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【Special】月刊、大沢ケンジのこの一番:8月―その壱―:リネケル✖キム・ジェウン「言い訳はできない」

【写真】ここ前後の距離でやり合うということ(C)ONE

過去1カ月に行われたMMAの試合からJ-MMA界の論客3名が気になった試合をピックアップして語る当企画。
Text by Shojiro Kameike

背景、技術、格闘技観を通して、MMAを愉しみたい。大沢ケンジ、水垣偉弥、柏木信吾というJ-MMA界の論客をMMAPLANET執筆陣がインタビュー。今回は大沢ケンジが選んだ2023年8月の一番、8月5日(日・現地時間)にONE FN13で行われたジョン・リネケル×キム・ジェウンの一戦から、前回の内容が繋がる距離感について――さらに日本人と海外勢のフィジカルについて語らおう。


――大沢さんが選んだ2023年8月の一番は、どの試合ですか。

「ONE FF13のジョン・リネケル×キム・ジェウンです」

――リネケルが試合時間残り1秒で逆転KO勝ちを収めた試合ですね。

「あの試合のキム・ジェウンが良かったです」

――てっきりリネケルのKO勝ちをピックアップするのかと思いました。キム・ジェウンの良かった点を教えてください。

「もともとキム・ジェウンってストライカーじゃないですか。キム・ジェウンのほうからテイクダウンに行くのは、自分もほんの数回しかなくて。でも今回はまずキム・ジェウンからテイクダウンに行きましたよね」

――1Rにダブルレッグでクリーンテイクダウンを奪いました。

「まずストライカーであっても、あれだけのテイクダウンを持っている。今までキム・ジェウンは打撃が目立っていて、あのカードは切っていなかったと思うんですよ。それはロブ・フォントを組みで完封したコリー・サンドハーゲンも同じで」

――ストライカーのサンドヘーゲンがテイクダウンでフォントを完封しきって勝ちました。

「マルロン・ヴェラ戦もそうですけど、それまで打撃のイメージが強かったサンドハーゲンがテイクダウンで完封する。当たり前のことだけど、やっぱり全部できるから強いんだなって思います。サンドヘーゲンとキム・ジェウンだと、距離の取り方は違いますけどね。サンドヘーゲンは距離をぼやかしながら組む、みたいな感じで」

――ではキム・ジェウンの距離というのは……。

「前回の話の延長みたいになりますけど、まず至近距離で戦える。それとリネケル戦では中間距離でも強いところを見せた。だから組みにも行ける。キム・ジェウンも途中から、リネケルの打撃に対して少し気持ちで押されていたと思いますよ。でも至近距離だけでなく中間距離でも打ち合えることが分かって、また盛り返したじゃないですか」

――フィニッシュの一撃をもらうまでキム・ジェウンの展開でした。

「前回MMAPKLANETで、『日本の選手は遠い距離で戦おうとすることが多い』と言いましたよね。一発も食らわないように――よく言うのは『ダメージが溜まると危険だから』って。確かに遠い距離で戦い、勝つ日本人選手もいますよ。平良達郎君とか。でも平良君の場合は圧倒的な組み技の強さがあるから、近い距離になっても戦えるわけです。

木下憂朔君がビリー・ゴフに負けたのは、勿体なかった。遠い距離で戦うようになり、相手との距離が詰まってきたらプッシュで押して離れる。プッシュするのって、実は結構疲れるんですよ。それで最後はボディブローを食らってKO負けに」

――大沢さんは日頃から、ボクシングやキックボクシング競技と比べれば、MMAは頭部にダメージが溜まらないと仰っています。一方で、MMAに限らずボクシングでも日本人選手が海外の選手と対戦する時、海外のファイターのほうがパンチ力も強いから打たれないようにする傾向にありませんでしたか。

「いろんな選手がいるから傾向は分からないけど、その意識はありますよね。『外国人選手が相手だと一発食らったら終わってしまう』って。日本人と外国人ではフィジカルの差があるから――と」

――大沢さんから見て、それだけ日本人選手と海外選手の間には、パンチ力と耐久力に差があると思いますか。

「フィジカル面で言うと同じ階級で同じ筋量であれば、そんなに差はないと思いますよ。バズーカ岡田さんって知っていますか? 岡田さんは日本体育大学の教授で、スポーツトレーナーかつボディビルダーでもあるんです。その岡田さんが2012年から柔道の全日本男子チームのトレーナー(体力強化部門長)を務めていて、オリンピックで柔道男子のメダル獲得数が増えました。その岡田さんとお話する機会が会って、筋量について訊いたんですよ」

――それは興味深いです。岡田さんは何と仰っていましたか。

「みんな人種の違いで、日本人と海外勢ではフィジカル差があると言いますよね。でも岡田さんは『同じ階級で同じ筋量であれば――80キロぐらいまでの階級なら、日本人と海外勢でフィジカル差はなくなる』と。柔道でも、それまで筋肉の上に少しぜい肉を付けるような感じだった体つきから筋量を増やしてみると、パフォーマンスも向上したそうです」

――あの日本柔道の復活劇の陰には、要因としてフィジカル強化もあったのですね。

「MMAの話に戻ると、『韓国人選手はフィジカルが強い、日本人選手とはフィジカル差がある』と言う人は多いじゃないですか。でもそれは、筋肉の付け方や筋量の問題であって。日本人と韓国人選手の間に根本的なフィジカル差はない。で、韓国のキム・ジェウンが元UFC世界ランカーのジョン・リネケルを相手に、あの試合をやってのけた。もう日本人選手は言い訳できないと思うんですよ」

<この項、続く

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