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【2014‐2015】牛久絢太郎「6連勝? 意識していないです。2015年も勝っていければ……」

Ushiku【写真】何と1995年2月28日生まれの牛久。MMA界も確実に世代が新しくなりつつある(C)TAKUMI NAKAMURA

2014年が終わり、2015年が始まった。2014年を振り返り、2015年に臨む──MMAPLANET縁のファイター達の声を年末年始特集としてお送りしたい。

第3弾は今年のパンクラス・ネオブラッドトーナメントフェザー級で優勝を果たし、ランキング8位に名を連ねている牛久絢太郎。19歳ながら筋骨隆々の肉体を誇り、プロ戦績6戦6勝と無敗の快進撃を続ける2015年注目のファイターに話を訊いた。

――今日はMMAPLANEtで初めて、牛久選手のインタビューをさせていただきます。宜しくお願いします。

「はい。こういった取材を受けるのは初めてなのでちょっと緊張しています…」

――硬くならずリラックスしてください(笑)。今回は2014年に活躍した選手の一人として牛久選手を取り上げさせてもらうことになりました。牛久選手は19歳ながらプロ戦績が6戦6勝と無敗、パンクラスのネオブラッドトーナメントで優勝し、パンクラスがデカゴンに移行してからも3戦3勝という1年でした。改めて2014年は牛久選手にとってどんな1年でしたか。

「2014年はネオブラ優勝を掲げていたので、それを達成できたことはホッとしています。でも僕の目標はパンクラスでチャンピオンになることなので、そのためのステップになった1年だったと思います。1年を通じてトータル5試合やったのですが、一試合一試合成長できたと思っているので、すごくいい1年でした」

――2014年から本格的にケージ&ユニファイドルールでの試合がメインになりましたが、このルールでの試合はいかがでしょう。

「僕はリングよりも金網の方が戦いやすいですね。僕のスタイル的にも金網の方が攻撃手段の方が多いので、金網の試合が自分には合っていると思います」

――2014年の試合で最も印象に残っているのはどの試合ですか。

【写真】自らもっとも印象に残っているという原田戦(C)TAKUMI NAKAMURA

【写真】自らもっとも印象に残っているという原田戦(C)TAKUMI NAKAMURA

「やはり12月の原田(惟紘)戦ですね。原田選手はずっとパンクラスで活躍していた選手だったので、自分の実力が原田選手にどのくらい通用するか気になっていました。そういう相手に自分のやりたいことをある程度は実行できて、そして勝つこともできたので嬉しかったです」

――原田戦はテイクダウンを軸に試合を進めていくという試合展開でしたが、どこに手応えを感じましたか。

「組みの面でテイクダウンされずに自分がテイクダウンした部分は良かったと思います。ただ自分の打撃が…もっと打撃で相手を崩してテイクダウンとれたらいいなと思っていたので、もっと打撃をやりたかったなという反省点があります」

――その原田戦の勝利でデビュー以来の無敗記録は6となりました。牛久選手自身、無敗ということは意識していますか。

「(照れた表情で)自分としては特に意識していないです。2015年も勝っていけたらなぁ、みたいな」

――なるほど。でも周りからは無敗について言われることは多いですよね。

「言われます。でもそこは気にしないようにして。一つずつ勝とうと思って試合をしてきた結果として今の成績になっているだけだと思いますし、僕はこのレベルで勝つことには満足していません。やっぱりもっと上のレベルの選手と戦って勝つことが目標です」

――今回、牛久選手が初インタビューということで、牛久選手がどんな選手・人物なのかについても聞かせてください。もともと格闘技のバックボーンはあるのですか。

「小学1年生の時に柔道を始めて、高校2年生まで続けていました。自分の兄たちが柔道をやっていて、最初は道場に一緒に道場に連れて行かれたのがきっかけですね」

――小学1年生から高校2年生までとなれば柔道歴は約10年ですよね。柔道ではどんな成績を残したのですか。

「それが…あんまりです(苦笑)。総合には柔道ですごい成績を残している選手も多いですが、僕はとりあえず柔道を長くやっていただけで、高校に入ってからは部活で趣味感覚でやる程度でした。柔道推薦みたいな話もなく、普通に高校に入りました」

――なるほど。MMAには柔道時代から興味があったのでしょうか。

「はい。高校に入ってから何か柔道を活かして出来るスポーツはないかなと思って、総合格闘技を始めました。もともと総合を見るのが好きで、中学生の時にテレビでDREAMを見て、カッコいいなと思っていました。柔道時代も先生がいない時、こっそり跳関の練習とかやっていました(笑)」

――牛久選手の年齢であればPRIDEは見ていない世代なんですね。

「そうですね。PRIDEをテレビでやっていた頃はまだ小学生だったので、見ていなかったと思います」

――PRIDEを通らずにデビューする選手がいるというのは時代の流れを感じます。牛久選手がファンだった頃に好きだった選手はいますか。

「僕は高谷(裕之)選手が好きでした。試合のインパクトもあって、凄いなと思って見ていました」

<この項、続く>

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