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【NEXUS18】初ケージ大会へ。山田峻平代表に訊く、ネクサスって何─01─「誰もやってなかったことを」

Yamada【写真】いよいよケージMMAに踏み出す、ネクサスとは? (C)NEXUS

24日(日)に東京都新宿区のGENスポーツアカデミーでFighting NEXUS vol.18 「初代フライ級王者決定トーナメント決勝戦」が行われる。

2014年9月の旗揚げより、新宿FACEを中心にリングMMAを行なってきたネクサス。今回、初めてケージ大会を開くことで山田峻平代表に──ファイティング・ネクサスとはどのようなプロモーションであり、イベントなのかを初インタビューした。


──これまでは国内のリング大会ということでリリースなどは送っていただけていたのですが、記事を掲載することがなく申し訳ありませんでした。

「いえいえ、それはMMAPLANETさんの特徴ですから。今回、このタイミングでGrandslamを開かれている相原雄一さんにコミッショナーに就任していただき、『ケージでやるから』ということを伝えてくださってみたいですね」

──ぶっちゃけていうと、そういうことで正式発表の前からケージ大会については知らされていた感じです。今回のケージ大会を開くことになったのは?

「選手からの要望は以前からありました。ただし、ネクサスの試合会場は主に新宿FACEなのでケージ大会を開くことができなかったです。それがGENスポーツパレスという会場を得たこと、ケージを開く予算を確保できたことで今大会を開くことになりました」

──MMAPLANETの読者の皆さんは、ネクサスについてあまり知らない人が多いと思います。改めて山田代表の方から、どのような大会なのかを説明いただけないでしょうか。

「大きな舞台に進みたいならドンドン行ってもらう大会です(笑)」

──アハハハ。そもそも山田代表がネクサスという大会を開こうと思ったのは、どういう理由からだったのでしょうか。

「もともと僕は選手を目指して練習していたんです。サークルみたいな感じですけど。でも靭帯を2度切ってしまって断念しました。そうしたら、大会のアルバイトでもして格闘技と付き合い続けないかと誘われまして。それから大会進行のスタッフを修斗以外の大会で……それこそ地下格を含めて3年ほどやっていました。

早い話、木下(雄一)さんの下働きをしていたのですが、自分で大会をやってみたいと相談させてもらったんです。で、木下さんから『やってみな』と言ってもらえて、2014年9月に初めて大会を開くと、意外とできてしまったんです」

──意外と(笑)。

「ハイ。そうしたら木下さんから『大会に色をつけて続けてみたら?』と助言していただきました。日本のMMAはアマチュアがあって、プロはそこで勝てば日本一だという戦いが見られる大会が中心です。

でも、その間をフーチャーする大会は殆どなかった。なら、そこをやろうと思ったら選手も集まって来てくれました。その時のコンセプトがベテラン✖ルーキーだったんです。言い方は悪いですが、ピークを過ぎてしまった選手とアップカミング・ファイターの対戦を中心に試合を組んでいました。

そして……声を大にして言うことではないですが、選手のチケットを売る力に左右されない大会です。チケットを売る力があるから、実力以上の場で登用されるのはお互いの利害関係が合致しているのでしょうが、力があってもチケットを売ることができなくて、試合に出られる選手がいるのは違うと僕は思っています。そういう選手に出て欲しいと思っています。

売れるならそれで結構。売れなくても試合をして、力をつけようという部分ですね。だからチケットは自分で売る。もしくはスポンサーさんの協力を得る。

と同時にチケットを売ることができるからといって、その選手をネクサスで囲うことはしない。選手が出たいと思う大会で戦ってもらうことが一番です。だからネクサスで勝ち続けると、上の舞台に行ってほしいです。と同時にネクサスでベルトを目指したいなら、そこを目指して戦ってほしい。そういう大会ですね」

──選手の出場に関しては、山田代表は何か基準を設けているのですか。

「日本のMMAのプロライセンスって、ある団体とそうでない団体があって……多くは自己申請みたいなものじゃないですか。言ってみれば道場長の許可が出れば、プロ契約の試合ができる。それが多くの場合の日本のプロ選手です。

ならば、その自己申告に則して試合をしてもらって、勝てば継続して出てもらう。そこが基準になっている部分はあります。そして3連勝したぐらいの選手にベテランとの試合を組む。そういう感じでしたが、結果的にベテランが圧倒的に強かったです。

『あっ、こんなに差があるんだ』と気付いて、ならばルーキーを集めてガチャガチャの中でベルトを創っても面白いなと思い、去年から始めたんです」

──では最初の3年間はチャンピオンを制定せずに大会を開いていたのですね。

「ベルトはなかったです。3連勝すれば、上に行ってと言う感じで。旗揚げからパンクラスのランカーだったタイガー石井選手に出てもらっていたのですが、彼のことを番頭と呼んで。タイガーさんに勝てば、ステップアップをしていく。

そういう選手を各階級に1人いてもらうようにして(笑)。若い選手が『俺、連勝したから次はタイガーさんだ』っていうような。そこで勝てば上へ、負ければもう1度仕切り直しということで。でも、そうしているとベルトを創って欲しいという声も出てきました。ネクサスに愛着を持ってくれる選手が出てきたんです。

それでバンタム級でベルトを創ることにし、16人のトーナメントを1年かけて行い、渡部修斗選手がチャンピオンになりました。今年はフライ級で、来年はフェザー級です」

──私のフィールドに於いてですが、ネクサスに感謝の言葉を口にする選手がにわかに増えてきたと感じています。ネクサス……絆が存在していますね。

「そう言っていただけるのは有難いです。クレームや指摘をしてもらうことも含めて、道場の代表の方ともコミュニケーションを取るようにしています」

──そうして今のポジションを確立したのですね。

「まぁ、誰もやっていなかったところを衝いたという感じですね。DEEP、パンクラス、修斗に対抗するつもりは一切ないですし、競合相手は土・日に家族でピクニックに行く、ディズニーランドに行く、映画に行く……そういうアクティビティがライバルだと思っています」

<この項、続く>

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