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【Interview】UFC王者を育てた元K-1戦士 デューク・ルーファス

Duke Roufus

【写真】すっかり貫禄がついたが、目元など若き日の面影も残っているデューク・ルーファス(C)MMAPLANET

兄リック・ルーファスと共に米国を代表するキックボクサーだったジェフ・デューク・ルーファス。K-1参戦経験もあり、ISKAやWKA、WAKOなどキックの有力王座を8つも獲得した彼の一番弟子が、アンソニー・ペティスだ。

名キックボクサーが、如何にUFC世界ライト級王者を育てる環境を作ることができたのか。彼とルーファスポートの歴史は、米国のMMA発展の合わせ鏡でもある。

※ここで紹介したデューク・ルーファスが指導するルーファスポートや、ジェフ・カーラン率いるチーム・カーランMMAの模様が「Fight&Life 格闘紀行=米国中西部編」として掲載されているFight&Life Vol.39は現在、全国の書店で絶賛発売中です。

──兄リックとともに、米国で最も有名なキックボクサーのデューク・ルーファスが米国でも注目されるMMAチームを率いています。まさにMMA人気の裏返しとも取れる事象だと思っています。

「私がマーシャルアーツを始めたのは4歳の時だった。ここから4ブロック離れたところに両親の家がある。生粋のミルウォーキーっ子だよ(笑)。卒業したハイスクールも、ジムのすぐ隣だ。父がケンポーカラテとテコンドーの道場をやっていて、兄と一緒に練習に励んでいた。その後、キックボクシングがメインとなり、1993年に自分でジムを開き、現役を続けながら指導もするようになった。教え子たちは皆、私の子供のようなものなんだ」

──デュークが現役生活を送っていた頃、米国でのキックボクシング人気はどのような状況だったのでしょうか。

「察しの通り、米国全土での人気はそれほどじゃなかった。ただし、ミルウォーキーではキック人気は高かったよ。兄と私の試合には多くのファンが集まったもんだ」

──キックといっても色々なルールがあります。ここ見るウォーキーでは、どのようなルールが採用されていたのでしょうか。

「ベニー・ユキーデのスタイルだよ。ローキックが禁止されていた時代から、日本のキックボクシング・ルール、そしてムエタイに移行していった。私自身タイにも2年間、住んだことがあるんだ。ムエタイの伝統的な要素が大好きだったけど、人気が出たのはK-1の方だった。パンチの交換が多いからね。ムエタイの美しい崩しやヒザ蹴りは、米国では理解されなかった。ちょうどジムを開いた頃にUFCが始まり、1994年にアート・デイビーからケン・シャムロックと戦わないかという誘いを受けたよ(笑)」

──本当ですか!! 凄い話ですが、当時なら十分にあり得ますよね。でも、その対戦は実現しませんでした

「K-1との契約もあったし、当時は柔術にも興味はなかった。ダッチキックボクシングやムエタイの修得に夢中だったんだ。私はキックボクサーとして、米国ではトップの一人だったけど、K-1がやってきたオランダ勢の強さを知り、彼らに追いつきたかった。UFCファイターよりも、優秀なキックボクサーになりたかったんだ」

Duke vs Big Mo【写真】1996年11月23日、フランスはマルセイユのパレ・ドゥ・スポールで開催された「La Nuit des Champions」でモーリス・スミスと2分×12R制のキックボクシング世界ヘビー級王座決定戦に出場したときのデューク。ローやハイキック、パンチで計4度のダウンを喫したデュークだが、その度に立ち上がり南仏の観客を沸かせた。最後は10カウント前に立ち上がったが、レフェリーが試合をストップし8R、KO負けとなった。

──UFCではホイスの時代に、MMAのノウハウを知らない打撃ファイターが敗れ続けましたが、ジム経営に悪影響はなかったですか。

「小さなジムだったから、幸いあの時点では影響はなかったよ。ここにやってきたのは2012年のことで、それ以前は小さくて、冴えないジムを経営していたに過ぎない(笑)。UFCの影響は良くも悪くも大してなかった。大きく変わったのは2005年だ。もちろん、2004年以前もMMAは存在したけど、自分にとって昔のUFCは興味のあるスポーツとは言えなかったよ。

友人のミルコ・クロコップやマーク・ハントがPRIDEに戦うようになり、MMAを見るようになった。MMAはどんどんシュートボックスのスタイルになっていき、キックボクサーやムエタイ・ファイターも戦うようになっていった。私のジムでも、若い練習生がオクタゴンで戦うことを夢見るようになったことは、すぐに分かったよ」

――だからといって、MMAのクラスを設けても指導者など、簡単ではない問題もあったのではないでしょうか。

「当時は完全なキックボクシングのジムだったけど、ステファン・ボナーをジムに招いたことが大きな分岐点となった。私は小さな頃にレスリングや柔道を少し習っていたけど、初めて真剣にテイクダウンをいかに切って戦うかを考えるようになったんだ。キックボクサーがMMAの試合に出るなら、どれぐらいの距離を取って戦うべきなのか知りたくなった。

同時にブラジリアン柔術の練習も始め、青帯だけどUFCファン・エキスポやアーノルド・グレイシー・チャレンジで優勝もしているんだ(笑)」

――自らグラップリングにチャレンジしたのですね。

「今も自分で楽しみたいから柔術をやっている。ファイターとして、練習しているわけじゃない。でも、ジムには素晴らしいコーチがいるよ。カーウソン・グレイシーの黒帯ダニエル・ヴァンダレイ、ダニオンとディエゴのモラエス兄弟が柔術のコーチだ。そして、レスリングコーチはベン・アスクレンだ。このコーチ陣の存在が、ルーファスポートの成功の要因といえるだろうね。

GLORYが米国でやってきて、私はコメンテイターを務めることが決まっている。SpikeのGLORY中継はキックの人気アップに貢献するだろうけど、UFC人気は別格だ」

<この項、続く>

<Bio>
Jeff Duke Roufus
1970年2月19日、米国ウィスコンシン州ミルウォーキー出身。
ルーファスポート主宰
キックボクシング戦績45勝36敗8敗1分
兄は元K-1ファイターで米国を代表するキックボクサーのリック・ルーファス

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