【Special】月刊、青木真也のこの一番:10月─その参─タン・リー×ウェン「モザイクを外すようなこと」
【写真】タン・リーという北米フィーダーショーの王者が、ONEの世界王者になったことで、その世界観にどのような変化が起こるのか楽しみだ (C)ONE
過去1カ月に行われたMMAの試合から青木真也が気になった試合をピックアップして語る当企画。
背景、技術、格闘技観──青木のMMA論で深く、そして広くMMAを愉しみたい。そんな青木が選んだ2020年10月の一番、第3 弾は30日に開催されたONE113 Inside the MatrixからONE世界フェザー級選手権試合=タン・リー✖マーチン・ウェンの一戦を語らおう。
──10月の青木真也が選ぶ、この一番。3試合目は?
「タン・リーとマーチン・ウェンですね。この試合は語り口がいっぱいありますよ。何より、本気でショックでした」
──というのは?
「タン・リーはLFAの暫定王者で──見せ方としてウェンは世界チャンピオンじゃないですか。その世界王者が北米のフィーダーショーのチャンピオンにいかれる……タン・リーに勝ったことがある選手は決してUFCではトップになく、プレリミだという現実が、かなり来ちゃいましたね」
──えっ、でもそういうモノじゃないですか。MMAの世界は。
「それはそうなんです。だから世界王者というモザイクを外すようなことをして、そんな必要がONEというプロモーションにあったのかって。なんで、こういうことするんだろうなっていうことで来ちゃったんです」
──なるほどONEの世界王者が、フィーダーショーの王者に負けたことでなく、この方法論ではONEの現実が見えてしまいますよ、ということなのですね。
「ONEは北米のフィーダーショーを掘ったらダメなんです。背を向け続けないと。UFCのトップ経験者が天下りするのは構わないけど」
──ハイ。MLBの元首位打者が阪神に来るのは良いけど、4番は米国では3Aなのか──というのは見えない方が良いと。
「そうなんですよ。これで、見えちゃうから。僕なんか騙されておけば良いっていう見方をするんですけど、このモザイクを外す必要ねぇよって。僕は若い頃に北米でぶっとばされているから世界一とか言っていないし、グラップリングでもやられていますからね。そこは弁えてきたんです。
それが今は弁えていない子、分かっていないヤツが増えて、この結果に絶望しているんじゃないかなって。凄く嫌な気持ちになって帰宅したんです。これ、辛いなぁって」
──強くなれば良いじゃないですか。
「それはそうですよ、強くなれば。でもウェンが世界一だという世界観を潰す必要はあるのかなって……」
──えっ、思いますか? マーチンは素晴らしいファイターです。日本人で誰がマーチンに勝てるんだろうと思えるぐらい。でもMMAに世界的な競技連盟があれば、UFC以外の団体は世界を名乗ることはできないかと。
「それは勿論そうです。と同時に、そのUFCや強さをスルーして見なくなっているなって思うことがあるんです」
──マーチンが負けたことで、フィリピン、インドネシア、ミャンマー、マレーシア、ベトナムの若い選手たちはショック療法かもしれないですが、これでさらに強くなれると思った次第です。上には上がいるんだって分かって。
「あぁ、なんだ。そういうことか……。高島さんは東南アジアというかONEのマーケットを対象にしているわけですよ。僕は日本のことを言っていたんです」
──あっ、スミマセン。噛み合わなかったはずですね(笑)。
「世界、海外といって、ソレが分かっていないと……。もちろん、分かっている選手もいると思いますけど」
──口にはしなくても、そこを狙っている選手もいるだろうし。と同時に北米は機会がないから、ONEで戦いたいと思っている選手もいるでしょうし。
「色々な生き方や選択があることは、もちろん否定はしないです。でも、世界で戦いたいとかいってONEで戦う人がいるじゃないですか。いや、ならお前、一回、北米でぶっ飛ばされてみろって思っちゃうんです。僕は一応、ぶっ飛ばされたうえで語っているから。
でも、アジアで考えると強くなるっていう見方はありますね。そこは北米と交わった方がフィリピンとか、強くなるでしょうね」
──それだけレベルの高い試合が、ONEで行われたわけですし。
「ハイ、素晴らしかったです。ホントに。技術的なことでいえば、日本人がやらないといけないことをタン・リーがやっていました。マインドというか、必ず打ったあとに回るじゃないですか」
──ハイ。攻撃すると、もうそこに留まっていなかったです。
「解説でも言っていたのですが、外の取り合いでした。打ったら外に出る。インサイドになったら、なんとか外して。最後の右フックを打った時だけ、タン・リーは左に回っているんです。あそこは打ったら、右に抜けていないとおかしいのに。最後だけ左に回ったのは、効かされていたからだと思います。それまではずっと左に回って外を取っていたのに、だから最後の一発だけはマグレだったと僕は思います」
──興味深い見方です。
「最後以外は完璧でした。あそこはウェンの流れになっていて。効かされていたんでしょうね」
──それまでもペースの取り合いで、ウェンが圧力をかけるとタン・リーが腹を蹴っていました。
「一度、急所に入ったけどタイミングは抜群でしたよね。急所に当たったということは、ウェンが当たる距離にいたからで。あれは下腹部だったけど、少し上だったらノックアウトです。そんな蹴りが当たる距離にウェンはいたということで」
──MMAでフィーダーショーのチャンピオンに、ONEで戦績を積んだ選手があそこまで戦える。それはONEのレベルが上がっているからだと私は思ったんです。
「その見方かぁ。そう言われると、そうですよね。佐藤天がサンフォードMMAではマーチン・ウェンは目立たないって言っていました。でもONEで積んできた選手が、タン・リーに勝てるかもという試合をしたということですね」
──私はそう思っています。と同時に仮にラカイのフェザー級にダニー・キンガドやジョシュア・パシオのような若い選手がいれば、めちゃくちゃ面白いのに──と。
「あぁ、あのBrave CFでやっているスティーブン・ローマン、アイツはめっちゃ強いけど……バンタム級なんですよね。間違いなくONEのレベルはあの一戦で上がったのは確かです」
──ハイ。だから日本で戦っているより、日本人選手もONEで結果を残していれば、強くなれるのではないかと。あの試合を見て、そう思えました。
「まぁ、もう日本でやっていては……ってことじゃないですか、正直。その点、ONEだとロシアや中央アジアの選手、ブラジル人と戦えるわけですし。最初に言ったモザイクを外すっていう部分ではビジネスで、回り道になるかもしれないですけど、東南アジアが強くなるっていう面白い状況が生まれてきそうですね。
ONEの功績の一つは東南アジアにMMAを普及させたことだし。で、ここでタン・リーみたいな北米の選手がいると、東南アジアが強くなって、そのうちにUFCを目指すっていう選手が出てくるかもしれない。それこそ中国、韓国、日本のようになってくるかも。それは面白い──良い話ですね」