【Lemino Shooto08】メンタルの強さ、RED ZONE。ニコラ・リー・キンギ「殴って、勝って、NZに帰る」
【写真】インタビューは昨夜の9時に行われた。心身ともにタフ (C)MMAPLANET
本日24日(木)、東京都文京区の後楽園ホールで開催されるLemino Shooto08のメインでニュージーランドのストライカー=ニコラ・リー・キンギが、修斗世界バンタム級チャンピオン永井奏多と対戦する。
Text by Manabu Takashima
40戦近いキックボクシングの経験、ISKAニュージーランド南島タイトル、ISKAニュージーランド王座、キング・オブ・ザ・リングで3つのタイトル、さらにISKA南太平洋王座を獲得してきたキンギ。NZの名門シティ・キックボクシングで、カイ・カラフランスの手解きを受けてMMAキャリアをスタートさせた。
既に同門のカイル・マヨッキが恐るべき強さをTTFC、Lemino修斗で見せてきたが、果たしてキンギは世界王者にどのような戦いを挑むことができるか。
奇しくも来日当時のエピソードにより、彼の気持ちの強さは証明された。果たして、これだけのメンタルの持ち主の打撃MMAとは!!
『台風が来た』、『電車が止まった』。『なぜ、こんなことになったんだ』なんて考えもしょうがない
――本日、計量を終えて明日の試合を控えるばかりとなったニコラです。
「今、リカバリー中で凄く良い感じで戻っている。明日、ベスト尽くすよ」
――月曜日の来日、関東一帯が台風の影響で移動に大きな影響が出るなか、ニコラも大変な想いをしたと伺っています。まず、フライトには問題なかったのでしょうか。
「フライトはスケジュール通りだった。ただ、着陸の時だけちょっと揺れてね。僕の周りで3人ぐらい、気分が悪くなって吐いている人がいて……ちょっと、臭いがね(苦笑)」
――いや、3人ももどす人がいるなんて、相当な揺れだったかと。
「まぁタービュランス(乱気流)だったね。でも、空港に着いてからの方が大変だった。ハイウェイが通行止めで、一般道も冠水しているから、宿まで凄く時間が掛かる。なら電車で移動しようということになったら、鉄道まで止まってしまったんだ。
空港の近くでホテルも探してくれたけど、まぁ……あの状況じゃ空室なんてないよね(笑)。結局、車で移動することにしたけど確か7時ぐらいに空港に着いて、ホテルに到着したのは日付が変わる頃だったよ。4時間ぐらいのドライブは、本当に興味深いモノだったよ(笑)。もう雨はやんでいたけど、木が道路に倒れて右が塞がっているからUターンして、違う道を走った(笑)。そしたら、水が溜まっていて走れないから戻る。もう冒険みたいだったよ」
――計量の2日前、半日かけて日本に着いた。そうしたら、この事態。体もそうですし、メンタル的にもめちゃくちゃ厳しくなかったでしょうか。
「ハハハハハ。そればかりか、ロストバゲージで今日の朝まで僕の荷物はなかったんだよ(笑)。でも、計量時間にウェアが間に合って良かった。もう、帰国したら友人や家族に面白い話をたくさん聞かせることができる。全て経験だよ」
――メチャクチャ強いメンタルですね。この状態で計量にパスした。二コラはある意味、既に勝利を手にしたと思います。
「確かに計量とリカバリーが上手くいっているのは、凄いことだよ。でもね『台風が来た』、『電車が止まった』。『なぜ、こんなことになったんだ』なんて考えもしょうがない。そんなことを考えると、余計に気持ちも落ちる。だから、ポジティブでいようと努力したよ。
それにプロモーションから空港にピックアップに来てくれた人が、本当に僕のために一生懸命になってくれて。安全にホテルまで、送り届けてくれたしね。あの姿がなければ、僕も気持ちが落ちていたかもしれない。だから彼には感謝している」
――そんなアドベンチャーと計量をクリアした二コラですが、もともとキックを戦っていたのでしょうか。あのイスラエル・アデサニャやカーロス・アルバーグがチャンピオンだったキング・オブ・ザ・リングで、ベルトを巻いていたと聞いています。
「本当に小さかった頃に、家で父が兄と僕に打撃の手解きをするようになったんだ。そして、10歳の頃にクライストチャーチから豪州に引っ越して、父は僕と兄をジムで入門させた。それからはキックボクシング、ムエタイ、ラグビー三昧の日々を送ったよ。
そして17歳の時にクライストチャーチに戻り、本格的にファイティングキャリアを積むようになった。家族は豪州に住んだままで、僕1人帰国した。仕事をしながら、練習をして試合も戦った。まずビギナー・ボクシングの試合に出てから、ムエタイとキックのキャリアを積むようになった。
2021年、2022年かなオークランドのシティ・キックボクシングに移った。重点はキックボクシングに置きつつ、少しずつMMAの練習も増えるようになった」
――キック戦線は?
「あまり正確には覚えていないけど、30戦以上……40試合近く戦った。ムエタイよりキック、K-1ルールが多かったよ」
――MMAに転じたのは、なぜですか。
「キックボクシングとMMAの認知度は、まるで違うから。MMAのこと、MMAファイターのことは皆が知っている。ただシティ・キックボクシングで練習を始めた時、僕は柔術もレスリングも全く経験がなかった。そこでカイ・カラフランスがディフェンス面からMMAを教えてくれるようになったんだ。短期間で色々と吸収できた。レスリングと柔術、そして僕の打撃を混ぜてMMAでも戦えると思った。
ただキックボクシングとMMAの打撃は違う。とにかくカイカラと一緒にスパーリングをして、MMAを身につけてきた。彼にやられながら、MMAを学んだ。コーチたちもMMAとして間違っている僕の動きを正してくれた。そうやって、打撃を生かしたMMAゲームを戦えるようになった」
――MMAキャリアは3勝2敗で一つがサッカーボールキックでの反則負けです。
「順番は覚えていないけど負けて、勝って。で、次の試合で勝ったと思ったら、試合後に判定が覆されてNCになった。そして失格も経験した。パンチとキックのコンビネーションでローを蹴ったら、もうパンチで倒れていたんだ。で、ちょうどそこに頭があった。勝ったと思ったら、真逆の結果になってしまったよ(苦笑)。
あの相手とは再戦し、48秒で倒した。どちらが真の勝者か、誰もが理解できるだろう。まぁ、こんな風にちょっと色々あるキャリアを積んできたよ(笑)。今は寝技も怖くないから、打撃がより生きるようになったと思う。自信もあるし、一つ一つ勝利を重ねていきたい」
――ではこのMMA歴で、日本で試合を戦うことになった。対戦相手は団体の若きチャンピオンという点について、どのように考えていますか。
「実はちょっとプライベートで嫌なことがあった時に、日本から試合のオファーがあったというメッセージが届いた。『オー、イエース!!』って、その場で叫んでしまったよ(笑)。凄くクールで、嬉しかった。
チャンピオンと戦えるなんて、最高だ。僕の力を見せることができる。勝って、何試合が日本で戦い……この先に進みたい」
――同門のカイル・マヨッキはLemino修斗で既に戦っています。日本で戦うことに対して、何かアドバイスはありましたか。
「特にはないよ。僕も尋ねていない。でも、カイルはいつだって最高のトレーニング・パートナーだよ」
――では永井選手の印象を教えてください。
「打撃と組みが上手くミックスしている、強い相手だ。自分の真価を問うのに最高の相手だよ。僕はただのストライカーじゃない。寝技もできる。グランドも対応できるから、より打撃の選択肢、戦いの幅が広がった」
――ではチャンピオンと戦う上での二コラのアドバンテージは何でしょうか。
「気持ちだ。ハードな状況になるほど、何とかしようと思える。だから、厳しい状況になっても負けることはない。実際、今回の来日は過去最高にハードだった。でも計量を終え、明日に向かうことができる。
ケージの中は台風も大雨もない。対戦相手が前にいるだけだ。でも最終的には、対戦相手どうこうってことじゃない。どれだけ自分が、やるべきことをやって戦うことができるのか。殴って、勝って、NZに帰国に帰る」
■視聴方法(予定)
9月24日(木)
午後6時~ Lemino
■Lemino Shooto08 計量結果
井上理久(日本)






























