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【Black Combat16】レジェンド超えの20歳、ジ・ヒョクミン—01—「好きな女の子の近くにいたくて」

【写真】2005年7月生まれの20歳半のジ・ヒョクミン。Black CombatでのリングネームはRED HAWK(韓国のマンガで、1600年代の中国を舞台とした武術に長けた侠客ヒーローを扱った「挟撃 赤い鷹」の主人公プルグンメから取った)。(C)MMAPLANET

1月31日(土・現地時間)、韓国はインチョンのインスパイア・アリーナで開催されたBlack Combat16「EXODUS」のオープニングファイトで大ベテラン=ナム・ウィチョルを圧倒し、2Rでパウンドアウトしたジ・ヒョクミン。
Text by Manabu Takashima

昨年5月のRIZIN韓国大会でキャリア5勝1敗、19歳のジ・ヒョクミンが対戦すると発表された時は完全にミスマッチと思われた。しかし、冬のソナタのロケ地で日本でも有名なチュンチョン出身のティーンエイジャーは武田のケージレスリングを凌ぎヒザからのパンチでKO勝ちを収めた。当時、武田は首のヘルニアで腕の握力が相当に落ちていたが、それでもジ・ミンヒョクが日本のファンに与えたインパクトは大きかった。そんな衝撃的な勝利から8カ月を経て、ケージに戻りレジェンド超えを果たした――20歳のジ・ヒョクミンを初インタビュー。

格闘的歴、秋元強真戦への想い、練習方法、これから、そして兵役などを尋ねた。前編となる今回は格闘技を始めるきっかけとなった「淡い想い」等、アオハルど真ん中のジ・ヒョクミンをお届けしたい。


小学校の6年生の時に好きだった女の子がボクシングジムに通っていました

――ナム・ウィチョル戦の勝利から2日、改めてどのような気持ちですか。

「想像以上に短い時間で勝てたので、まだ勝利の実感はない状態です。作戦的には初回はしっかりとナム・ウィチョル選手の攻撃を見ることでした。でも、すぐにどういう攻撃をしてくるのか全てが見えてしまって。そこで攻め急がないように我慢するのが大変でした。必死で初回は自分の攻めたいという気持ちを抑えて、2Rに開放したんです」

――ナム・ウィチョル選手は10年以上前にUFCで戦っていたレジェンドです。44歳になった彼と戦うことにどのような気持ちでいましたか。

「ナム・ウィチョル選手が偉大なファイターで、韓国の頂点に立っていたことは当然知っています。UFCで戦い、国内でもベルトを巻いており、とても尊敬していました。でも、自分が1歳の時にMMAデビューをしている選手です。どれだけ強くても、それは過去の話で。今はその強さはない。それに僕は去年、武田光司選手にKO勝ちしています。だから、試合前から倒す自信がありました」

――その武田選手に勝って一気に認知度も上がったにも関わらず、7カ月以上試合に出ていなかったのは何か理由があったのでしょうか。

「ハイ。僕はいつも試合に向けて、3週間かけて体重を落とします。でも武田選手との試合では1週間で10キロを落とさないといけなくて、相当に厳しかったです。知っているかもしれないですが、自分の足で計量会場に向かうこともできずに車イスで移動をしました。計量が終わってからも、そのまま車イスで病院に行かないといけなかったです。試合後も1週間ほど、減量のダメージが抜けない状態が続いていたんです。

実は武田選手に勝ったことで夏にはRIZINからオファーももらいました。あとK-1MAXの70キロトーナメントに出ないかという誘いも受けました。でも、これからのキャリアを考えて休息が必要だと判断して断らせてもらったんです。

3週間あれば体重を落とすことはできるのですが、武田戦の減量で受けたダメージから回復することが大切だと思って。だからBlack Combatでナム・ウィチョル選手と戦うことを決めました。ただ去年の12月に右足の親指の手術をして、まだ治り切っていなくてコンディションは万全ではなかったです。でも、ここでオファーを断ると試合から離れる時間が長くなり過ぎるので試合を埋けました」

――あのパフォーマンスで万全ではなかったのですね……。ところで日本では多くのRIZINファンが武田戦の勝利を忘れておらず、ジ・ヒョクミン選手の今回の勝利は話題になっています。そんなジ・ヒョクミン選手ですが、もともとはいつ頃、どのような理由で格闘技を始めたのでしょうか。

「格闘技を始めた理由は、ちょっと変わっていて面白いと思ってもらえるはずです(笑)」

――おお、期待させてもらいます。

「小学校の6年生の時に好きだった女の子がボクシングジムに通っていて、その子の近くにいたくて僕も練習を始めました」

――なんと!!

「そんな理由で始めた格闘技ですが、中一と中二の時にキックボクシングの全国大会で優勝をしたことで『格闘技こそ、僕が進むべき道。プロになろうと』と思うようになって、チームMADチョンチュンに入門したんです」

――キックでなくMMAを始めるためにチームMADへ?

「現実的な話ですが、将来的にキックボクサーだと食っていけないと考えました。その頃コナー・マクレガーの試合を初めて視て、格好良くてしょうがなかったです。マクレガーのように打撃もデキて、グラウンドもデキるファイターになりたいと思ったので。それと薄いMMAグローブでも殴り合いができる。そんな漢になりたいと思いました。

でも実際にMMAファイターになって何が幸せかというと、僕が勝てば回りの人たちが凄く喜んでくれる。何にも代えがたいほど嬉しいです」

――20歳、6勝1敗。6つのKO勝ち。17歳でプロデビューをし、敗北こそ1度経験しましたが思い切り疾走感があります。

「挫折はありました。チームMADに入門した時に、パン・ソンヒョク(現Black Combatフェザー級王者)選手とスパーをして鼻が折れたり、失神させられて……。それからずっとパン・ソンヒョク先輩とのスパーリングが怖くてしょうがなかったです。正直、トラウマ状態だったといってもおかしくないです。そんな時パン・ソンヒョク先輩が兵役に行くことになって、この間にトラウマを克服しないと強くなれないと心を決めました。それからは死ぬ気で、MMAに向き合ってきたつもりです。

2年後パン・ソンヒョク先輩がジムに戻ってきて、またスパーリングをすることになりました。そうしたら僕が圧倒できて……。『努力をすれば、登れない山はない』と思えるようになりました。『MMAのトップ、UFCのチャンピオンを目指そう』と」

『君のおかげで、格闘技を始められたんだ』ってメッセージを送って――

――ちなみにボクシングジムに通うきっかけになった女の子と、その後は?

「彼女は6年生の時に転校してしまったんです。それから連絡が取れなくなったのですが、彼女がいなければ、今の僕はないです。だから本当に感謝しています」

――Black Combatで名前が売れて、彼女がジ・ヒョクミン選手に気づいてくれると良いですね。

「あのう……実は3カ月ほど前にSNSのフォロワーを眺めていたら、彼女の名前を見つけてしまったんです」

――おおっ!!

「『君のおかげで、格闘技を始められたんだ』ってメッセージを送って。そうしたら、向うもビックリしていて。それで……この試合が終わってから会う約束をしています」

――いやぁ、青春真っ盛りですね。おじさんに、その後どうなったかをぜひ教えてくださいね(笑)。

「分かりました(笑)。でも今は恋愛感情でなく、当時のことを一緒に振り返ることができる幼馴染ですね。だから期待してらもっているようなことはないと思います(笑)」

――押忍(笑)。では再びMMAの話を。打撃がベースだとは思うのですが、武田選手との試合では組まれても切ることを続け、KO勝ちに結び付けることができたと思います。現状、レスリングやグラップリングについてはどれほど自信を持っていますか。

「武田選手との試合前は防御とエスケープに特化して、対策練習をしていました。テイクダウンが強い選手を3人揃えてもらい、僕はケージを背負ってワキを差されているところからスパーを始める。そこからエスケープができると、次の選手と同じ状態でリスタート。そんな限定スパーリングを30回も回すのですが、5、6回もエスケープするとスタミナを失い始めます。でも、スパーは30回エスケープするまで終わらない。あの時の練習は思い出したくないほど、本当に苦しかったです。

武田選手が相手だと、そこから先のサブミッションなどはそれほど心配はしていなかったです。ただ普段から柔術のスパーリングでもバックを取られた状態から始める限定スパーを繰り返しています。そのおかげで、グラップリングの理解力が上がり、エスケープ力は相当についたと思います。今ではチーム内の練習でエスケープできないことは稀になってきたので、サブミッション防御には自信があります」

<この項、続く>

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