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8月23日、ONE記者会見に向けて【Gray-hairchives】─12─Apr 1st 2012 Ole Laursen

Ole【写真】ここには映っていないが、PXCウェルター級王者から今ではONEで活躍しているゼバスチャン・ガデスタムもローセンの指導を受けていた (C)MMAPLANET

23日(木)、東京都新宿区パークハイアット東京で来年3月31日のONE日本大会に向けての記者会見が開催される。

01同会見まで、ONEの歴史を選手か会計者のインタビューを通して振り返ってみたい。Gray-hairchives─1995年1月にスタートを切った記者生活を、時事に合わせて振り返る──第12弾はゴング格闘技230号より、2012年3月31日に開催されたONE03でエドゥアルド・フォラヤンに勝利したオーレ・ローセンのインタビューを再録したい。

K-1 MAXからHERO’Sと日本でも活躍していたローセンは、いち早く東南アジアの可能性を見抜いていた。UFCとフィリピン、ムエタイとMMA、今だからこそ「なるほど」と思える点が多い。ONEと東南アジアMMAの知るうえで非常に参考になるローセンの言葉だった。


――素晴らしい打撃の応酬が見られた試合で、評価急上昇中のエドゥアルド・フォラヤンを破りました。おめでとうございます。

「サンキュー。とてもタフで拮抗した試合をモノにできて、凄く良い気分だよ。二人とも死力を尽くした試合だった。凄くハッピーだ」

――2月にフィリップ・エノモトに敗れていただけに、非常に大切な試合でした。

「前回のエノモトとの試合は、それほどシリアスに考えていなかった。フィリピンに新しいジムを作っている最中で忙しくてね。練習時間も限られていたし、全く気持ちも乗っていなかったんだ。だから、今夜の試合は負けることは許されなかった。新しいジムでキャンプを張って臨んだんだ」

――新しいジムというのは?

「レガシー・ジムをタイに続いて、フィリピンのボラカイ島に作ったんだ。ホワイト・ビーチで有名なアジアで1番、世界で2番目にきれいなビーチのある島さ。タイのウボンラチャタニには家族もいるし、ジムも残っているから、フィリピンに移り住むわけじゃないけど、あの美しい島でフィリピン人ファイターとトレーニングを積む環境が欲しかったんだ」

――日本で試合をしていた時、ローセン選手はデンマーク人として紹介されていましたが、ONEではフィリピンが国籍となっています。

「生まれたのは、フィリピンだよ。母はセブ島出身でマニラで俺を生んだ。2歳のときに、ノルウェー人の父と一緒にデンマークに住むことになったんだ。ここ10年はタイに住んでいて、日本で試合をしたときもタイから日本へ行っていたよ。パスポートはデンマークだったから、デンマーク人として紹介されたんだろうね。

エドゥアルド・フォラヤンと戦うことを『フィリピン人最強決定戦』なんていう輩もいたけど、国籍なんて重要じゃない。エドゥアルドは、本当のフィリピン人ウォリアーだけど、俺は俺でしかない。どこかの代表かと問われれば、それはレガシー・ジムの代表だと」

――日本ではK-1 MAXを主戦場にしていたローセン選手が、06年にHERO’Sで須藤元気選手、そして宇野薫選手と戦ったときに、予想以上の健闘ぶりを見せて多くのファンを驚かせたものです。あの頃、すでにMMAの練習をしていたのですか。

「あぁ、あの時ね……。ゲンキと試合をした半年前にレガシー・ジムを作ったんだけど、既にジムにはケージを置いていたよ。当時から俺は、MMAが大好きだったんだ」

――HERO’Sでは、名前があって男前なので、アンダードックとして駆り出されたと思っていました。

「ハハハ、俺は10代の頃からMMAの練習をしていたんだよ」

――10代というと、デンマーク時代からということですか。

「そうだよ。初めてのMMAは、18歳の時にスウェーデンで戦った試合だ。シュートファイティングで、掌底ルール、パウンドのなしというルールだった」

――オーガスト・ワレン率いるアマからプロという活動をしていたシューターズ・シュートファイティングですね。では、現在UFCで活躍しているデンマーク人ファイターのマーティン・カンプマンの先輩ではないですか。

「元を辿れば、ね。それをいうなら、2000年かな、サンディエゴのシティ・ボクシングがオープンした時のメンバーは俺、メルチョー・メノー(※フィリピン系米国人キックボクサーでKUなどに来日、魔裟斗との対戦経験もある)とディーン・リスターだった。でも、あそこで寝技の練習をしたことはないな。ディーンは友人だけど、寝技でなくパーティばかりしていた(笑)」

――完全な南カリフォルニア・ライフにハマっていたといことですか(笑)。

「本当は打撃の指導とK-1で戦うことで忙しくて、MMAの練習をする時間が取れなかったんだ。それが、ゲンキと戦ったことで、MMAでやっていこうと思うようになった。MMAこそ、リアルだってね。18歳のとき、デンマークで兄と一緒にハイブリット・レスリングのジムを開いた頃のことを想い出したよ。俺はずっとMMAが好きだったんじゃないかって、自らを振り返ることもできた。結果、寝技、柔術やレスリングを学ぶことを決心したんだ。でも、家族のためには、K-1 MAXで戦うことが必要だったんだ」

――ローセン選手の戦い方は、ムエタイをMMAにアジャストしたスタイルですよね。中国のAOW(Art of War)で戦ったときに、ジャンピングガードのような形で体を捩じって、結果的にマウントを取るというクリンチ──元ラジャダムナン王者マライペットが出した、ムエタイ・クリンチ教則DVDに出てきた技をMMAの試合で実際にトライしていて、非常に驚きました。

「ムエタイはリングで戦うようになる前は、何でも有り、リアルファイトだったんだ。だから、MMAで使える技術はいくらでも存在する。しかし、今はキックもムエタイもリミテッド・スポーツになった。だからリアルなMMAでは、いくらでもムエタイが本来持つ技術を取り入れることができる。MMAこそ、本当の意味でムエタイを使い切ることができるファイトなんだ」

――足や腰、体の使い方など、スタンドの首相撲と、柔術の寝技のガードワークでも非常に似通っている部分があります。

「逆にいえばタイクリンチは、スタンディング柔術なんだよ」

――なるほど、それは言いえて妙です。ところでタイ人は本当にムエタイ好きで、MMAには理解を示さないケースが今も多いです(※奇しくもこの頃、タイではMMAイベントの開催が禁止されることが決定した)。

「レガシー・ジムにケージを設置した日から、今に至るまでタイ人はMMAを認めていない。でも、構わないよ。俺は自分が好きでMMAをやっているんだし、誰も俺を止めることはできない」

――シンガポールのイヴォルブMMAでは、ルンピニー王者たちがアジャストを加えたムエタイ技術をMMAファイターに指導しています。

「上手くいってほしいね。彼らがムエタイをMMAファイターに指導できるかと問われれば、それは指導できるに決まっている。でも、彼らはMMAを本当の意味で理解し、MMAに必要なムエタイを指導しているわけではない。俺はムエタイファイターをMMAファイターに仕立て上げることができる。そのために凄く時間が掛かったんだ」

――東南アジア在住のファイターとして、MMAにいち早く興味を持ったローセン選手として、現在の東南アジアのMMA人気については、どのような印象を持っていますか。

「MMAが世界に広まっていくなかで、東南アジアはなかなかその波に乗ることはなかった。その分、急激に発展しているんだろう。ONEやレジェンドFCの試合を東南アジア全域で視ることができ、そんな舞台で戦うことが夢になってきているように感じられる。今後は東南アジアだけでなく、アジア人ファイターの需要が高まるに違いない」

――フィリピンの場合はどうでしょうか。MMAはURCCが10年に渡りイベントこそ開いていますが、昨年9月のONEでフォラヤンの試合を見るまでフィリピン人ファイターのポテンシャルに気付いていなかったです。

「フィリピン人はアジア最強になれるよ。もともと戦闘的だし、気持ちが強い。何よりもMMA人気が高い。フィリピンのストリートを歩けば、いくらでもMMAに関係するTシャツを着ている人間とすれ違うよ。もともと米国のカルチャーが好きだし、皆が英語を話すことができる。フィリピンでは、子供でもチャック・リデルのことを知っているんだ。UFCはフリーTVでライブ中継されているからね」

――フィリピンにはカリのような武器術を除き、コンペティションのある伝統格闘技がなかったので、どれだけMMAに興味が持たれるのかと疑問視していました。

「フィリピン人はボクシングが大好きだから、素養はあったはずだ。今はMMA人気が急上昇している。それに東南アジアでは、最もブラジリアン柔術が盛んな国だってことを忘れてはいけない。フィリピンには10人以上の黒帯柔術家がいるはずだ。フィリピンから、多くの人間が米国に移り住み、向こうで柔術を体得した人間が、母国に戻ってジムを開いている。柔術の技術を習得し、MMAファイターになるという流れが今のフィリピンにはあるんだ」

――そんな状況になっているとは、思いもしませんでした。

「UFCはフィリピン大会を開こうと動きだしているし、仮にUFCがフィリピンで大会を開くとなると、それこそ多くの若いファイターにモチベーションを与えることになるだろう。そしてズッファは、フィリピン人の強さを知ることになる。ファイターとして、マートケットしてフィリピンは凄いポテンシャルを持っている。タイとは違うんだ。彼らはMMAとWWEの違いが分からない。そして、イリーガルになった。フィリピンも時間はかかるだろうけど、MMAは国中に浸透するはずだ」

――では、オーレ・ローセンというファイターの次の目標は何になりますか。

「ただ、戦い続けるだけだよ。戦いながら、チームのボーイズを強くしていきたい。レガシー・ジムをアジア最強のチームにしたい。それにしてもプロモーター連中はなんで、マイ・ガイズに試合の機会を与えてないで、大したことのない連中にオファーを出すんだ。俺はジムの連中を中国、台湾、シンガポール、香港、韓国、どこの大会でも送り出す準備はできている。俺自身は……、そうだな、最後はUFCで戦いたいと思っている」

――ローセン選手も、目標はUFC出場ですか。

「もう、何度も交渉したけど、実現に至っていないんだ。まるでネバーエントリー・ストーリーさ(笑)。まぁ、UFCに出場することを目標しつつ、オファーがあれば試合に出て、幾何かの金を手にできれば、俺はそれでいい」

――ビクター・クイは、ONEの王座を年末には設けたいと言っていました。ローセン選手は十分に、ライト級タイトルが射程距離に入っていると思われます。

「もちろん、そのタイトルは俺のものだ。UFCもそうだけど、日本でもまた戦いたい。日本ではまだ大きな大会は行われているのか? DREAMのファイターはみんな、ONEで戦っているけど、どうせなら日本で一番大きな大会に出たいね」

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