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【Lemino Shooto08】MMAのために北海道→沖縄へ。飯野雄斗「3週間ぐらい車で生活していました」

【写真】前日計量をパスした飯野。彼が語るエピソードには驚くとともに、それだけMMAに懸けている情熱が感じられる(C)LEMINO SHOOTO

24日(木)、東京都文京区の後楽園ホールで開催されるLemino Shooto08にて、飯野雄斗がトルコのエルデム・タハ・ディンチェルと対戦する。
Text by Shojiro Kameike

飯野は2025年4月のプロデビューから5連勝。修斗フェザー級新人王トーナメントを制し、今年6月には石原夜叉坊にTKO勝ちを収めるなど勢いに乗る飯野が、初の国際戦に臨む。飯野といえば何より驚かされるのは、MMAのために北海道から沖縄に移住し、Theパラエストラ沖縄(現THE BLACKBELT JAPAN沖縄)に入ったというエピソードだ。世界を目指すための、その選択と経緯について訊くと、なかなかの仰天エピソードが飛び出した。


まず着替えや荷物を全部積んだ車をフェリーで沖縄まで送ったんです。向こうに着くころに自分は飛行機で行き、現地で車を回収する

――本日はよろしくお願いいたします(※取材は9月16日に行われた)。夜叉坊戦は金髪で臨んでいましたが今は黒髪で、かなりイメージも違いますね。

(C)SHOJIRO KAMEIKE

「アハハハハ、そうですか。金髪にしてから髪が伸びたので、切ったら地の黒髪が出てきました。今回も試合前には金髪にしようと思っています」

――飯野選手といえば、何といってもMMAのために北海道から沖縄に移住したというエピソードです。まず、その経緯から教えてください。

「もともと『格闘技をやるなら地元を出よう』と決めていました。どのジムが良いのか考えていたなか、平良達郎を生で見たいと思って、沖縄へ出稽古で行きました。それが3年前、25歳の時です」

――25歳でMMAを始める前は?

「高校まで柔道をやっていて、高校卒業は警察官になりました。そこから7年ぐらい警察官として働いていたんですけど、24~25歳ぐらいの時にMMAをやりたいと思ったんです。もともと格闘技は好きで、テレビで視ていたりはしていたんですよ。それで『実際にやってみたら、どうなんだろう?』という、本当に興味レベルで始めました」

――飯野選手は北海道の余市町出身とのことですが、地元はどのような場所ですか。

「札幌の隣に小樽があり、その隣にあるのが余市町です。港町、という感じですね。ウイスキーが有名な場所で。そこから最初は札幌のPODに入りました。でも仕事の怪我で格闘技の練習ができない時期があり、怪我明けにパラエストラ札幌に入会したんです。その時点ではもう沖縄に行きたい気持ちがあって。だから沖縄へ行くために、パラエストラ札幌に入ったような感じですね。3カ月ぐらいパラエストラ札幌にいて、そのあと沖縄に行ったという流れです。最初は出稽古で」

――出稽古に行き、すぐ沖縄への移籍を決めたのでしょうか。

「はい。最初は東京のジムとか、他にも候補がありました。しかも自分が沖縄に行った時は、たまたま平良達郎がいなくて。確か米国で練習していた時期だったと思うんですけど……でも松根先生と出会い、練習させてもらい、沖縄に行こうと決めちゃいました。他のジムも行ってみようと思っていたけど、結局行ったのは沖縄だけで。ジムはもちろん、沖縄という場所に惚れちゃったところもありますね。

パラエストラ札幌に入ったのが2023年9月ぐらいで、沖縄へ行ったのがその年の10月か11月。翌年1月には沖縄に引っ越しました」

――パラエストラ札幌の俵谷実代表は、その速さに驚いていなかったですか。

「俵谷先生も僕の背中を押してくれました。『本気でMMAをやりたいなら、良い選択だと思うよ』と」

――なるほど、それは良かったです。それだけ飯野選手の中でも、プロとして世界を目指す気持ちが強かったのですね。

「もう仕事を辞めてMMAをやろうと決めていました。やるからには、行けるところまで行きたい。だからもうすぐに、家や仕事など何も決めずに沖縄に向かったんですよ」

――え、えぇっ……どうするつもりだったのですか。

「まず着替えや荷物を全部積んだ車をフェリーで沖縄まで送ったんです。それで1週間ぐらい掛かるんですかね。向こうに着くころに自分は飛行機で行き、現地で車を回収する、と。だから沖縄に行って最初の3週間ぐらいは車で生活していました。部屋を借りようとしても、無職の人間には貸せませんという感じで。『確かに! それはそうだ』と思いましたけど(笑)。

とりあえず最初は格闘技だけの生活をしようと、1カ月ぐらいは一切バイトもせず、毎日全部のクラスに参加していました。本当に車とジムの往復だけで、そのあと何とか部屋は契約して。警察時代の貯金が、1カ月ぐらいは暮らせるぐらいあって良かったです」

RTUに出たいという気持ちはあるけど、それで今28歳というのは、余裕のある年齢ではないと思っています

――凄いエピソードですね。北海道と沖縄の違いで驚いたことはありましたか。

「まず気候が全然違いますよね。沖縄は湿度が高すぎて、普通に生活しているだけで苦しく感じました。梅雨の時期は特に――湿度が高いところで練習するのはキツくて。それが地元に帰省すると、空気が軽いというか。でも沖縄に戻ると苦しい、という感じでしたね。

沖縄が良いと思ったのは、冬に雪が降らないことです。だから冬の沖縄は好きなんですよ。冬になると皆『寒いっ!!』とか言っていますけど、自分からすれば雪が降らない冬が快適すぎますから。

そういう生活にも、沖縄に引っ越して3カ月ぐらいで慣れてきました。ちょうどその頃、アマチュア修斗にも出始めて」

――引っ越して3カ月でアマチュア修斗に出場し、その年の全日本選手権で優勝してプロ昇格しています。

「最初は松根先生からもアマチュア修斗に関しては『基礎で3年ぐらいやっていこう』と言われていました。でもその年の10月、全日本選手権で優勝してプロ昇格できて。自分としては――もちろん基礎をしっかりしたいけど『その年の全日本でプロ昇格しないと、人生が終わり』っていうぐらいの気持ちでした。ここで全日本を獲れないと、何のために北海道から沖縄に来たのか分からない、というか」

――MMAを始めたのが25歳で、年齢的な焦りもありましたか。

「正直、ありましたね。何かを始めるのに遅いなんてことはない、とは思っています。でもやっぱりMMAをやるうえで年齢の壁はあるし、25歳という年齢は決して早くはない。それで全日本を獲ることができず、次のチャンスまでもう1年……と考えたら、これは自分の人生を左右すると考えていました」

――その後プロデビューして、ここまで5連勝。試合のペースも速いほうかと思います。やはりプロでも年齢的な焦りは残っているのでしょうか。

「焦ってはいないけど余裕もない、とは思います。年齢を気にするのは、やっぱりRoad to UFCの問題で。RTUに出たいという気持ちはあるけど、それで今28歳というのは、余裕のある年齢ではないと思っています。だから年齢の面でいえば、どんどんだから試合をして実績を積み、アピールしていかないといけないです」

――この期間を、どれだけの密度で過ごすことができるかは重要ですね。

「それは凄く意識して毎日を過ごしています。MMAにおいて経験値は凄く大事なものだと思うんですよ。でも自分だけ時間を早めて経験を得ることはできない。今は1日の中で時間を大切にして、どれだけ練習に集中できるか、ということを意識していますね。当たり前のことかもしれないですけど」

――今年1月にフェザー級新人王となりましたが、自分の中で合格点を出せる試合内容だったでしょうか。

「満足はできないけど、最低限のことはできていたかな、と思いますね。もちろん『もっとできたな』と感じるところは多々あります。でも、まず新人王を獲るというのは自分の中で決めていて。自分なりに良い形というか最低限、超えるべきところは超えてきたと思っています」

先月末から2週間ぐらい出稽古でタイのバンコクに行っていたんですよ

――その新人王トーナメント優勝の直後に、夜叉坊戦とは驚かなかったですか。

「アハハハ。いきなりハードルが上がりましたよね。ただ夜叉坊選手もそうですけど、あれぐらいキャリアのある相手は、いつかは超えなければいけない壁であって。先ほど言った年齢の面から考えても、ここでその相手を超えることができたら嬉しい。あと、そういう相手をぶつけてもらえるまで評価されているんだな、という嬉しさのほうが大きかったです。

実はあの時、なかなか相手が決まらなくて。松根先生から『この選手はどうか』『あの選手はどうか』と話をしている期間が長かったんです。夜叉坊選手に決まったのは大会1カ月前ぐらいでした。それまで一度も名前は出ていなかったけど、いきなり『夜叉坊選手はどうか』って話があり、『そこがあったか!』と」

――結果、その壁を超えることができました。宮口龍鳳選手は夜叉坊選手に勝利したあと、RTUに出ていて……。

「そこはメチャクチャ意識しました。自分はRTUに出たいと思っている。FCに出ていた夜叉坊選手に勝って宮口選手がRTUに出た。だから、これはUFCというものを意識させる戦いになる、と。そのために勝つのも大事だけど、勝ち方も重要で。良い形で勝つことができれば、RTUへもアピールできるというのは意識していましたね」

――やはりRTUで勝ち、さらにUFCで勝つためには、国内でそれだけの競り合いが必要になってくるはずです。

「間違いないです。別にRTUに出ることが目的ではなく、勝つことが目的なので。だからどんどん試合経験は積んでいきたいです」

――夜叉坊戦のあとはランキング戦か、国際戦を希望していたのでしょうか。

「そうですね。前からランカーとやりたかったし、国際戦も経験がなかったので。特に海外の選手特有の体の強さやリズムなどは、試合で体感したかったです」

――次の試合で対戦するディンチェルは、まだMMAは1試合しか経験していませんが、その試合映像⁺キック&ムエタイの試合を見ても、とにかく体が強いことはハッキリと分かります。

「ムエタイ戦士は皆、体が強いですよね。下半身もしっかりしているし、フィジカルはちゃんとしている、という印象はあります。MMAをやるうえで、やっぱり体の強さは必要ですね。

ディンチェルも計量をパスしてフェイスオフ(C)LEMINO SHOOTO

もちろん相手の打撃は警戒しています。蹴りとパンチは強いし、独特のムエタイのリズムがある。そこが噛み合わず、やりづらいところもあるだろうとは思っています。ただ、自分は先月末から2週間ぐらい出稽古でタイのバンコクに行っていたんですよ。今回の試合対策というわけではなく、もともとタイに行こうと思っていて。その時にムエタイ選手とスパーリングしたので、その経験は良かったです」

――バンコクですか。さすがにプーケットではなく。

「最初はバンタオMMAとか、プーケットに行こうかと考えていたんですよ(笑)。でもプーケットのジム所属の選手と対戦が決まっちゃいましたからね。バンコクではいくつかのジムで練習させてもらいましたけど、一つ拠点にしていたのはスーパーボン・ムエタイアカデミーで。ONEに出ている選手とスパーリングや打ち込みをやらせてもらいました」

――MMAをやるために平良選手がいるジムを選び、タイの出稽古もスーパーボンがいるジムを選んで……貪欲ですね。

「はい、自分は何のためにMMAをやっているのか――ずっと初心を忘れずに。来年のRTUを狙って今回勝ち、もう1試合やるとしても強い相手に勝ってRTUに出ることが理想です。そのためにも次の試合はMMAの強さ、そして修斗の強さを証明したいです」

■視聴方法(予定)
9月24日(木)
午後6時~ Lemino

■Lemino Shooto08 計量結果

<バンタム級/5分3R>
永井奏多:61.65キロ
ニコラ・リー・キンギ:61.1キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<フェザー級/5分3R>
河名マスト:66.15キロ
ティル・タン:66.05キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<フェザー級/5分3R>
飯野雄斗:66.10キロ
エルデム・タハ・ディンチェル:65.9キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<フェザー級/5分3R>
上原平:計量失格
ネイン・ディネッシュ:65.8キロ
※上原が減量中に体調不良を起こして救急搬送され、ドクターストップのため試合中止に

<フェザー級/5分3R>
グ・ジユン:65.8キロ
トミー矢野:65.55キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<ストロー級/5分2R>
友利幸汰:51.95キロ
ザ・タイガー石井:51.95キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<フェザー級/5分2R>
久保村ヨシTERU:65.75キロ
井上理久:65.8キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<バンタム級/5分2R>
彬大:61.1キロ
松山瑞穂:61.1キロ
(C)LEMINO SHOOTO

<68キロ契約/5分2R>
佐藤大知:67.6キロ
小川龍斗:67.75キロ
(C)LEMINO SHOOTO

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