【Gladiator vs Demolition】上嶋佑紀とフライ級挑戦者決定戦を戦うNavE─01─「ずっと我流です(笑)」
【写真】本当に色々なMMAファイター人生が存在する──ことを改めて実感させられた (C) MMAPLANET
6月3日(日)に大阪市東成区の東成区民センターで開催されるGladiator x Demolition対抗戦で、上嶋佑紀とフライ級挑戦者決定戦で戦うNavE。
三重県西部の名張市在住の彼は、大学生時代の焼き鳥屋の店長の誘いでMMAを始め、今も生活拠点で練習環境が整っておらず、日替わりで練習場所を行き来してトレーニングを続けている。
「プロになるつもりもなかった。ただ、楽しいからやっていた」というMMAファイター人生を歩んできた彼にとって、MMAとは、そしてGladiatorとは?
──Gladiator x Demolition対抗戦で、上嶋佑紀選手とGladiatorフライ級挑戦者決定戦を戦うNavE選手です。今のコンディションは如何ですか。
「追い込みも明日で終わりですし、良い感じできています」
──NavE選手が所属するグランドスクエアは奈良県にあるジムですよね。
「ハイ、僕自身は三重県の名張市在住でジムは奈良県の橿原市にあります。名張は奈良県との境目で、自転車で奈良に行けるくらいなんですけど……電車の便も良くて、大阪の生活圏ではあると思います。
ただ名張市では周囲にはMMAのジムはないので、車で1時間ほど掛かる橿原神宮のグランドスクエアに所属しています」
──往復2時間もかけて、練習をするわけですか。
「毎日グランドスクエアに通うわけではなくて、スポーツジムでウェイトをしたり、柔道部の仲間で組み技の練習をしたり、隣の伊賀市でキックボクシングのメンバーを集めるとか決まったスケジュールではなくて毎日練習している感じです。パラエストラ東大阪に出稽古に行かせて頂いたりもしています」
──そこまで練習環境は整っていないのですね……。
「名張市は何もないです(笑)。MMAの練習をしているところは一つもないので」
──そもそも、そのような環境でMMAを戦おうと思ったきっかけは何だったのですか。
「名張って柔道が盛んで、僕自身も小学校から大学まで柔道をしていたんです」
──大学までということは、本格的にされていたのですね。
「ハイ。大阪学院大学の柔道部だったのですが、その時に焼き鳥屋さんでバイトしていて、そこの店長が格闘家で『やらへんか?』って出された感じで(笑)。店長とは練習をしたこともないのに、試合にいきなり出ました」
──MMAへの知識はあったのですか。
「試合をテレビで見るぐらいでした。青木真也選手や秋山成勲選手とか、柔道出身の選手の試合をTVで見る感じで、特に詳しく知っているということではなかったです」
──そのような状況で打撃有りの試合を経験したと。
「柔道はそこそこできたので、やれるかなって軽い気持ちで出てしまいました(苦笑)。その時に戦ったのが、今ALIVEに所属している松場貴志選手だったんです」
──あの……松場選手ですか……。
「松場選手も初めての試合やったと思います。で、松場選手のレスリングに倒されまくって……。そこからですね、火が点いたのは。大学の2回生の時だったんですけど、どんどん柔道からグラップリングに気持ちが傾いていきました。
柔道8、グラップリング2というバランスが、グラップリングの割合が強くなり、大学の4回の頃はもうグラップリングしかしていない感じでした(笑)」
──どこかのジムに通われていたのですか。
「いえ、鈴木道場長選手……当時はコブラ会に所属していたロシアン鈴木選手が大学の柔道場に来てくれて、グラップリングの指導をしてくれていたんです。レスリングや柔道をやっている人間が集まって。
格闘技を本格的にやろうと思ってアマ修斗にも2度ほど出て、ただ卒業と同時に就職したので名張に戻らないといけなくなりました。名張では格闘技をする場所がないので、普通に暮らしていたのですが、やっぱりやりたくて地元の武道場を借り、柔道部の仲間を集めてグラップリングの練習をするようになりました」
──仲間内で?
「そうです。そのとき柔道場の隣で空手のクラスがあって、それが正道会館の名張支部だったんです。先生と仲が良くなって、正道会館の奈良本部であるグランドスクエアを紹介してもらいました。
そうしたらMMAやるのに道場を使って良いよって言って頂き、所属するようになったんです。だからMMAに関しては指導を受けたことがなく、ずっと我流です(笑)」
──どこかに既存のジムで練習しようと思ったことは?
「思っても場所がないですからね(苦笑)」
──なるほど(笑)。プロの試合にはどのような経緯で出るようになったのですか。
「大阪にいた時にコブラ会さんの紹介で旧グラジエイターに出たりしていましたけど、プロもアマも分かっていなかったです。MMAをやったことがなかったので、負け続けても楽しんでやっていました。負けたら、そこを研究して次に生かす。今もそんな感じでやっています。
プロになろうとかそんなつもりもなくて、楽しくて趣味程度でやっていました。ただ、今は仕事を続けながらグランドスクエアで指導もさせてもらっていますし、エクササイズのインストラクターもやっているので、当時とは違う気持ちです」
<この項、続く>