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お蔵入り厳禁【Special】月刊、水垣偉弥のこの一番:5月:オリヴェイラ✖ゲイジー「ノープラン」

【写真】世界のトップと殴り合い、組まれてきた水垣氏ならではゲイジー評とは (C)Zuffa/UFC

過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客3名が気になった試合をピックアップして語る当企画。

背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。3人の論客から、水垣偉弥氏が選んだ2022 年5月の一番。お蔵入り厳禁──5月7日に行われたUFC274で組まれた変則UFC世界ライト級選手権試合=シャーウス・オリヴェイラ×ジャスティン・ゲイジー戦について語らおう。


────水垣さんが選ぶ5月の1番は?

「シャーウス・オリヴェイラ×ジャスティン・ゲイジー戦ですね。あの計量オーバーなんですけど、セレモニアル計量と本計量に分けられるようになって、ガラッとルールが変わったんですよね。

それまでは夕方4時ぐらいの計量だったのが、朝の9時ぐらいになって。本計量の時のスケールって一度乗ると乗り直すことがでないんですよ。だからステージの裏にもう一つ、計量台があって。それは同じだからということで、そこでダメだと落としに行く。でも、ステージの上のヤツに1度乗ると、もう測り直しはできないんです」

──もう乗れないって凄い話ですね。

「こないだも確認したのですが、乗れないという規則は続いているようでした。ただ全ての大会に共通でもないようですね。そこはちょっと分からないのですが、オリヴェイラの場合は推測ですが、裏のスケールで大丈夫だったから、表の体重計に乗ったんだと思うんですよ。1/2オーバーなら落とせるはずですし。だから裏と表に、オリヴェイラに限っては誤差があったんじゃないかと。

基本、計量失敗はもう何の言い訳もできないモノですけど、このオリヴェイラの失敗だけは、微妙なルールが仇になってしまったんじゃないかと。いずれにしても、そんな計量失敗でタイトルまで没収されたのに、しっかりと勝てるメンタルを創ってこられる。凄まじいですね」

──確かに、不信感も手伝って緊張の糸はプツンと切れてもおかしくないですよね。

「あのメンタルはなかなか創れないです。その一方で、ゲイジーはどういうプランで戦っていたのか、分からない。ダウンを取ってから、パウンドに行かなかったのは分かります。それだけオリヴェイラは下が強いですから。ただし、あの後からゲイジーのパンチがどんどん大振りになっていきました。

最終的には空振りして、自分で転んでしまうほどに強振して。パウンドの追撃をしないのに、KOを狙っている。どういう風に試合の組み立てを考えていたのか分からないです。ホントにどうするつもりだったのかなって。

パンチを重ねて、それでオリヴェイラが力尽きればKOでも良いです。KOできなくても判定勝ちすれば良いですし。なら、あの大振りは何なのかと。パウンドを少しも落とさずに、スタンドに戻ってワンパンKOを狙うなら、倒してから少しは殴った方が良いだろうと思うんです」

──本当にワンパンKOを狙っていたのかしれないですね。自分は立ったままでレフェリーが試合を止めるというような。

「それだけの技術があると思っていたのか……それはさすがに無理だろうって。せっかくダウンを奪って試合を有利に進めることができたのに、なんだかノープランで落としてしまったなと。過信というのでもなく、勝利のために細かいところまで詰められていないのかもしれないですね。

力の差が圧倒的にあれば何とかなりますけど、ここまでレベルが高くなっているところで、あんな風に戦うのは勿体ないですよね」

──ゲイジーのスタイルで、UFCで世界挑戦まで行けるのも稀有な存在ではあるのですが……。あそこまで粗くて今のポジションまで行けるとは、WSOFからUFCと契約した時には思えなかったです。

「UFCが打撃をガンガンと押すようになった時代背景と重なったことはあったと思いますが、それでもエディ・アルバレスとダスティン・ポイエーに負けた時は、『そうだろうな』とは思いました」

──ハイ。

「オリヴェイラはガンガン行くとはいっても、やはり抑えるべきところは抑えています。技術があって、自分の戦い方があるので……打ち合い上等とは違います。自分の勝ち方をちゃんと持っている選手相手には、ボロが出てしまうかと。でも、マイケル・チャンドラーやトニー・ファーガソンに勝っていますしね」

──乱打戦になるのは寝技は付き合わず、テイクダウンも許さない力があるからなのか……。

「ゲイジーに関してはレスリング能力が高いから、ああなるのだと思います。攻撃には使わないですけど、ゲイジーからテイクダウンを奪うのは大変でしょうし。ただし、受けの強いレスラーに多い、ジャブ&テイクダウン防御型にならずにガンガンと戦う。テイクダウンを取らせない選手は、やはりそこが第一にあって、あんな風に攻めることはないですよね。ゲイジーは違って打ちに行く。あれもテイクダウンを取られない自信があるからこその戦い方だと思います。

ただし、ゲイジーがレスリング力を攻めで生かしてきた方が相手は嫌だと思います。ゲイジーの打ち合いって、ファンとかは喜ぶからもしれないですけど、本当にしんどいのは組んで勝つこと。それができるのにしないのは、しんどいことを避けているからという風にも見えます。

あのしんどさを選手は知っていますからね。打ち合っている方がハードな試合をしているように見えますけど、やる方のメンタルとしては、打撃をビビるタイプでなければ殴り合いよりもテイクダウンに行くほうがしんどいですから。

だからこそ、組まずに勝てるから、ゲイジーも粗くても打撃で戦っているんだと思います」

──さすが殴り合いが怖くないタイプだった水垣さんらしい、MMAの見方ですね。

「打ち合うのって……こういうとアレなんですけど、楽なんです。それよりガス欠、疲れる怖さのほうがありました。僕は一番怖いのはバテることだったんです。そうなるとテイクダウン勝負って、練習から自分を徹底的に苦しめるわけで。それをやきるだけの体力をつけることが、まず相当な覚悟がいります。ヌルマゴはそれをやり続けたんです。だから、彼もスパッと引退したんだと思います。

試合はあんな風に強さばかり見せて勝っていても、その状態に持っていく練習は本当にハードの極みだったはずです。しんどいことを承知で、それだけハードな練習をして。

ゲイジーがスマートに戦うには、それこそそれ以前の準備段階で自分をいかに苛めることができるか。だから、あんな風に戦うのは勿体ないなぁと思います」

──対してオリヴェイラの強さというのは、水垣さんから見てどこでしょうか。

「下があれだけできる。だから、相手がトップですら寝技をしたくない。そうなると相手は組んでこないので、そこで削られることがないですよね。

打撃も下になっても良いという想いがあって、使っています。だから今後、オリヴェイラとの対戦が楽しみなのは、フェザー級王者のアレックス・ヴォルカノフスキーですね。ブライアン・オルテガにパウンドを落とせる彼なら、上を取って殴って行けるんじゃないかと。

あとダメもとなんですが、今だからこそヌルマゴとオリヴェイラが見たかったです」

<この項、続く>

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