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【a DECADE 06】10年ひと昔、2003年5月17・18日ADCC世界大会

2013.05.28

Rani

【写真】当時18歳だったハニ・ヤヒーラ。本当に幼い顔をしている彼は、茶帯ながらブラジル予選で優勝し注目されていた。

MMAPLANET執筆陣の高島学が、デジカメにカメラを変更し取材するようになってから10年が過ぎた。そこでMMAPLANETでは、10年周期ということで高島が実際に足を運んだ大会を振り返るコラムを掲載することとなった。a DECADE、第6 回は10日も遅れてしまったが、10年前の5月17、18日。ブラジルはサンパウロのイブラプエラ体育館で開催されたADCC「第5回サブミッションレスリング世界選手権」を振り返りたい。
Text & Photo by Manabu Takashima

アラブ首長国連邦のアブダビ首長国のジェイク・タハヌーン・ビン・ザイド王子が、米国留学中に巡り合ったブラジリアン柔術。帰国後、アブダビコンバットクラブ(ADCC)を創設し、砂漠の組み技の祭典=通称アブダビコンバットの開催も5度目を迎え、初めてアブダビを離れブラジルで行われた。今のようにMMAで高額を稼げる時代でなかったことと、MMAとノーギ・グラップリングの組み技にそれほど剥離が見られなかった当時、数多くのMMAファイターが5階級(※無差別級を除く)のトーナメントに出場していた。

日本人選手を例に挙げると、10人の参加選手中9人がMMA経験者で、生粋のブラジリアン柔術家は出場していない。ただし、無差別級も含め6階級の優勝者のうち、この時点でMMAを経験していなかったのは66キロ級優勝のレオナルド・ヴィエイラと99キロ級超級優勝のマーシオ・ペジパーノの2人だけ。2年後にペジパーノはMMAに転じている。それだけMMAとグラップリングの最高峰が近しい関係にあった。

Okami vs Lindland【写真】88キロ級1回戦で岡見勇信が、今やセコンドを務めてくれるマット・リンドランドと対戦し2-0で敗退。岡見はUFCファイターとなった2年後のLA大会にも出場している。

それにしても、10年ひと昔という言葉など忘れてしまいそうなほど、現在のMMAトップファイターたちが、今年の1月にUFCが開催されたイブラプエラ体育館には集っていた。もう僕の拙い文章で、この大会を振り返る必要ないだろう。どのようなファイターが出場していたか、ただ列挙してみたいと思う。

現在、UFCで活躍している選手の出場は66キロ級のハニ・ヤヒーラ、77キロ級にジョージ・ソティロパロス、88キロ級ではホナウド・ジャカレと岡見勇信に加えネイト・マーコート。99キロ級ではチェール・ソネン、イリル・ラティフィ、ブランドン・ベラ、さらにホジャー・グレイシーと16人中4人も現UFCファイターが占めている。最重量の99キロ超級ではファブリシオ・ベルドゥム、ソア・パラレイ、さらにロイ・ネルソンなどなど。

Neson vs Soa【写真】99キロ級出場の(顔は見えないが)ロイ・ネルソン。1回戦でソア・パラレイを下したが、続く準々決勝でマイク・ヴァン・アースデイルに敗れた。アースデイルは今では、ブラックジリアンのコーチだ。

これだけのファイターが優勝賞金10000ドルを狙い――参戦していた。この他、ヨアキム・ハンセン、ホイラー・グレイシー、シャオリン・ヒベイロ、マーシオ・フェイトーザ、ヘンゾ・グレイシー、マット・リンドランド、ディーン・リスター、髙坂剛ら、MMAや柔術、グラップリングの歴史に名を刻む錚々たる顔ぶれの名前を確認することができる。

スーパーファイトは一時期、霊長類最強と謳われたマーク・ケアーとヒカルド・アローナの間で争われ、ステロイドの服用を止め完全メタボとなっていたケアーは成す術なくアローナに敗れている。この時、アローナは「師匠の敵討ちをした」とコメントをし、前回大会のスーパーファイトでケアーに敗れたゼ・マリオ・スペーヒーへの敬慕の念を言葉にしている。この辺りはやはり、10年ひと昔を地で行っている思い出話となろう。

MMAに従事していても、定期的に活躍の場が与えられ、十分な生活を送ることができるファイターはPRIDEのトップ選手や、UFCのライトヘビー級四天王ぐらいのものだった。ブラジリアン柔術家は世界大会で優勝しても、メダルを獲得するのみ。1万ドルが魅力的だった時代だからこその盛り上がり、その後のUFCの隆盛によりMMAファイターは趣味でしかグラップリングには挑まなくなり、トップ・グラップラーの多くもMMAを目指した。そして、ある者は成功を収める――か、収める過程にあり、ある者は水が合わずグラップリングシーンに戻っていった。

Jacare【写真】フェルナンド・マルガリータに最強の座は明け渡していたものの、柔術界トップ中のトップのサウロ・ヒベイロに茶帯のジャカレが食らいついた。ジャカレは初戦で今は亡きハイアン・グレイシーに勝利している。

10年前のブラジル大会88キロ級でサウロ・ヒベイロに次ぎ、準優勝だったジャカレは前者の代表例であり、当時はまだ茶帯の柔術家だった。そのジャカレが岡見を破ったリンドランド、そしてヒカルド・アルメイダを倒し、決勝進出を果たした事実こそ、ブラジルの格闘技界の層の厚さを物語っていた。ジャカレだけでない、後者の代表例となる77キロ優勝のマルセリーニョも、前年に茶帯のムンジアルを制したばかりで全くの無名の存在。当大会には代役出場が直前に決まったばかりだったにも関わらず、シャオリン・ヒベイロから僅か20秒・RNCでタップを奪い、ヘンゾ・グレイシーからは完璧にバックマウントを奪取し9-0でポイント勝ちするなど、キラ星の如く輝きをこの大会から放つようになった。

Garcia【写真】神童マルセリーニョ・ガウシアの世界デビューも、この大会から。決勝でマット・ヒュームの教え子オットー・ネルソンを代名詞となったリアネイキドチョークで破った。アームドラッグの天才は、その後MMAに転向もロープに囲まれた戦場ではバックを奪い切ることができなかった――。

66キロ級準々決勝で優勝したレオジーニョに敗れたヤヒーラは、まだ18歳の茶帯の柔術家で本職は大学生、将来の夢は「医者になることと」と語っていた。結果だけをみれば準決勝敗退、3位決定戦もキャンセルした――にも関わらず人生が変わったのは、エディ・ブラボーだ。東京から約40時間かけ、サンパウロに到着した僕は、空港から計量会場に直行したのだが、最初に目に入ったのがフ○チンで計量台に乗るエディだった。

Eddie【写真】グスタボ・ダンタスとの1回戦、エディ・ブラボーは下半身はしっかりとロックダウン、上半身はロックアップ。こういう写真は、今、見ていても本当に楽しいものだ。

「あれがラバーガードって技を開発したアメリカ人柔術家か――凄くデカイな」ぐらいにしか気に留めていなかったが、翌日には2回戦でホイラー・グレイシーを三角絞めで破り、彼の名とラバーガード&ツイスターという技は瞬く間に世界中に広まった。エディもこの歴史的勝利より、黒帯を巻くことをジャンジャック・マチャドから許されることとなった茶帯の柔術家だった。ホイラーを破った1カ月後、エディはTV脚本家を辞め、10thプラネット柔術を開いた。今や世界中にアフィリエイトを持つようになった俺サマの成功は、全て10年前の三角絞めから始まっている。

Einemo vs Roger Gracie【写真】スタンドでバックに回り足をフック、寝技でもしっかりとバックマウントを奪ったユノラフ・エイネモが、黒帯になったばかりのホジャー・グレイシーを下した。ホジャーはエイネモが成功を収めることができなかったUFCに、7月にデビュー戦を控えている。

ブランドン・ベラ、ラリー・パパドポロス、ホジャー・グレイシー、アレッシャンドリ・カカレコを破り99キロ級を制したエイネモにより、ノルウェーはブラジル、米国、ロシア、日本(菊田早苗)、南アフリカに続く6カ国目のアブダビ世界王者輩出国となり、10年を経ても7番目の優勝者を生んだ国は出て来ていない。10年前に「次の開催国」として有力候補だった日本でなく今年、ADCC世界大会は中国でアジア初開催が決まっている。

■2003年5月17、18日ADCC2003世界大会@ジナーシオ・ド・イビラプエラ、サンパウロ:ブラジル トーナメメント結果

66キロ級
優勝/レオナルド・ヴィエイラ(ブラジル)
準優勝/バレット・ヨシダ(米国)

77キロ級
優勝/マルセリーニョ・ガウシア(ブラジル) 
準優勝/オットー・オルソン(米国)

88キロ級
優勝/サウロ・ヒベイロ(ブラジル)
準優勝/ホナウド・ジャカレ(ブラジル)

99キロ級
優勝/ユノラフ・エイネモ(ノルウェー)
準優勝/アレッシャンドリ・カカレコ(ブラジル)

99キロ超級
優勝/マーシオ・ペジパーノ(ブラジル)
準優勝/ファブリシオ・ベルドゥム(ブラジル)

無差別級
優勝/ディーン・リスター(米国)
準優勝/アレッシャンドリ・カカレコ(ブラジル)

<スーパーファイト>
ヒカルド・アローナ(ブラジル)
Def.4-0
マーク・ケアー(米国)

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