この星の格闘技を追いかける

【Pancrase326】ハンセン玲雄戦へ。MMA、舐めている?鹿志村仁之介─01─「スイッチ入りました」

【写真】この不敵な笑みは本来持つものではあるものの、リクエストに答えてくれた笑顔だ (C)MMAPLANET

21日(月・祝)、東京都新宿区のベルサール高田馬場で開催されるPANCRASE326の第1部で鹿志村仁之介がハンセン玲雄と対戦する。

ストライプル茨城で小学6年生の時に柔術を始めた鹿志村は、これがMMAキャリア4戦目だ。現状2勝1敗という、いわば平凡な戦績ながら過去2年間はまるでクジラか潜水艦という風に、時折り姿を見せると印象深い活躍をしてきた。

MMAに対し、「スイッチが入った」という鹿志村に話を訊いた。


──鹿志村選手のことは……自分は2020年のGTFの予選で初めて存在を知り、それからMMAもパンクラスで戦っているけど負けた。そしてタイムラグがあり、LDHマーシャルアーツのFighter Battle Auditionに応募し一次選考で受かりながら辞退……。また情報が途絶えていたら、昨年10月にパンクラスで再起し、先日のFINISHでは上久保周哉選手に横三角を極めた。潜水艦のようにいきなり現れて、潜伏する。そんな風に感じていました。

「アハハハ。まぁ、去年はちょっとご存知だと思うんですけど、ヤラカシテしまったことがあって……。そこから本気でMMAをやろうという気持ちになったんです」

──まずは……そういう心境になるまでを伺わせていただきます。そもそも柔術をやり始めたのはいつ頃なのでしょうか。

「凄く簡単な理由で、小学4年生から柔道をやっていて茨城県内でも勝てなかったです。メダルを貰ったこともなくて。子供の頃ってメダルとかに憧れるものですけど、柔道では獲れないメダルが柔術だと簡単に獲れました」

──では柔術もキッズの時から始めていたのですね。

「ハイ。6年生の時に親父に勧められてストライプル茨城で井上(和浩)先生に柔術を習うようになりました。親父が相当の格闘技ファンなんです(笑)。で、柔術を始めると寝技にハマりました。ただ、柔術を教わりにいっているのに亀返しとか、柔道に使える寝技をずっと教わっていて(笑)」

──試合では、どのような戦い方を?

「柔術家に柔術でいくと勝てないので、そこそこできた柔道で勝っていました。柔術家は柔道に対応できていなかったですし。で、子供の頃や青帯の頃って結局は体力がモノをいうじゃないですか。フィジカルの強さで何となく勝ち上がっていたような感じです。それでも高校1年の時に全日本の青帯アダルトを獲れて、そこから火が付きました。

そうなると柔術の座ることができるというのが楽しくて。ずっとラッソーガードをしていましたね。結局、柔道と柔術は高校3年まで、並行してやって。で、高校を卒業する時に柔術を本気でやりたいと思うようになっていました。東京の専門学校に進み、高校を卒業してからすぐにIGLOOに入りました。GTFの何カ月か構えですね。GTFに出た時は専門学校に通いながら、バイトで生計を立てて柔術をIGLOOで練習していました」

──数ある柔術道場のなかで、なぜIGLOOを選んだのでしょうか。

「本気でやろうとスイッチが入ったので最初はCarpe Diemにしょうかと迷っていて……。で、IGLOOの斉藤社長と話をさせてもらったら、『金がないなら、会費は要らないよ』と言ってもらえて。ならIGLOOだなって(笑)」

──いや格闘技道場潰しですよ、その甘い言葉は(笑)。

「本当にそうですよね。でも助けられました。それにIGLOOのアットホームで、縛りがない空気が良かったです」

──ただ記録によると、IGLOO入門前にパンクラスでMMAデビュー戦を戦っていますね。

「専門学校に進学する時の奨学金狙いで、プロで戦ったという実績が欲しくて戦いました。種類を問われずプロ選手、五輪選手だと特待生になれて学費が半額になったんです。それも親父にやってみないかって言われて……1月にマーシャルワールド杯のAクラス・ライト級で優勝してプロ昇格ができました」

──それでプロに? MMAの練習というのは?

「打撃の練習はしていないです。2週間ほど前からストライプルのMMAクラスには混ぜてもらっていましたけど、先生と親父からグラップリングで戦えという指示があったのでテイクダウンをして寝技で勝負をしました」

──それで勝ててしまうのですね。ただし2戦目で狩野優選手にネオブラTの初戦で敗れました。

「そもそもMMAに全く興味がなく、全く知らない状態で出ていました。あの時も全く減量もしないで戦って。どのクラスで戦うべきかも分かっていなかったです」

──ではなぜ? LDHのオーディションを受けたのですか。しかも一次審査を受かっておきながら辞退して。

「アレは親父が知らない間に勝手に応募していて。で、書類検査に通ったからオーディションに参加してこいという感じで……。それでスパーリングで極めることができて、一次をパスしちゃったんですよね。僕は面接でも正直に『MMA一本でやる気はない』と言っていたし。それに合宿とかあるなんて知らなくて。で、合宿の前日とかに用事があったんです。合宿には行きたくないし、『いいか』って。『ちょっと欠場します』って(笑)」

──最低ですね(笑)。いや、よくそれであのオーディション会場にいることができたなと感心すらしてしまいます。

「MMAで生きていこうとか全く考えていなかったです。ただの趣味で良い。だから、あの熱い雰囲気が本当に馴染めなくて、嫌で。『そんな若いのにUFCとか、口にしちゃダメでしょ』みたいな感じだったんです。でも、さすが『UFC、UFCって言うなよ』とは言えなかったですけどね」

──なぜ、それが本気でスイッチが入ったのですか。

「ヤラカシテしまって。もう専門学校も通えないし、なら俺はMMAで食っていこうと決めました。茨城に戻って、まずJBJJFの全日本選手権に出ようとストライプルでなく小さな場所で練習して。それとIGLOOの選手練習に混ぜてもらって練習して全日本に出て、茶帯ミドル級で優勝しました。その時からMMAのことばかり考えていました。このままじゃ、俺、食っていけないぞって」

<この項、続く

PR
PR

関連記事

Movie