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【Grachan37xGladiator008】奈良にジムをオープンしたグラジ・フェザー級王者MIKE─01─

MIKE【写真】グラジエイター・フェザー級王者MIKE (C)MMAPLANET

1日(木)に奈良県桜井市にM3A FITをオープンしたMIKE。地元・奈良県にジムを開くために19年の時を経て帰郷を果たした。

そんなMIKEは9月2日、大阪府堺市の堺市産業振興センターで開催されたGladiator × Dmolition 02で体重超過のチャンピオン=大道翔貴に変則ルールで挑戦し、グラジエイター・フェザー級王座を獲得した。

自ら「やってはいけない試合」と本人が振り返る挑戦を経て、自らの城にはそのベルトが飾られている。地元にジムを開いたMIKEのMMAファイター人生を振り返ってもらい、ジム経営者、そしてファイターとしての今後を尋ねた。


──奈良県桜井市にMMAのジムを開いたMIKE選手です。無事、ジム開きは終了しましたか。

「あっ、明日がオープンなんです(※取材は10月31日に行われた)。レセプションは無事終えて、多くの人に祝っていただけました。だから、ジムのオープンは明日からで……もう不安しかなくて(笑)」

──MIKE選手は、もともと奈良でMMAファイターを志したのですか。

「ハイ。高一の時に関西TVでやっていたSRSで修斗の佐藤ルミナ✖ヒカルド・リッキー・ボテーリョの試合が流れて、あの試合を見たからですね。僕らの頃はそういう人間は多かったと思います。で、高校にレスリング部があったので、レスリングを始めました。

その後はレスリングで大東文化大学に進学し、総合の練習はしていないけどコンバットレスリングとかアマの試合に出ていました。そうしているうちにRJWで当時、指導していた矢野倍達さんが奈良出身で、レスリングの先生から紹介してもらい練習に行くようになりました。

その流れでA-3ジムに所属し、ブルドッグ・ジムを挟んで、キャリアの中盤から終盤はAACCに所属していました。まだ、キャリアは終わってないですけど(笑)」

──東京のジムに所属している間にも大阪でRising Onに出場しています。

「東京に住んでいて、東京では後楽園ホールやディファ有明で普通に試合はできるのですが、大阪で試合をする機会がなく、やっぱり地元の関西で試合がしたかったです。関西で試合ができるなら、イベントは拘っていなかったのもありますし、修斗、パンクラス、DEEPがリングで試合をしている時からRising Onはケージを使っていたので、ケージで戦いたいというのもありました」

──自らのジムを開こうと思ったのは、いつ頃だったのですか。

「ジムをやろうと思ったのは5年ぐらい前からでした。東京でやるのか、奈良でやるのかで何年も迷っていました。東京は人も多いけど、ジムの数も多くて飽和状態だと思います。特にMMAだけだと、東京でも厳しいですよね」

──そして奈良に?

「ハイ。生まれ育ったのは天理市ですが、ジムは桜井市に作りました」

──私は神戸出身なのですが、関西は人口比率でいえば本当にMMAや柔術道場は少ないように思ってきました。だからこそ、奈良でジムをやるというのは思い切った決断だったと感じます。

「どれだけやる人間がいるのかというのは、やはり考えました。そして、そのジムが少ないという部分が大きな理由になりました。東京は人口も多いし、MMAだけでなく、柔術やキックのジムなんて腐るほどあります。でも、奈良はそういう格闘技に触れあえるジムや道場というのが、圧倒的に少ないんです。

それと奈良は車社会なので、車で30分の移動とかって普通なんですね。それなら東京よりも奈良の方がチャンスがあると思いました。少し離れていても、興味がある人は通ってくれるだろうと。SNSで連絡してくれる人もいますし、そういう感触はあります」

──奈良だと元プロシューターの枝折優士さんが天理で慧舟會奈良Team VAMOSを開いていたという記憶があります。

「ハイ。支部もありますし。ウチから車で20分くらいにもジムがあります。枝折さんのところは、キックや合気道とか空手をやっていますよね」

──やはり合気道なのですね。

「いや、逆に凄いと思います。あと奈良って柔術道場も少ないですしね。奈良でMMAの練習がしたい人って、大阪まで行くんですよ。それって寂しいじゃないですか。奈良にMMAのジムがないからであって。本格的なMMAのジムを奈良県に作れば、そういう人が来てくれると思うんです。

ビジネス的な側面もありますが、やはり自分が生まれ育った場所にMMAを根付かせたいですからね。首都圏、大阪とかってジムも多く、選手も多くてプロが集まってプロ練習ができる環境が整っています。でも地方にも良い選手がいます。岐阜の田丸(匠)君、福山の覇彌斗君、毛利道場の摩嶋(一整)君とか。なら、奈良にだっているはずです。

奈良のジムだってやれる。それは確信に近いモノがあったので、2年前に奈良でやろうと決めました。実際に動き始めたのは、今年の1月11日に奈良に戻ってからですけどね」

──今は一人暮らしですか。

「いえ、天理で両親と暮らしています」

──37歳にしてUターンしてきた息子さんのことをご両親はどのように迎えてくれましたか。

「ビックリしていましたね。『戻ってこうへんと思っていた』と言っていましたけど、なんだかんだと応援してくれて感謝しています」

──帰郷してから現役ファイターとしての練習は、どうされていたのですか。

「TK68という直心会の道場、パラエストラ大阪と東大阪、梅田にあるUBFというジムで練習させてもらっていました。あとは同じ奈良の橿原市にグランドスクエアという空手の道場で火曜日だけMMAのクラスがあるので、そこでNavE君とやったりしていましたね」

──NavE選手はグラジエイターのフライ級王者で、MIKE選手は9月にフェザー級王座を獲得しましたが、色々とあった挑戦になりました。

「はい。チャンピオンが計量会場に現れなくて。その時間には地元で体重計に乗って、病院に行き……そこから大阪に来た時には体重オーバーという状況でした。そうですね、確かにあの試合は今でもやるべきじゃなかったと思っています。

アレを認めてしまうとスポーツとして成り立たないので。僕もジムのオープンが決まっていなければ戦っていなかったです」

──ジムのオープン時にベルトがあるということは大きいですか。

「ベルトの効果は半端ないです。奈良県にプロの総合格闘技家がいないので、ベルトを見せると凄いってなりますよね。ホンマはやるべきではない試合ですが、そうやって考えるとやって良かった……いや、やっぱりそこまでは言えないですかね」

──やるべきでないと思う人が戦ったので、もうやってはいけないと周囲もなります。これが平気な人が戦うと、2度、3度と続けられることになったかもしれないです。

「あぁ、そうですよねぇ。そうなるとスポーツではないですからね」

──たった一度のルール破り、それがMIKE選手のジム開きに役立つ。

「ただ、もう2度とないです。アレはやっぱり戦ってはいけなかったので。やって良かったとは絶対に言えないです。でないと、MMAの普及なんてできないので。その姿勢は持ち続けたいですからね、ここから育つ選手のためにも。

ああいう試合を自分のところで育った選手にやらせるわけにはいかないです。格闘技なので、同じ条件で戦ってケガをすることは覚悟して戦っています。でも、アレだけ体重が違うのはあり得ない。計量会場にいないということも……」

<この項、続く

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