【RIZIN LANDMARK07】鈴木千裕が振り返るケラモフ戦「字が上手い人はボールペンでも筆ペンでも上手い」
【写真】所属するクロスポイント吉祥寺の入り口には激励のメッセージが寄せられた日の丸が掲げられている(C)TAKUMI NAKAMURA
11月4日(土・現地時間)、アゼルバイジャンはバクーのナショナルジムナスティックアリーナにて開催された「RIZIN LANDMARK 7 in Azerbaijan」のメインでヴガール・ケラモフをKOし、RIZINフェザー級王座に就いた鈴木千裕。
Text by Takumi Nakamura
下馬評では圧倒的不利の中、敵地アゼルバイジャンに乗り込んだ鈴木はガードポジションからのカカト落とし→下からのパウンドでケラモフをKOするという誰も予想していなかったフィニッシュで勝利を手にした。
あのカカト落としはキックボクシングとMMAの二刀流だからこそ出来た技で、そこには鈴木独自の技術体系がある。今回のインタビューでは思い切りの良さと派手な勝ち方の裏側にある緻密なMMA理論を語ってくれた。
――RIZINアゼルバイジャン大会おつかれさまでした。試合が終わってからはどのように過ごしていたのですか。
「休みは1日もなくて、おかげさまで忙しくさせてもらっています。こうして取材を受けたり、応援してくれている方々にベルトを持って挨拶に行ったり。9割僕が負けると思われていた試合だったんで、みんなびっくりしていましたし、そのなかでも僕が勝つことを信じてくれている人たちもいて。またそういう人たちのために頑張ろうと思いましたし、あの試合をきっかけに僕のことを知ってくれた人もたくさんいるので、色んなところから頑張る力をもらっています」
――ベルトを巻いたことでどんな変化がありましたか。
「説得力が違いますよね。ベルトはその団体で一番の印なので」
――もともと鈴木選手はパンクラスでデビューしていて、MMAでベルトを巻くことに特別な想いはあったのですか。
「めちゃめちゃうれしいです。キックをやる時、やるならチャンピオンになると決めていましたけど、MMAのチャンピオンになるという最初の目標を叶えることが出来て、不可能はないんだなと思いました」
――試合前に取材した時も朝からスケジュールがびっしり詰まっていて、ずっと練習している姿が印象的でした。
「いつも試合前はあんな感じなので、僕としては通常運転ですね。海外とかタイトルマッチ関係なくいい練習ができました」
――ここからは試合について聞かせてください。公開練習では計量後のリカバリーをどうしようかと話していましたが、実際にどんなものを食べてリカバリーしたのですか。
「レトルトのご飯とスープ系を持っていったくらいで、あとは現地のものを食べましたし、公開練習でも話した通り、ケバブも食べました(笑)」
――初の海外遠征でしたが、精神的には落ち着いていたのですか。
「そこもいつも通りでしたね。地方で試合するのと変わらなかったです。移動の距離が遠かったくらいです」
――ケラモフの様子はいかがでしたか。
「自国の試合なので日本で見る時よりもやりやすそうな雰囲気でした。試合当日もケラモフは声援を浴びて、僕にはブーイングが飛んでいたので」
――ではいざ試合でケラモフと向き合って、どんなことを感じましたか。
「タックルを狙う圧力を感じました。僕もそれをイメージして練習していたんですけど、ケラモフは距離感が上手かったです。あと僕としてはもっと打ち合ってくると思ったんですけど、そこはテイクダウン狙いで来ましたね」
――手堅い作戦で来たということですか。
「手堅いといかいつも通りのケラモフですよね。もしかしたら自国の試合だから派手な勝ち方をしたいのかなと思ったんですけど、そういう感じは1ミリもなかったです。自分が勝つためにやるべきことを遂行するという、ホンモノの思考ですよね」
――ケラモフが右ストレートで踏み込み、鈴木選手も右ストレートを返したところで、シングルレッグでテイクダウンを奪われました。ここから鈴木選手がガードポジションからのカカト落とし→パウンドでTKO勝利という流れでしたが、どういった狙いがあったのかを教えていただけますか。
「まずケラモフがパウンドを打ってきたときに頭を寄せる。そこで三角絞めを狙うと相手は上体を起こすので、そうなったら蹴り上げを使ってみようと閃きました。実際に僕が三角絞めを狙ったらケラモフが上体を起こしてきたんで、顔面を蹴り抜いたら手応え……じゃなくて足応えがあって(笑)、これは効いただろ?と思ったら、ほぼケラモフは失神してました。ただあのカカト落としで試合が終わるとは思っていなくて、また意識を取り戻してくると思ったんですよ」
――一瞬意識が落ちて復活する可能性もありますからね。
「だからレフェリーが止めるまで殴り続けて完全に終わらせようと思いました」
――事実上のフィニッシュとなったカカト落としですが、事前に練習していたわけではなかったんですね。
「はい。どうしても(グラウンドの顔面への蹴りは)練習できないので。ただクレベル・コイケ戦の前の沖縄合宿の時に松根良太さんに『RIZINルールは蹴り上げを使った方がいい』と言われたことがあって。それでやってみた部分はありますね。失敗したら失敗したときに考えようみたいな」
――過去に試合映像を見て、蹴り上げやカカト落としのイメージがあったわけでもなかったのですか。
「ないです(笑)。でも結局は応用だと思うんですよ。僕はキックの練習でたくさんミットを蹴ってきたし、MMAでたくさんガードポジションの練習をしてきました。僕は格闘技における自分の身体の使い方を分かっているから、それを応用してカカトで顔面を蹴ったイメージですね」
――なるほど。
「自分の足の長さと距離感、どのくらい力を入れれば衝撃が伝わるか……形としてはカカト落としでしたけど、蹴りの基本的な部分はキックの練習でミットを蹴るときと同じだと思います」
――その考えは面白いですね。
「例えば字を書くのが上手い人はボールペンで書いても、筆ペンで書いても上手いと思うんですよ。ボールペンと筆ペンは別物で力の入れ方も微妙に違うと思うんですけど、字を上手く書く技術があれば、そこを応用・調整すればいいだけじゃないですか。僕はキックとMMAを二刀流でやっているから、その応用の幅が人より広い。それであのカカト落としが出来たんだと思います」
――どうしても我々もキックからMMAに転向する選手に「キックとMMAの違いは?」という聞き方をしてしまいますが、共通点はたくさんあるわけですね。
「僕は大きな違いはないと思いますよ。多少は違いますけど大差はない。むしろ違いを追求しちゃうと強くならないです。(MMAは)腰が低い構えだからローをもらいやすいとか言われますけど、だったらローをもらわない距離にいればいいし、カットのタイミングを早くすればいいと思うんですよ。それはつまり自分の身体の使い方ですよね」
――イメージ通りに自分の身体を動かすことに競技は関係ないですからね。
「逆にキックをやるからアップライトに構えて後ろ重心にする必要もないんです。そういう固定観念を持っちゃだめですよね」
――鈴木選手の構え方や打撃はキックでもMMAでもあまり変わりないように見えます。
「一緒ですよ。僕らがやっているのは同じ格闘技だし、むしろ総合格闘技には全部の格闘技の要素が入ってますからね」
――当日セコンドについたパラエストラ八王子の塩田歩代表は「千裕くんは草刈り系のスイープが得意」という話もしていました。
「もちろんそれは柔術で練習していました。だから自分がやってきたことにヒントがあって、それを頭の中で整理しておいて、試合の時に出せるか出せないか。それが格闘技センスであり、格闘技の向き・不向きだと思います」
――いかに手札を持って、それどう切っていくか。それがMMAでも必要ということですね。
「みんな試合前に練習するわけだから手札は持っているんですよ。でもそれを切る勇気とタイミングがなくて、僕はそれを試合で出す勇気がある。今回のカカト落としにしても、ほとんどの選手は『カカト落としなんてやっても当たらないよな』や『カカト落としをかわされたらどうしよう』と思っちゃうんです。でもそこで僕は自分がやってきたことや自分の感覚に自信を持って思いっきり蹴った。だから勝てたんです」
――こうしてお話を聞いていると鈴木選手はすごく考えて練習していますね。
「そうですね。しっかり考えて練習して、本番では閃きや本能に任せています」
――発想も柔軟だと思うのですが、それは練習で思いつくのですか。それと自分以外の試合を見てイメージするのですか。
「どうだろうな…。格闘技をやっていれば人間の弱点が分かるじゃないですか。そこを殴るか蹴るかの違いですよね。僕はそういう発想でやっています。ケラモフが立った時、あそこからパンチは当たらないし、ヒジ打ちはなおさらですよね。でも蹴れば当たるし、無理だったら立てばいい。そういうことだと思います」
――RIZINでチャンピオンとなり、今後の可能性が大きく広がったと思います。今戦いたい相手はいますか。
「僕はチャンピオンとしてオファーを待ちたいと思うんですけど、ベラトールに乗り込んでパトリシオ・ピットブルからベルトを獲りたいですね。僕はRIZINが世界に通用する舞台だということを証明したいし、前回ピットブルに勝った時はノンタイトル戦だったので、次はタイトルをかけてやりたいです」
――ピットブルには試合直後にX(旧Twitter)で絡まれていましたね。
「そうなんですよ。ダブルタイトルマッチやろうよ、みたいな。あれはもうなめんじゃねえよって感じですよね。お前が再戦したいだけだろって」
――しかもあの発言は鈴木選手がケラモフに勝った直後だったんですよね。
「はい。『千裕は俺に挑戦する権利を得た』みたいな感じで。なんで負けてる側のお前が上から目線なんだよって思いますよね(苦笑)。まあ本気でやりたがってるのかどうかは分からないですけど、本気でやるつもりならやりますよ」
――ピットブルとケラモフをKOしたRIZINチャンピオンとして鈴木選手の名前も世界に知れ渡ったと思います。これからどんな試合をしたいですか。
「ここからは歴史に残る試合をやりたいですね。すべての試合がみんなの記憶に残るような名試合をしたいです。それがチャンピオンの使命でもあるし、そういう試合を続けていけばRIZINのベルトの価値が上がると思うんですよ。簡単には挑戦できないベルトなんだなって。僕はチャンピオンとしてその役目を果たしていきたいです」