特別座談会前編 “無知の強豪を追え”
格闘技専門誌の老舗「ゴング格闘技」と、スポーツ総合サイトlivedoorスポーツによる海外総合格闘技(以下、MMA)配信サービス「MMAPLANET」の提携が始まった。雑誌とネットがそれぞれに有する特性や強みを掛け合わせ、弱みを相互に補完する。全ては、良質な海外MMAの情報を、その魅力を、その真実の姿をファンに届けるため。新たなファンを開拓し、マーケットの底上げをするためだ。
では、雑誌とネットに出来ること、役割とは一体何か?その必然性から可能性を、海外MMAを報道するメディアの現状や課題と共に考える。本提携に携わるゴング格闘技編集長・松山郷、MMA PLANETメインライター・高島学、MMAPLANETプロデューサー・川頭広卓による座談会が幕を開けた。
松山「今回、livedoorスポーツで展開しているMMAPLANETと一緒にやっていこうと考えるようになったのは、昨今、世界中で行われている大会をフォローしきれていないという現実があり、もちろん、月刊誌には月刊誌の伝え方というのがあるんですが、日々大会が行われている中、注目の大会や選手に目を配りたい。そこで、お互いにできることをもっと膨らませることができないかと思ったのがきっかけでしたね」
川頭「当初、海外MMAのコンテンツを作りたいと考えていた時って、実はそこまで考えていなかったんです。単純に海外に凄いものがあって、日本で観るチャンスがなく、知る機会も少ないので、もう少ししたら、皆、一斉に海外のMMAの勉強をし始めるだろうなと思ったからなんですね」
松山「なるほど」
川頭「我々はポータルサイトですので、あくまでも玄関口なんですね。だから、深くやろうというよりは、まずは、UFCなりを、ユーザに知ってもらえるようなコンテンツを用意したいと思って、UFCの会場でご一緒させて頂いた高島学さんに相談させて頂いたのが始まりでした」
松山「でも、他のサイトではあくまでページビューという数字を重視する訳ですよね。スポナビが何故、海外や女子格闘技などを積極的にやってこなかったかといったら、それは数字が取れないからなんですよね。そういう中で、MMA PLANETが始めたことは凄いなと思いました」
川頭「それは、我々にとっても課題ですね(苦笑)。でも、お陰様で、MMAPLANETのページビューは顕著に伸びています。うちは人数も少ないので、スポーツの記事もある程度はアウトソースしなければなりませんが、最初から全ての大会を取材できる訳ではないという前提でもやっていました。広く網羅できないところが、他サービスとの差別化を生む場合もある訳で、そういう意味では、スポーツサイトの中で手付かずになっていた海外MMAは、やる価値があると思っていました」
松山「アウトソースできる人がいたっていうのも凄いですよね。UFCを含めて、アメリカが大変なことになってるぞという感触はありましたか?」
川頭「ありましたね。当時は、PRIDEの六本木会見をやっておきながらも、WOWOWのUFC放送が終わったり、何かと先行きが不透明でしたので、こうした状況が背中を押す要因にもなりましたが、一番大きいのは、やっぱり現地でそれを観たことでしょうか」
松山「それは高島さんと一緒に行かれた大会ですか?」
川頭「実は、最初は弘中邦佳選手のセコンドで行ったんですよ」
松山「えっ、そうなんですか? その大会では、他にどんなカードがありました?」
川頭「アンデウソン・シウバ vs リッチ・フランクリンに、ショーン・シャーク vs ケニー・フロリアン……」
高島「あと、岡見選手が出ていて、彼の入場曲が弘中選手の入場曲と間違ってかかちゃったんですよ(笑)。でも、あの時は、僕らは全然しゃべらなかったんですよね。なので、本当に色々と話すようになったのは、その後のUFN(UFC Fight Night)の時ですよね」
川頭「そうですね。その翌年でしたね」
高島「なんでか、ホテルの一室で、お互い向かい合ってパソコンを開いて仕事を始めて・・・。僕はFigth&Life誌のIFLの原稿作っていたんですよね」
川頭「面白かったですね。ホテルの部屋の机にパソコン置いて、オフィスみたいにして、1Fで食事買って持ち込んで、朝まで仕事しましたよね。高島さんは“写真が届かない、届かない”って泣きが入っていた(笑)」
高島「川頭さんは(WWE)レッスルマニアから来ていて、僕は着いた翌日がUFNの試合で、その翌日にはテキサスに行かなきゃいけなかったんですよ。で、眠い眠いと言いながら、ビール飲みなながら仕事していて(笑)」
松山「その後のテキサスというのは?」
高島「UFCですね。岡見選手がマイク・スウィックとやって、GSPがマット・セラに負けた大会です」
松山「UFCを見て、“日本で伝わっているのと違う”という感じはありましたか?」
川頭「そうですね。UFCってどこかに固定観念があったような気がします。テイクダウンして固めて、動かないっていう。実際に、観たことない人には特に。で、それは自分にもどっかにあったと思いますし、生で見て、“全然違うじゃん”ってなりましたよね」
高島「そういう意見はよく聞くんですけど、自分の力不足を感じて落ち込んでしまっていました。専門誌は日本のPRIDEで商売したほうが簡単だし、実際PRIDEで商売できていたから。ただ、PRIDEで商売している間も、他にあるものを伝えようという専門誌は稀でした。だから、伝える立場の人がそういう風にしてしまっていたと僕は思います」
松山「現地で起きていることを読み解いて伝える人間がいなかった」
高島「その意見こそ、耳が痛いです、俺、何やってきたんだろうって。本当はWOWOWに限らず、テレビでやってくれた方がいいんですけどね」
川頭「だからこそ、まずはネットでしっかりとした情報を掲載できないかと思った訳ですが、ちなみに、UFCで検索した時に、wikiとWOWOWのUFCページが一番上に出てくるじゃないですか。自分はネットの人間でしたので、このページがなくなった時に、まずどうやったらこれに成り代われるのかって考えましたね」
松山「今はどうですか?」
川頭「今も、UFCというワードで検索しても検索上位にはきませんが、UFC84とか、数字を含めると、googleでは一番上をキープできていますし、Y!でも上位にきますね。要因の一つには、大会前から見所をユーザに伝えているというのがあるからではないでしょうか?」
松山「あれは面白いですね。選手にどういうストーリーがあるのか見所が載って、大会の流れの中でも、まず計量があって試合速報があって試合後のコメントがある。それが全部載ってますもんね。そこにちゃんとリザルトだけじゃない“レビュー”もある。それが伝わっているのは面白いし、あのリアルタイム感はネットじゃなければ出せないですよね」
川頭「大会によっても内容は異なりますが、最近では、UFC84の大会前に連日に渡ってカウントダウンっていうのをやったんです。それが凄いアクセスが集まりました。3日連続やったんですど、一記事で一日あたり数万件のページビューがありました」
高島「僕はただの書き手だけど、あの大会はそれだけ皆に知ってほしいというのがありましたよね。“自分にとっては全部がメインイベントやんけ”って思ったし、トキーニョが出ても、今の雑誌のサイクルだとページが取れない。取れたとしても、小さくなる。ネットがいいと思うのは、出すべき選手にそれだけスペースが割ける。それで知って貰えるのはいいなって」
川頭「ネットには紙面の様な制限がありませんので、全ての選手を同じように掲載できる。例えば、さっきの話じゃないですけど、トキーニョって言っても、格闘技ファンも知らないかもしれない。でも、そこに“ブラジル最強”ってつければ、ひょっとしたら、一般のスポーツファンが食いついてきてくれるかもしれない。MMA PLANETは昨年末にフューリーFCでトキーニョは強いと書いているので、そこをまた見てもらうことができる。UFCに出るから凄いでなく、すでに強さを伝えてきた部分も見てもらえるんです。そういう意味では、過去に遡って色んなモノを見せつつ、固定観念ではなく根拠のあることを伝えて、ちゃんとした評価を仰ぐこともできますよね」
高島「ただ、書いていることを優しくはしたくないんですよね。よく僕が書くことはハードルが高いって言われるんですけど、そしたら一般紙に載っているF1の記事で、アクティブサスペンションやタイヤの内圧、トラクション・コントロールって言われても分かるのか? 分からないから書いて説明するわけですよね。分かんないけど、車が走っていたら、それだけで楽しいから、そこに必要なメカニカルな話なら、触れる必要があり記事になっている。それなのに格闘技になると、テクニックがNGになるのは、もうそろそろ変わっていく必要があると思うんです」
川頭「確かにそうですね」
高島「後は、格闘技ファンが分かってくれるのもいいけど、普通の人が引っ掛かってくれるタイトルをつけることは意識します。格闘技雑誌は、きっと格闘技好きな人しか見ない。だから、僕がMMA PLANETで心がけているのは、サッカー好きな人がちょっと間違って見てくれた時に、そのまま興味持ってくれないか? ラウンドガール目当ての人が、原稿読んでくれて、その中の少しでも興味持ってくれればって」
松山「本当に書き方次第というか、その記事がフックになって、興味を持って、そこから調べてもらえればいいですよね」
高島「もちろん、雑誌がネットよりも面白いところは、限りあるスペースで見せるという部分でもある。PCならいつでも見られるっていいますけど、僕の場合はいつどこでもPCを開くことはできない。だからこそ、本の中で残すっていうのも絶対に必要だと思っています。そのうえで、最近の情報化社会のなかでネットと雑誌の兼ね合いが必要になっていると思います。情報化社会のくだらない情報は流す必要はないけど、ちゃんとした情報を流せる。で、大・中・小の面白さ、アクセントをつけるのが雑誌であり続けてほしい」
松山「雑誌にはその面白さがありますよね。文字数、ページ数の制限がある醍醐味。少なくとも、アメリカで色んな試合が行われていて、そこに出ているトップファイターをなかったことにするなんてできないですよね。でも、取り上げる人がいなければ、簡単にそういう状況になりますよね。それはそうした方が楽だから」
高島「そうなんですよね。だから、日本でもUFCの注目度が落ちたのは、グレイシーが居なくなった後の伝え方ですよ。“グレイシーは良かった”っていうけど、グレイシーに“あの時、マーク・コールマンと戦って勝てたんですか?”っていうことは追求しなかった。グレイシー以外のファイターをしっかり取り扱っていなかったと感じていました」
松山「あと、高島さんに聞きたいんですけど、UFCだけじゃなくて、IFLやエリートXC、ショーXCなど他の大会も開催されていて、いい選手がいっぱい出てきている。それらの大会を現地で取材している日本人はほとんどいなかったし、伝わっていなかったですよね?」
高島「最初はMMA PLANETもUFCだけだったんですよね。でも、どうせやるなら他の大会もやらせてほしいってお願いしたんです。これは僕の性格なんですけど、僕はサッカーが好きで、テレビで観るなら、プレミアかリーガなんですけど、活字で追うとなるとギリシャリーグや、トルコリーグ、MLSなどの情報が欲しくなる。日本人プレイヤーにしても、いきなりプレミアやリーガでなくて、オランダやフランスで一呼吸置くことが常識になっているのだから、それなら日本人がまず行くところや、そのレベルにあるところを知りたいって思ってしまうんです」
川頭「それは、私も最初に言われて気付きました。自分たちが知らない、だから未知の強豪なんて言い方をしているけど、実際は自分たちが知らないだけで、知っておくべきファイターが世界中にいる。だから、そういう選手は未知ではなくて、無知の強豪なんだろうって」
高島「もうなくなっちゃうかもしれないけど、僕はIFLを見た時に、凄いいい試合するじゃんって思った。なぜUFCで日本人が勝てないのか、“ケージやから、肘やから”と思っていました。でも、それがIFLのリングで肘なしでも“勝たれへんやん”ってなった。UFCを伝えるには、UFC以外を伝えないといけない。日本でもPRIDEを伝えるには、DEEPや修斗やパンクラスを伝えてきたんじゃないかと」
松山「あとは、それをどうペイしていくのかというのがビジネスとして必要ですよね? 僕はユーロを見ていて、試合とともにやっぱりスポンサーも見ちゃうんですよ。で、キヤノンとかナショナルクライアントが入っている。これまでUFCに入っていたトーヨー・タイヤがDREAMの広告に入っているのを見ると、ああいう広告主をつけられたことはとても意味があることだし、格闘技にお金を払ってもいいという構造、イメージも含めて、そのためにすべきことっていうのは幾つもあるなぁと思いますね」
高島「まずは、ちゃんと伝えることだと思うんですよ。なぜ、サッカーにお金を支払ってくれるのか? それは、サッカーの試合が面白いからだと思うんですよね。その面白さの背景には、勝利を目指す姿勢が前提にある。クリスチアーノ・ロナウドの素晴らしい動きにしてもそう。シザースやマルセイユルーレットを使うのも、客を沸かせるためという前に、相手を抜くため、勝つためにやっている。イブラヒモビッチのテコンドーキックもゴールを入れるための動作。勝利に必要ないパフォーマンスは、非難の的になる、格闘技の見方は違うんだっていう人は多いと思うけど、自分が仕事を依頼されたなら、ここを譲るわけにはいかないから、川頭さんにもそこはお願いしました。川頭さんご自身もプレイヤーだし、もとより説明の必要もなかったのですが(笑)。選手の私生活もなにもない。ピッチ上をしっかり伝えて、初めてゴシップがある。僕たちは、リング上をしっかり伝えてない訳だから、ゴシップまで行かへん筈でしょって」
松山「それは大いにありますよね」
高島「格闘技という言葉が持つ意味合いは、雑誌やネットという媒体に関係なく、もとから広義な訳じゃないですか? またサッカーに例えると、俺は、セリエAは見ないけど、プレミアは見る。これって、UFCは見るけど、ストライクフォースは見ないというのと同じ次元の話だけど、格闘技という多岐に渡るジャンルのなかには、キックは見るけど、総合は見ないとか、総合は好きだけど空手は興味ないという意見になる。ゴング格闘技って、他のスポーツに例えると「ホイッスル球技」っていう意味になると思うんですね。サッカーもバレーボールもテニスも野球も伝えないといけない。そこに時間、金銭、マンパワーの壁、ユーザーの嗜好も深く関係してくる。けれどもMMA PLANETは、最初からMMAに特化しているので、多少は深く行っても良いのかも――という思いは当初よりありました。それをわざわざ、謳うことなく、サラッと始めようと」
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