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【2014-2015】金原正徳<02>「UFCには『もう一度、戦わせてくれて』……ありがとうと」

2015年、引き続き注目したいファイターの声。UFC出場を一度を諦め、DEEPのリングでも結果を残せなかった。ジムを開き、このままフェードアウトしていくのかと思っていた時に、ついにUFCからオファーが届いた。金原正徳インタビュー、Part.02をお届けしたい。

<金原インタビューPart.01はコチラから>

──私のなかでは正直、上田将勝選手がUFCで戦えなかった時点で強さ、結果だけでないという部分は見えてきていたのですが……。PXCでフランク・バカの代役としてウィルソン・ヘイスとの対戦案が浮かび上がった時に、あそこを飲まなかった。良い悪いでなく、結果的にあのままUFCに出られないでいるとすれば、あそこでイエスという返答をしていればとは幾度なく思ったことはあります。

「あれは本当に俺も悩みました。しかも、ウィルソン・ヘイスがあの直後にUFCで戦うことが決まって……。自分のなかではどうすれば出られるのか分からなかったし、やるべきことは連勝記録を伸ばすこと。あの時は4、5連勝している時だったので競った試合をして、その記録が途絶えてしまう可能性がある。試合を急きょ受けるべきなのかと悩みました。

20代前半だったら、絶対にやっていました。それかヘイスに勝てば、UFCに行けるという確約があれば……。あの時はもうイケイケでなく、守りに入っている頃で。UFCはヘイスに勝てばでなくて、連勝を伸ばす──そういう返答だったので。で、PXCのヘイス戦ではなくDEEPの佐伯さんに少しでも戦績の良い外国人選手と戦わせてほしいとお願いしていました」

──佐伯さん、HEATの志村館長にしても金原選手に外国人を用意してくれていました。

「呼ぶことができる範囲内で、本当に努力していただけました。本当に嬉しかったです」

──ところで金原選手は、何時ごろからUFCで戦いたいと思っていたのですか。

「戦極でマルロン・サンドロに負け、ジャクソンズMMAで練習するようになった頃からですね」

──金原選手はDREAMと戦極の対抗戦で山本KID徳郁選手に勝っても、その後に何ら恩恵のあるマッチメイクがなかった。格闘技界の歪な構造の被害者だと感じていました。

「ハハハハ、まぁしょうがないですね。KIDさんに勝った人っていう括りで、金原正徳でなくKIDさん有りきのファイターにしかなれなかったですからね」

──なるほど、そういう辛酸を舐めながら繰り返しになりますが、一度はUFCを諦めた。そして北田戦で反則負けになった。あの時点で現役生活を続けるつもりはありましたか。

「もう、ジムのオープンも1カ月後とかに控えていたし、UFCは完全に諦めていました。でも、佐伯さんと話すと、あれが反則負けでなければ、あの時点までの裁定となり、キャッチを取られていたから判定負けになった。それなら反則負けの方がまだ良いって感じで。佐伯さんもGOZOもあそこでもUFCを諦めていなかったんです。先のことを考えたら、判定負けよりも反則負けの方が響きが良いから、受け入れろって言ってくれたんです。佐伯さんは本当に色々とUFCで戦えるように、試合を組んでくれてバックアップをしてくれましたし感謝しています」

──本人が諦めていたなかで、正式にオファーが来ました。本当に人生って分からないですね。

「7月の終わりぐらいですかね。朝、起きて携帯を見たら滅茶苦茶の数のメールが入っているんですよ。『おはよ』、『おはよ』、『おはよ、まだ起きてへん?』、『まだ、起きてない?』って(笑)。何かと思って電話を掛けたら、Kさんが興奮して話していて、何を言っているか分からないんです(爆)。ずっと興奮して。そしたら、『決まった。決まった』って。でも、『決まりそう』っていう話は何度かあったから、またソッチ系かと思って。そうしたら、相手はユライアだって」

──ジムを開き、新しい生活が始まった直後でした。奥様はどのような反応でしたか。

「凄く喜んでくれました。全く格闘技は分かっていないんですけど、どれだけUFCに出たいかを知っていたので」

──ケガだらけでも、即答したという感じですか。

「ケガだろうが、何だろうが。前の試合は反則負けで、日本には他にもバンタム級にUFCに出るべき強い選手、チャンピオンがいます。申し訳ないですけど──、そういう人達に申し訳ないっていう気持ちも一切なかったです。取り敢えず契約が成ればそれでいい。万全の体調でなくても、それで良いって(笑)」

──Kさんは自分が関係している選手の階級の試合が組まれると、けが人が出れば──と常にズッファに連絡をとっていたようですね。特に日本大会はかなり前からそういうことを繰り返していたとか。失礼な言い方をすると、ズッファ的にはバンタム級、金原選手でなくても良かったかもしれない。でも、もうKから連絡がない方が良いって金原選手に声が掛かったかも──と思ったほどです。

「ホント、Kさんは欠場の噂があるだけで、僕をズッファにプッシュしてくれていて……。全然、決まってもいないのに〇〇とやることになるかもしれないから、準備しておいてって連絡が来て(笑)。『チャドの相手がケガしたから、チャド・メンデスと戦えるか』って連絡が来て。そりゃ、やれと言われればやりますよ(笑)。でも、さすがに来ないでしょうって(爆)」

──ユライアの対戦相手としてUFCと契約。いってみれば、噛ませ犬も良いところでした。それがカサレスになった時に『これは運が向いてきた』と思いました(笑)。

「アルファメールにも練習に行かせてもらったし、スパーもやらせてもらって──練習にはなったけど、試合では勝てないと腹のなかでは思っていました。正直なところ。でも、試合だから何が起こるか分からない。これまでやるべきことはやってきたので、挑戦したいという気持ちでした。怖かったです。でも、カサレスに変わった時に『持ってるな』と(笑)」

──ここまで振られ続けてきたのに(笑)。

「一気に来たと(笑)」

──それでも本来はカン・ギョンホにも勝っている選手です。しかも金原選手は試合前から負傷もしていた。作戦的にはとにかく勝利に徹していたのでしょうか。

「勝ちを目指すのは当然ですが、ジムを開いて全く動いていなかったので体重も70キロ後半ぐらいあって。とにかく減量しないといけない。ジムの会員さんにも我がまま言わせてもらって、『格闘技に集中できる環境にいたい』ってシカゴに行かせてもらったんです」

──イジー・マルチネスのレスリングキャンプに、ですね。

「ハイ。レスリングベースの練習をして格闘技のことだけを考えていました」

──勝利のあと、『UFC、ありがとう』というセリフには思わず涙がこぼれそうになってしまいました。あんなに苦しめられたUFCなのに……。

「ジムの指導をしていると、俺ってこのままフェードアウトしてしまうのかなってホントに思ったんです。ジムを始めて、引退していった人達の気持ちが少し分かりました。指導をして、自分は弱くならない程度、力、健康を維持するためぐらいに体を動かす。そうやって徐々にフェードアウトして、勝てなくなったら引退していく──と思っていたんです。

やっぱり寂しいという気持ちがありました。そうしたらUFCが決まって、辛い練習をして、辛い減量をして戦う。でも、それが楽しいんです。自分がそうやっていられる環境を作ってくれたのはUFC。だから、ありがとうと言わせてもらいました。『もう一度、戦わせてくれて』……ありがとうと」

──ひかりTVの中継陣は日沖発選手が『努力をしてきた人が報われるのは素晴らしいことです』と涙ぐみ、市川アナウンサーも戦極時代から金原選手の試合を実況していたこともあり、涙を流している。そんな彼らと退場しながら握手を交わしていました。

「オクタゴンから出ると、たまたま中継席に日沖君がいるのが見えて。やっぱり、嬉しかったですよ。昔は本当に嫌いな選手、敵だった。小見川さんも日沖君のことも憎んでいた。でも、今は小見川さんのことも日沖君のことも、心の底から応援できる戦友になったんです。そういう仲間が応援してくれるのは本当に嬉しいですし。日沖君が勝ったら、俺も本当に嬉しい。やっぱり特別な感情があります」

<この項、続く>

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