Column 「最初で最後のMMA帝国訪問」後篇
【写真】12年前にモスクワで行われたAFCの大会での少年MMA。彼らは、その後、プロMMAファイターに育ったのだろうか――。知る由は全くない
※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載中の『10K mile Dreamer』2010年12月掲載分に加筆・修正を加えてお届けしております
文・写真/高島学
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1998年5月、人生初、そして現時点で最後のロシアの地。
サンクトペテルスブルクの目抜き通り、ネフスキー大通りを歩く女性たちは、大胆なミニスカート、派手な装いで、短い夏に咲き乱れる花々のようでもあった。滞在先はIMA主催『第2回レッドデビル・ミックスファイト・トーナメント』に出場する外国勢と同じホテル。
極真出身トルコ系オランダ人ファイターのゴクサル・サヒンバスは、ロビーで顔を合わすたびに、エスプレッソをご馳走してくれた。その度に『日本へ行きたい』と言っていた彼は、10年の時を経てゲガール・ムサシのセコンドとして、その夢を現実のものとした。
IMAの好意で、彼らが用意したバスでレストランへ移動し、人数分用意されたロシア料理に、選手達と舌鼓を打った。ランチとディナー、3日間同じレストラン、席順もすぐに自然と固定していった。リトアニア人のダニエルス・アラズムスと、オランダ人ピーター・ヴァン・ハンメルンは、90kg級トーナメント決勝で対戦する当日のランチまで向かい合って座り、冗談を交わしながら食事をとっていた。話し相手が、大会に出場するかどうかも気に留めてない、大らかな時代だった。
彼らが戦ったIMAのミックスファイト・ルールはダウンカウント有り、エルボー&頭突きは反則、寝技は最高で連続1分まで、膠着は即ブレイクというルールを用いていた。結果、当時の日本の総合格闘技界では、ほとんど見られない派手な打撃戦も展開された。
【写真】AFCのメインはギルバート・アイブル×カリーム・バルカラエフ。ケージの外で臨戦態勢のヴォルク・ハンは、試合が終了するやケージに飛び込んできて、レフェリーに平手打ちをかました
一方、1週間後にモスクワで開催された『アブソリュート・ファイティング・ヨーロピアン・チャンピオンシップ』はIMAルール以外に、NHBルールが併用された大会だった。メインではコンバット・サンボの新鋭として後に、ADCC世界大会でヒカルド・アローナと乱闘劇を演じたカリーム・バルカラエフと、ギルバート・アイブルが対戦した。
劣勢に陥ったバルカラエフは、反則の頭突きを見せると、アイブルもルールで禁じられていた金網掴みを堂々と敢行。試合はアイブルが、左フックから左ヒザ、パウンドを集中させてKO勝ち――と思いきや、寝技の際にバルカラエフに噛みついたとして、反則負けを命じられた。
一見、スポーティなIMAと、喧嘩大会の延長ともいえるAFCだが、その内情は大差あるものではなかった。
サンクトペテルスブルク滞在中、通訳として非常にお世話になった4カ国語を自在に操る才女の言い放った一言が、今も忘れられない。
80kg以下4人制トーナメントの初戦で対戦するセルゲイ・ビチコフの体重が73kg、対するサヒンバスは79.5kgと相当な開きがあった。体重差が気になる僕に対し、その才女は「80kg以下なんだから、60kgの人が出ても問題ないじゃい」とサラリと言ってのけた。
大会中もビチコフと決勝で戦ったセルゲイ・サバッキーが足を負傷すると、ドクターが麻酔を打ち、試合が再開されたシーンがあった。
AFCで見られたコンバット・サンボ勢が、欠点を補うために長所を消すようなファイト――、亜流のブラジリアン柔術にしか見えない動きだったのに対し、IMAルールの試合の多くは、長所を生かすために短所をルールで帳消しにするような印象を残した。
【写真】セルゲイ・ビチコフはキックボクシングに強く、柔道&グレコローマン・レスリングに長け、サンボ流の足関節も使いこなした――が、超一流のMMAファイターにはなれなかった
パンチ、蹴り、投げにテイクダウン、サンボの関節技など、個々の技術的完成度は非常に高いものがありながら、MMAでは勝ち切れないロシア勢。エメリヤーエンコ・ヒョードルと並ぶ実力者、あるいは軽・中量級のヒョードルのような存在が生まれて然り。そんな土壌を持ちながら、なかなか芽が出ない実情に、12年前に体験したロシアでの出来事が重なる。
空港のX線マシーンにISO1600の高感度フィルムを投げ込もうとした係員、スワロスキーのクリスタルに素手で触れ、何も敷かれていない陳列棚に、音を立てて置くデューティー・フリーの店員たち。良くいえば大らか、悪くいえば大雑把。世の中もMMAも変わったけど、ロシア取材に二の足を踏んでしまう記者の気持ちと同様に、あのロシア人気質は、12年も今も変わりないのではないだろうか。
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