエゴ・ロピスの間で争われるフェザー級王座決定戦をメインとするこの大会のコメインは、マイケル・チャンドラーとパディ・ピンブレットによる新旧人気者対決だ。
Text by Isamu Horiuchi
現在12位にランキングされるピンブレットは、英国リバプール出身の30歳。地元が生んだ伝説ビートルズの若い頃を彷彿とさせるマッシュルームカットと10代のような風貌、スカウスと呼ばれるリバプール独特の訛りとおどけた笑顔で繰り出すビッグマウス、強い極め、低いガードで顎を上げたまま打って出る危なっかしくも攻撃的なファイトスタイルという組み合わせが観る者に与えるインパクトは大きい。
15歳で地元のネクストジェネレーションMMAに入門し(以来所属は変えていない)、プロデビューは17歳だ。英国#01フィーダーショー=Cage Warriorsフェザー級王座を経て、2021年9月にUFCデビュー。そのキャラクターと大言壮語ぶりで試合前から注目を集め、ファイトナイト大会のメインカードの第一試合に抜擢されたピンブレットだったが、序盤にルイジ・ヴェンドラミニの拳をまともにもらってピンチに。しかに1R後半から強引に前に出て、強烈な右アッパーをヒット。さらに飛びヒザから右フックと畳み掛けて薙ぎ倒し、勝負度胸を存分に見せつける勝ちっぷりでボーナスを獲得した。
試合後のインタビューでは、同郷の元王者マイケル・ビスピンに「言っただろ、僕はScouser(リバプールっ子)だぜ! 僕らが倒されることはない。僕はUFCを乗っ取りに来たんだよ。UFCの新たなcash cow(金になる乳牛=金のなる木)にして、主人公だ! 来週にはUFCゲームのキャラになるべきだし、みんな僕と戦いたがるだろうな!」と捲し立てたピンブレット。初戦にして、コナー・マクレガーに続くメガスターの誕生すら期待させるほどの存在感を発揮した。
ちなみにその髪型と金髪は、1999年に夭逝した童顔の天才プロレスラーのオーエン・ハートをも想起させ、デビュー戦の解説席でダニエル・コーミエは「こいつは若い頃のオーエン・ハートだ!」と繰り返していた。そしてつい数週間前(2025年3月)には、ピンブレットが生まれる9ヶ月前に当時オーエンが所属していたWWF (現WWE)がヨーロッパ遠征中だったという話を根拠に「実はピンブレットはオーエンが遺した息子なのでは」という珍説を(ジョークで)掲示板に投稿するファンまで現れたのだった……が、両者の類似はもっぱら髪型と髪色と職種から来るものであり、顔の作りや各部位は特に似ていない。
閑話休題。
鮮烈なUFCデビューを飾ったピンブレットは、続く2試合をチョークで一本勝ちして3連続でボーナスを獲得、スターへの階段を着実に上がっていった。そして2022年12月、ピンブレットに用意された次の舞台は、ベガスのT-モバイルアリーナ開催のUFC 282──そのコメインでのジャレド・ゴードン戦だった。しかしこの試合で、ピンブレットは空いた顔面にゴードンの拳を何発も被弾して大苦戦。要所で強気に打ち返して3-0で辛勝したものの、この判定には多くの疑義が寄せられ、ピンブレットには「作られた(偽物の)スター」感が付き纏うこととなってしまった。
その後、試合序盤で足首を負傷したことを明かしたピンブレッドは、手術のため長期欠場へ。1年後の2023年12月に汚名返上を期して復帰を果たした。その舞台の相手は、当時6連敗中ながら元ライト級暫定王者トニー・ファーガソンだった。1Rダウンを奪い、その後も圧倒して判定勝利したピンブレットだったが「勝たせるために組まれた試合に勝った」以上の印象を与えることはできなかった。
さらに昨年7月には、コーンヘアーとなった彼は祖国の英国にて当時ランキング15位のキング(ボビー)・グリーンと対戦。初回、テイクダウンにギロチンを合わせたピンブレットは、さらに三角絞めに移行してグリーンを絞め落とし、Co-opライブには「オォー、パディ・ザ・バディ!」チャントが鳴り響いた。
「Statement made, bitcheeees! (見せつけてやったぜ、この野郎ども!)」と上機嫌で叫んだピンブレットは、続けて、「僕は絶対にランキングに入れないとか言っていたヘイター(アンチ)どもよ、次のイチャモンはなんだ? また話をずらして、ボビー(グリーン)など過去の男だとか終わってるとかほざくのか? でも僕はこれでランキング入りだぜ! ざまあみやがれ!」とアピールした。
ランカー相手の会心の一本勝利だったが、実際にグリーンはすでにUFCで10年以上戦い続けている37歳の大べテラン。本人のコメントからも窺えるように、勝ちやすい相手を当ててプロテクトされているという見方を完全に払拭しきれたとは言い切れない。
そんなピンブレットにとって、今回のチャンドラー戦こそ、誰もが認めるライト級トップクラスとの初対決であり、批判者たちを完全に黙らせる絶好の機会だ。「この試合は、プロスペクト(有望株)ではなくコンテンダーと呼ばれるためにも重要だ」と語るピンブレット。デビュー前から我こそ次のスーパースターと叫んでいたそのビッグマウスに相応しい力を本当に備えているのかどうか、最大の試金石となる。
対するチャンドラーは、Bellatorライト級王座に三度就いた後、2021年1月よりUFCに参戦。そこでダン・フッカーを1R2分でKOに沈めて以来、ライト級トップランカー達とのビッグカードを組まれ続けており、これまでUFCで行った7戦中6試合でボーナスを獲得している激闘王中の激闘王だ。
2023年初めにメガスターのコナー・マクレガーとのTUFコーチ対決を行い、来たるべき一世一代のマネーファイトに備えていたものの、マクレガーの都合に振り回されいつまでも実現せず。2024年末まで約2年を浪費させられた挙句に、殿堂MSG大会で復帰。かつて王座決定戦で敗れたシャーウス・オリヴェイラとの再戦を行った。
ここで勝利してライト級王座挑戦権を掴み、マクレガーと戦い、その後ラマダン明けの王者マカチェフを倒し、さらにBMF王マックス・ホロウェイとも戦う…という壮大すぎる未来を夢想してこの試合に臨んだチャンドラー。事前には、より成熟し冷静で計算づくでスマートな「チャンドラー2.0」を見せると意気込んでいたが、1-3ラウンドまで毎回テイクダウンを奪われ、4ラウンドも組み付かれてバックを許す等、圧倒的劣勢なまま最終ラウンドを迎えた。
それでもついに右フックを炸裂させたチャンドラーは、大逆転を掛けてパウンドに猛攻に。しかし、なんとか立ち上がったオリヴェイラに組みつかれると、またしてもワキをくぐられバックを奪われてしまい万事休す…と思いきや、チャンドラーはオリヴェイラを背負ったまま強引に立ち上がる。そこからリング中央までゆっくり歩いて行くと、何やら吠えてから豪快に後方にダイブ。場内を熱狂の渦に叩き込んだ。
が、オリヴェイラは背中から離れず。試合終了寸前となり万策尽き果てたはずのチャンドラーは、それでも再びオリヴェイラを背に立ち上がると、満場の期待に応えてもう一度後方にダイブして、試合を終えた。こうしてチャンドラーは、試合前に語っていた「成熟し、冷静で、計算ずくで、スマートなチャンドラー2.0」とはまるで正反対の──勝利のためにはほぼ役に立たないが、躍動する生命力が理屈抜きで観る者の心を打つ壮絶なパフォーマンスを披露し、敗れた。
大歓声に包まれた試合直後のインタビューでは、興奮冷めやらぬ様子で「MSGよ、楽しんだか!」と叫び、ホロウェイとマクレガーを高らかにコールアウトして意気揚々と去っていたチャンドラー。が、この敗戦のショックは甚大だったようで、「この試合については、語ることすらとてつもなく難しい」と本人は振り返っている。「体もボロボロになったが、何より心が傷ついた。絶対に勝ってタイトル挑戦権を得られると確信していた試合で負けた。感情が崩壊したよ」
敗戦による心の傷を癒し、自分が何者で、なぜ今の立場にいるかを見つめ直したというチャンドラー。今回のピンブレット戦は、倒されても立ち上がる自分を証明するための戦いだ。さらに「息子達に見せたいんだ。ノックアウトされた父が、どうやって前に進み続けるかをね」とチャンドラーは言葉を続ける。父である自己の証明は、すなわち子供達に背中で語ることだ。
またこの試合はチャンドラーにとって、UFC参戦以来はじめて上位ランカー以外のファイターとのマッチアップでもあり、この役割を本人も前向きに受け入れている様子だ。「ポイエーはブノワ・サンドニと戦ったし、ジャスティン・ゲイジーもラファエル・フィジエフと戦った。毎回トップ勢と戦うのではなく、ときには若くてハングリーな台頭する新鋭にチャンスを与える必要があるんだよ」と語っている。
ファンが喜ぶ人気者対決であるこの試合だが、その本質は、ベテランと台頭する若手が数少ない世界最高峰の舞台における数少ないトップの椅子を賭けた過酷なサバイバルマッチに他ならない。
そんな両者の対決の大きな見所の一つは、ピンブレットがチャンドラーの強打にどう対処するかだ。
遠い間合いに立ち、ガードを低く構えるピンブレットの上がり気味の顎は、踏み込んで放たれるチャンドラーの強烈なオーバーハンドライトや左フックの格好の標的だ。実際ピンブレットはゴードン戦にて、何度も左フックや右をまともにもらっている。その時は持ち前のタフネスさを発揮して打ち返したピンブレットだったが、フッカーを一撃で沈めたチャンドラーの強烈無比の拳を被弾して同じように持ち直すことができるのか。それは難しいだろう。ピンブレットに真っ直ぐ下がる癖があることも、チャンドラー相手には危険信号だ。
当然それは、ピンブレット陣営は百も承知だろう。チームメイトにチャンドラーのスタイルを真似てもらって対策を繰り返しているというピンブレットは、「チャンドラーには、ぜひいつものように右のオーバーハンドと左フックでこっちをKOしにきてほしい。それを上回るゲームプランを用意しているから」と語る。
ではそのゲームプランとは何か? コーチのエリス・ハンプソンは「(前回のチャンドラーと戦った)オリヴェイラが、チャンドラー攻略の公式を見せてくれたよ。スタンドでは距離を取り、グラップリングでコントロールするんだ」と語っている。確かにオリヴェイラは、スピードと威力を兼ね備えた打撃を積極的に繰り出してチャンドラーを寄せ付けず、テイクダウンを奪い主導権を握っていった。が、基本のジャブやワンツーの洗練度でも世界有数勝つ世界一レベルになるグラウンドワークが控えるオリヴェイラの戦い方を、ピンブレットが再現することが生易しいわけがない。
ピンブレットがチャンドラーの強打を封じるには、彼がこれまでオクタゴンで見せてきたものより大きく洗練された動きが必要なのは間違いない。それが何か、どのくらい有効に機能するのか、刮目したい。
もう一つの注目点として挙げたいのは、チャンドラーが今回こそ「より冷静でスマートな、チャンドラー2.0」を披露すると宣言していることだ。「僕は以前よりはるかにいいファイターだ。危険な場所に自分から入るのではなく、冷静に勝利を掴むよ。いつもの強打を十分に駆使した上でね」とチャンドラー。
前回のオリヴェイラ戦の展望記事にて筆者は、彼の言う計算づくでスマートな戦い方とは、出自であるレスリング技術を組み込むことなのではと推測した。しかし、あの試合のチャンドラーからそういう気配は見られなかった。むしろ各ラウンドにおいてチャンドラーはオリヴェイラに先にレスリングを仕掛けられ、テイクダウンを許して試合を支配された。そんな彼が大観衆の心を奪ったのは、終盤の計算を度外視した破天荒な暴れ方だったのだから試合は分からない。
チャンドラーが求める、冷静かつ計算づくに勝利を目指す自分は、今回どのような形で現れるのだろうか。それとも心と体に染み付いた、デンジャーゾーンに踏み込んでしまう性質が本人を裏切ってしまうのか。そして、危なっかしい姿勢で前に出て思い切り拳を振るうピンブレットもまた、同様の性質を持ち合わせている。そこを巧みに抑制しつつ、必要な時に全開にできるのはどちらか。
この新旧人気者対決は、台頭する若手と迎え撃つヴェテランの熾烈なサバイバル戦でもあり、勝利を目指し冷静に戦う心と、そこを超越して危険に踏み込んでゆく魂の相剋のドラマでもある。その展開は、蓋を開けて見るまで分からない。
■視聴方法(予定)
4月13日(日・日本時間)
午前7時~UFC FIGHT PASS
午前11時~PPV
午前6時 30分~U-NEXT
■UFC314対戦カード
<UFC世界フェザー級王座決定戦/5分5R>
アレックス・ヴォルカノフスキー(豪州)
ジエゴ・ロピス(ブラジル)
<ライト級/5分3R>
マイケル・チャンドラー(米国)
パディ・ピンブレット(英国)
<フェザー級/5分3R>
ヤイール・ロドリゲス(メキシコ)
パトリシオ・フレイレ(ブラジル)
<フェザー級/5分3R>
ブライス・ミッチェル(米国)
ジアン・シウバ(ブラジル)
<ライトヘビー級/5分3R>
ニキータ・クリロフ(ウクライナ)
ドミニク・レイエス(米国)
<フェザー級/5分3R>
ダン・イゲ(米国)
ショーン・ウッドソン(米国)
<女子ストロー級/5分3R>
ヴィルナ・ジャンジローバ(ブラジル)
ヤン・シャオナン(中国)
<ライト級/5分3R>
チェイス・フーパー(米国)
ジム・ミラー(米国)
<フェザー級/5分3R>
ダレン・エルキンス(米国)
ジュリアン・エロサ(米国)
<ミドル級/5分3R>
セドリクス・デュマ(米国)
ミハウ・オレキシェイジュク(ポーランド)
<フライ級/5分3R>
スムダーチー(中国)
ミッチ・ラポーゾ(米国)
<ミドル級/5分3R>
トレシャン・ゴア(米国)
マルコ・トゥーリオ(ブラジル)
<女子バンタム級/5分3R>
ノハ・コホノール(フランス)
ヘイリー・コーワン(米国)