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【Interview】MAX増沢、1990年代後半のグレイシー・アカデミー、グレイシー柔術を語る

SONY DSC【写真】競技柔術以前の護身、生涯柔術がMAX増沢の柔術道。ヨガを自ら指導できる柔術指導者はほとんど日本には存在しないだろう(C)ISAMU HORIUCHI

今年6月、10年間慣れ親しんだ菊川から錦糸町に拠を移したマックス柔術アカデミー& ヨガスタジオ主宰の増沢”Max”慶介。競技技術の発達が目覚ましい近年のブラジリアン柔術界にあって、本義としての護身術と生涯柔術を説くグレイシー・アカデミーの教えにこだわり続けている。

そんな増沢氏に、ホリオン校長のもとホイスが熱血指導をし、ヒーロン& ヘナーがまだ生意気盛りの子供で、齢80を超えたグランドマスター、エリオの姿を道場内で見られた90年代後半のグレイシー・アカデミーについて尋ねた。

あの時代に体感した数々の出来事が、現在の増沢の柔術指導の根幹となっている。

――まず増沢さんがグレイシー・アカデミーに入門した経緯を説明していただけますか。

「97、98年頃かな。私は当時、働いていた会社の駐在員としてロサンゼルスにいたんですけど、車で通勤する途中、必ず止まる信号があったんですね。オールドトーランスという、ちょっと治安の悪そうなところで。そこにグリーンの屋根に『GRACIE JIU-ITSU ACADEMY』と書かれている建物があったんですよ」

――ホリオン率いるグレイシー・アカデミーの旧所在地ですね。

「当時の私の中ではそれが、以前見た週刊プロレスに載っていた一枚の写真と重なって。安生洋ニがヒクソンのアカデミーに道場破りを敢行して、ボコボコにされた時のやつです。もともとプロレス・バカだったのでグレイシー・アカデミーを通るたびに『ここが安生のやられたところか…』と」

――でもホリオン閣下のグレイシー・アカデミーと、ヒクソンの道場って別では?

「勘違いしていたんです(笑)。で、そのうち仕事のストレスや運動不足、体重激増などがあって、このままではおかしくなってしまうと……。そこで荒療治としてグレイシー・アカデミーに行ってみようかと。ただし安生のような道場破りではなく、入れて下さいと」

――そりゃそうですよ!

「行けば、ちょっと殴られるくらいで許してくれるかなと。安生だって殺されたわけではなかったし。ラグビーをやっていたから、痛みにも少しは強いつもりだったんで。それで覚悟を決めて行ってみたら、受付の女の子はいい感じだし、体験レッスンを受けたらすごく面白くて、もう『絶対やりたい!』って」

──当時の体験の内容は?

「フィル・ミグリアリースっていう当時の上級の紫帯の人が教えてくれました。話し方もすごく上品で。彼は今ではヘウソン門下でバランス・スタジオという道場を経営しています(※ミグリアリースは現在黒帯五段。グラップリングマッチでヘナート・ババルに一本勝ちした実績もある)。内容はセルフディフェンスなんだけど、まずはスタンディングアップ・イン・ベースですね」

――いわゆる柔術立ちというやつですね。

「私はその言い方にはどうも違和感があるんですけどね(笑)。ともかく寝た状態になったら押されても倒れないような立ち方をするのが大事だ。さもなければ倒されて上から殴られるかも知れないよ、という教えでした」

――柔術=下から戦うというイメージがありますが、根本は『寝ても立ち上がれ』と。むしろ現代MMAに近い考え方ですね。

「もちろん、それだけで万事大丈夫というわけではない。いろんな状況が起こりうるから、立ちながらも周りに意識を払う。他に変な奴はいないかなど。危機へのアウェアネス(意識)を持てと。立ち上がっても相手がいなくなったわけではないから、確実に距離を取るんだと」

――ヘッドロックからの逃げ方等の個々の技術ではなく、護身に必要な根本的な発想を説明するんですね。

「そう。基本的にコンタクトなどしなくていいから、可能なら逃げるべきだと。そうやって立った後に、後ろから抱きつかれたらどうするか等、個々の状況における対処技術を指導してもらっていました。で、そのどれも体力を必要としないものだったんですよ。もう、これは想像していたのとは全然違うし、分かり易いなと」

――その当時の体験クラスを、マックスアカデミーの無料体験クラスでも再現しているのですよね。

【写真】今やミュージアムを併設するグレイシー・アカデミー、その一代前、隣に日本食レスリングがあった時代のアカデミーの前で(C)MAX MASUZAWA

【写真】今やミュージアムを併設するグレイシー・アカデミー、その一代前、隣に日本食レスリングがあった時代のアカデミーの前で(C)MAX MASUZAWA

「『これは僕がグレイシー・アカデミーで体験したものです』と説明してやっています。私の中では、まずセルフディフェンスというものが根底にあった上で、今の柔術の形があると思っています。柔術の技の効率性、力に頼らない正確さは、みんなセルフディフェンスに存在している。だからその根の部分をまず体験を通して伝えたい」

――当時の指導者は、ホリオン殿下、ホイス、カイケ(=カーロス・エンリケ・エリアス。リオでヒクソンらの元で修行し、グレイシー以外でエリオから黒帯を授与された数少ない柔術家の一人)らだったのですか。

「ホイスやカイケは上級者クラスと、(初心者上級者の)ミックスクラスを教えていました。ビギナーを教えていたのはフィル等の紫帯ですね。その中には、今ベンソン・ヘンダーソンのコーチをやっているジョン・クラウチもいましたよ」

――なんと! 今や全米屈指のMMAコーチとして知られるクラウチですが、当時の彼はどのような感じの人物だったのですか。

「見た目も優しくてナイスでしたよ。ただ一度マサト(=小椋正人:元プロMMAファイターのマサ・マルコメ)が、クラウチ相手にちょっといい動きをして思うようにパスさせなかったことがあったんですよ。そうしたらクラウチは不機嫌になって、持ち上げて叩き付けた(笑)」

――うーん。マルコメ選手には、ホリオン様を怒らせたという逸話もありますね。

「そうそう。絞め技の説明をしているホリオンの受け手をやっていたのに、マサトが抵抗して掛けさせなかったもんだから、ホリオンが目を見開いて怒って、別の絞め技でギュっと」

<この項、続く>

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