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【Special】月刊、青木真也のこの一番:9月編─その参─スティーブンス×メレンデス─01─「スネを蹴る」

Shinya Aoki【写真】ボディフックを打ち込む青木。ボクシングだけのトレーニングを行っている──青木のローキック論(C)MMAPLANET

過去1カ月に行われたMMAの試合から青木真也が気になった試合をピックアップして語る当企画。

背景、技術、格闘技観──青木のMMA論で深く、そして広くMMAを愉しみたい。そんな青木が選んだ9月の一戦=その参は9月9日、UFC215からジェレミー・スティーブンス×ギルバート・メレンデス戦を語らおう。

スティーブンスのローキックから、メレンデスを通しての青木の×世界観に迫りたい。


■ローキックのロジック

──今月の一番、最後の一戦をお願いします。

「メレンデスが、スティーブンスに敗れた試合ですね。まず、フェザー級としてメレンデスがどうなのか。ストライクフォースでサンディエゴに行った時に当時はスティーブンスはビクトリーMMA所属だったのが、そこでキャンプをやっていたんです。まだライト級時代だったのですが、凄くハードなスパーリングをしていて、なんか記憶の片隅に残っている選手だったんです。

でも、あそこまで差のある試合になるとは正直思っていなかったです。時代は流れるなぁという、このところ見続けている現実ですよね。ギルバート・メレンデスは確実に世界で最も強い1人という時代を築いた選手ですから」

──メレンデスのワイドスタンス、理想論として前足を殺せば良いというのは皆が理解していることだったと思います。でも、それが実行できない強さを持っていました。

「そこにはまず、打たれ弱くなったということは多少の影響はあるかと思います。その前足を殺すというのは、僕自身がメレンデスにブッ飛ばされたことを踏まえて、イヴォルブMMAに入った頃にもチャトリ(シットヨートン)も、コーチのヨーサナン(シットヨートン)も言っていました。

2人ともメレンデスの打撃は決してテクニカルじゃないし、ハードパンチャーでもない。だから、ムエタイをやっている人だと誰もが、ミドルやローを蹴っていけとなりますよね。

ただし、これは和田君のところでも話しましたが、ムエタイにはスネを蹴るという概念はない。スネを蹴るローのロジックでいえば、和田君や高橋(遼二)選手も使っていますが、ムエタイのスタンスでチェックができる選手には有効ではない。現にムエタイで決まらないし、キックボクシングでスネを蹴ってKOなんてないですよね。

しっかりとチェックできる人間には通じない蹴りのはずなんです。ただし、MMAではワイドスタンスで、前足に体重を乗せて戦ってくる選手もいる。そういう選手はチェックができない」

──ただ、足への組みがあるMMAではムエタイのスタンスや間合いで戦うということ自体が難しいです。

「ハイ。そこでロジック第2なのですが、スネは脛骨が内側にあるから、少しチェックされると蹴った方が壊れるのでインローは蹴らないです。ただし、アウトサイドローに対しては脹脛の後ろから蹴られるような形になるので、チェックが必要になってきます。

スティーブンスもほとんどアウトで蹴っていましたね。しっかりとその辺りに入れ知恵できる人間が陣営にいるということですよ」

──なるほどぉ。非常に面白いです。

「だからといってメレンデスが、スネへのローをチェックしようとすると、もう自分のバランスを失ってしまいます。僕の場合、対戦相手はテイクダウンディフェンスを頭に入れて戦うので、まずワイドスタンスになっていました。なら、チェックができないので蹴っていけば良い。そういう作戦で戦っていました。

ここでスネを蹴って、メレンデスが敗れたということはワイドスタンスが多く見られるMMAにあっても、チェックを考えたスタンスで、かつテイクダウンディフェンスを頭に入れる必要がある。そういうゾーンに入ってきていることを意味していると思います」

──この進化は、どんどんとMMAががんじがらめになっていることを示しているように感じられます。そして、この窮屈さを解く知恵の輪的な部分が面白く感じられるのか、退屈さと感じるのか。それにしても、そこまで理解できていて、なぜ青木選手も含めメレンデスの前足を削ることが過去の対戦相手はなかったのでしょうか。

「それは僕らができなかったことではなくて、メレンデスがそれを許してしまった。色んな意味で彼が劣化したことが考えられます。技術体系の変化、ローのロジックが次のゾーンに入ったことと同様に、メレンデスが劣化した。だから、時代は流れるということなんです」

──う~ん。周囲の進化と自らの劣化がクロスしたと。

「劣化というか……勢いと気運を背負っている時のファイターはやはり強い。それを無くしてからとは違います」

──禁止薬物の使用でサスペンション期間もありました。

「これは毒づくことになってしまいますが、なぜ劣化をしたのかは分からない。でも、劣化があった(笑)」

──理由は分からないけど(笑)。

「何があったのか分からないですけどね(笑)。でも、そこは海外の選手多いですよ。なぜか、劣化しています」

──加齢以上に。

「ハイ。もう、メレンデスも色々な意味で疲れているんだと思いますよ。金属疲労のような肉体の劣化と、精神の劣化。ただ、劣化して当然です。僕と彼が戦ったのはもう、7年も前ですからね」

■『メレンデスと戦う前、青木真也は実力以上に評価されていた』

──2010年の4月でした。あの敗戦と2012年のエディ・アルバレスとの再戦、2つの敗北で自分は青木選手は世界の頂点に立つというスタンスから離れたと思っています。結果的になのですが……。あの後も、なぜUFCと契約しないのかとずっと不満を感じていましたから。

「ハイ、そうですね」

時代は流れる

時代は流れる

──そこに至った当事者としてのメレンデス。この視点で見て、彼の完敗に何か想うところはありますか。

「メレンデスにやられたことは、僕のファイト・キャリア……人生において凄く勉強になりました。アレで地に足がついた。そして、もう一度格闘技を勉強しようと思えるようになりました。自分の実力が見えて、しっかりと地力をつける必要性を知ったんです。そういう部分でも、メレンデスに感謝をしています。

だから、あの負けに関しては『お疲れ様でした』ということでしかないです。彼の全てを認めているので。それはアルバレスに対しても同じです。

だからといってメレンデスに勝ったスティーブンスがマックス・ホロウェイに勝てるのか──となると話は違う。フランキー・エドガーにコテンパンにやられているわけで。そうですね……、世界の頂点に立つというコトに関してはメレンデスと戦う前、青木真也は実力以上に評価されていたんです」

──そんなことはないと思います。独特なスタイルで一本勝ちを量産していたのですから。

「そこですよ。あまりないスタイルで勝ちっぷりが良かった。それは実体の経済よりも投機のお金が集まっていたようなモノだったんです」

──あの時にそんな風に思っている人間は誰もいなかったですよ。

「だからこそ、実体経済からかけ離れていたんです。今の経済と同じで、投機のお金が集まると好景気になる。ただし、メレンデス戦を機に投機筋が引いたんです」

──そして青木選手はMMA選手として投機のお金でなく、モノを創って売るようになった?

「実体が無くてお金が集まるのは怖いです。あの一戦で僕の株価はガクッと下がりました。あの時点で、自分の実体を見てもう一度創り上げようと思い、そうしてきたつもりです」

<この項、続く>

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