この星の格闘技を追いかける

【Columun】ブラジル生まれの武蔵坊

2012.01.23

Benkei【写真】ダイエット&リカバリーだけでなく、MMA打撃のアングルにも定評があるアンドレ・ベンケイ。

※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載中の『10K mile Dreamer』2011年12月掲載分に加筆・修正を加えてお届けしております

文・写真/高島学

10月某日、セントルイス郊外。

「サバットのステップワーク、アレってMMAに有効じゃないかな?」
「えっ、サバットって、あのフランスの? あんな腰高の構え、一発でテイクダウンされてしまうよ」
「軸足と蹴り足を同時に移動するときがある。そして蹴り足が着地したら、軸足が蹴り足に替わっているんだ。スピードも速いし、使えるよ」
「どっちにしても、あんなに腰が高くちゃ組みつかれて、ケージに押し込まれる。軸足が変わるからって、テイクダウンに捕まらないというのは、短絡的過ぎる」

最後の一言が、きっと火をつけたんだと思う。アンドレ・ビニシウス・アルンエイメウことベンケイは、やおらPCの前に座り込むや、もの凄い勢いでキーを叩き、YouTubeに何かを映しだした。そして、「この試合を見てみろ。あのラモン・デッカーが攻めることができないんだ」と、大声を出し、手招きをしてきた。


「だから、それはキックの試合だろう? MMAじゃないじゃないか」と反論すると、さらにヤツの声は大きくなった。「いかに有効性か分かっていないから、誰も使えない。有効かどうかを見てみようと言っているんだッ!!」。『なんや、喧嘩腰やんけ』、イラッときた。

どうだとばかりにベンケイがセットしたYouTubeの動画は、1996年にミラノでラモン・デッカーが、フランスのサバット出身のキックボクサー、フランソワ・ペナッキオに判定負けをした試合だった。『この試合やったら、俺の方がお前より、ずっと知っとるわい。ゴン格のオランダ通信員やった宮崎さんの記事は、今もコピーして一まとめにして、置いとるんやからな』。

誇らしげなベンケイの顔を見て、「これはWKAキックの試合で、首相撲もヒザ蹴りもなし。MMAには首相撲もヒザ蹴りもないか?」と、言葉を続けた。でも、分かっていた。『やっぱ、コイツの探求心には敵わへんな』と。

シングルレッグ・ダイブだって、フラワースイープだって、打撃のない試合で競われている技術だ。首相撲も、大内刈りも、ムエタイや柔道でなく、MMAだからこそ、有効になるケースがある。サバットという、余りにも意外な格闘技名を耳にし、即肯定できなかったに過ぎない。そんな僕の気持ちに、もう気付いたのだろう。

ベンケイは、軸足の移動に伴うローキックの実演を静かに始めた。『お前な、勝ち誇った顔しくさりやがって。年上やのに、その大人気の無さはなんや』という気持ちを抑えて、彼の次の動きに目を移す。
そんな僕だって44歳、中年も良いところなのに、十分に大人気ない。大人気ない二人の関係は、もう10年以上続いている。

アンドレ・ベンケイ、ハイパーダイエット&リカバリーの権化は、実はステップワークの探求者でもある。自らは極真空手の経験者だが、その名が響くような実績を残していたわけじゃない。よって、モハメド・オワリという名のキックボクサーに、自らのMMAストライキングという分野で知識を植え付け、ATTの組み技選手達の打撃を大いに進化させた。

お金儲けが、これ以上ないくらい下手だ。人としての正論が、常に社会で正論として存在すると今でも思っている。よって、自分が正しいと信じている方角以外に、人生の舵を切ることができない。自分の意見が正しいと思ったら、24歳の奥方だろうが、44歳の日本人だろうが、ATTのオーナーだろうが徹底的に論破しようとする。

それでいて、極真空手時代の師匠、恵松郎先生の話になると、すぐに涙ぐんでしまう。ベンケイが、息子のように可愛がり、その勝利のために心血を注いできた若きファイター達は、彼よりもずっと強かでドライだった。

「この軸足の移動、相手のインサイドに移動しているだろう? ここだッ、これが謎なんだ。でも、センセイ・メグミもこういう動きしていたんだよな……」。話の締め括りは、いつだって恵先生だ。その頃には、まるで赤子をあやすときのような穏和な目に変わっている。

正しさを知るには、弛まぬ探究心が不可欠だということ。自分の人生は、己の足で進むべきもの。そんなことを、リオ生まれ米国中西部在住のムサシボウが、いつも僕に教えてくれる。

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