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【Bu et Sports de combat】武術的観点で見るMMA。アデサニャ✖ポアタン「ボクシングキック」

【写真】MMAの打撃とは。そしてMMAにおける打撃とは (C)Zuffa/UFC

MMAと武術は同列ではない。ただし、武術の4大要素である『観えている』状態、『先を取れている』状態、『間を制している』状態、『入れた状態』はMMAで往々にして見られる。

武術の原理原則、再現性がそれを可能にするが、武術の修練を積む選手が試合に出て武術を意識して勝てるものではないというのが、武術空手・剛毅會の岩﨑達也宗師の考えだ。距離とタイミングを一対とする武術。対してMMAは距離とタイミングを別モノとして捉えるスポーツだ。ここでは質量といった武術の観点でMMAマッチを岩﨑師範とともに見てみたい。

武術的観点に立って見たイスラエル・アデサニャ✖アレックス・ポアタン・ペレイラ戦とは。


──アデサニャ✖ポアタンの再戦。前回は4Rで敗れたアデサニャが、2RでKO勝ちしました。

「前回も途中でケガをし、自滅しなければアデサニャの試合だったと思います。そのなかでポアタンは凄まじく質量が高かったのですが、キックボクシングを続けている。MMAの打撃にアジャストできていないという話をさせてもらったかと記憶しています。

あれから5カ月ぐらい過ぎ、この間に私もMMAで打撃の指導をすることで色々とMMAのことを考えてきました。MMAなのだから、立ち技で敵わないストライカーは組んでテイクダウンをして良いと思います。それがMMAで。でも、組めない時はどうするのか。打撃で決着をつけるしかないという状況に陥った時、今回のアデサニャがその答えとなる素晴らしい戦いをしました」

──前回は質量で負けていても、MMAの距離で戦う打撃で盛り返した。その質量という部分で、今回はどうだったのでしょうか。

「今回もポアタンは入場した時に『コイツは人間か!』というぐらいの質量でした。骨格を見ていても、進撃の巨人ですよ。あんなのにぶん殴られたら、とんでもないことになる。それは前回も同じでしたが、MMAの打撃が出来ていないのも同じでした。

そして前の試合では最初はビビっていたアデサニャが、今回はそんなポアタンを相手に自信を持って戦っていました。きっと自爆していないと、勝てたんだという風なマインドセットで試合に挑むことができたのではないでしょうか。実際にアデサニャの攻撃はMMAの距離で、左の突きから左の蹴り。これは剛毅會空手で常に指導していることなんです。そうやって、自分の距離を創るということですね。

それをやられたポアタンは何もできていなかったです。ポアタンは蹴りもパンチも良いけど、接近戦の攻撃しかない。ボクシンググローブをつけて、あの距離まで近づいてフックで戦ってきたんでしょうね。ストレートがないです。全部フック、寄ってフック。なぜ、そうなるのか。

これは私が不勉強で長い間、キックボクシングを見てこなかったので分かっていなかったのですが、私が見ていたキックと今のキックは違うということを最近気づきました。このところ平本蓮以外にもキックをやってきた選手がウチにやって来て稽古をしたのですが、『なぜ、この距離なんだろう』と理解できなかったんです。

だから最近のK-1の試合を視てみました。するともう私が知っている頃のキックボクシングではない。一度の掴みで一発が許されているという戦い方をしていて、首相撲に捕まるとかが一切なくなっている。だからあの距離でフックを打って蹴る。私の知る首相撲が続くキックは、消滅しているのですね。

古い話ですが、私が入門した1982年に極真空手は首から上の掴みは全面禁止になりました。ただ同じフルコンタクト空手でも士道館や正道会館は認められていたんです。そして90年代になり極真の大会に正道会館の選手が出てきた時に、顔に触ることができない我々と彼らでは回し蹴りの質が変わっていました。

首相撲に限らず、首から上に手を掛けて崩して蹴っている。つまり手を使って蹴っていたんです。手を使って蹴るのと、手を使わない蹴りはもう別モノです。手足といいますが、生物として四肢動物です。そうなると手と足は連動していて然り。手が使えないと、本来蹴りは本来使えないです。

ポアタンに関しては、GLORYがそうなのでしょうね。ムエタイに準じていない、首相撲のない蹴りでした」

──MMAは全面的に組みがあるので、手のある蹴りになるわけですね。

「なのでポアタンの戦い方は首相撲なし、もしくはワンアタックというルール下だからあの距離まで近づけるモノ。キックボクシングというよりは、ボクシングキック。そこで強かった人なんでしょうね。ペトロシアンの時代ですら、あの距離はなかったですから」

──ポアタンはMMAに関しても、打撃を必要以上に怖がらないで組み伏せることができる相手とは戦ってきていないと思います。

「倒されないから、あの距離でフックを打ってきたということですね。UFCがポアタンをチャレンジャーにしたのは、組み有りの相手を組ませないで、かつ倒しにいかないでアデサニャが勝ち続けるから。そこに対して、打撃だけで攻めるポアタンをぶつけてきたのではないかと。殴り合えッて(笑)。だから、ポアタンをMMAの距離で戦えるように矯正していくのは楽しいだろうなと思います」

──ただし、今回の試合では矯正はされていなかったと。

「全くないです。前回勝ったから、それ以上のことを考えないで戦った。そんなところかと思います。ポアタンに欠けているのはテイクダウン込みの打撃、そしてMMAグローブを使うという2点です。ポアタンは頭の位置が後ろにありました。必要以上に後ろにあるのは、必要以上に殴られたくないから。MMAグローブで殴られたくない意識の表れですね」

──つまりは怖がっていると?

「ハイ。必要以上にアデサニャのパンチを恐れていました。対してアデサニャはそこにしっかりと合わせて行く。姿勢が崩れず、距離を自分でコントロールしていました。後ろを使えていました。後ろを使って左を蹴って、左を突く。無理に前に出ないで、その場で突く。最後のKOシーン、あの距離になってポアタンが襲い掛かってきたから、アデサニャだってビビったはずです。

それでも態勢を崩さずに合わせた。そうなった時に勝つのは、態勢が崩れていない人間です。遠い距離の時、ポアタンは頭の位置が後ろでした。そして近い距離になると、さすがに頭が後ろだと打てない。でも、振り回して態勢が崩れていました。対してアデサニャは自分が、そうあるべき状態で打っていたので結果はあのようになります。

こういう状況になった時、どうすべきか。剛毅會では、そこしかないというぐらい研究しています。ウチの場合は組みが穴なのは明白です。だから、組まれた時、倒された時の対処練習はやらないといけないです。対してMMAをMMAとしてやっていると倒せない、組めないとなった時、立ち技で勝てるノウハウがあるのか。そこを私は考えます」

──MMAの技術変遷は順繰り、順繰りだと思います。攻めが時代を創り、続いて防御が発展する。そうすると、次の局面に移る。また攻撃から防御という順番で技術力が上がり、次の局面に移る。優秀なレスラーでも、テイクダウンだけでは倒せない。打を見せて、そこでリードしないと倒せない時代になり、打撃が発展してきました。

「そうですね。UFCなんかは、本当にそういう時代になっています。簡単にテイクダウンはできない」

──結果、今は特に近い距離のパンチ、ヒジとヒザ。そして遠い距離では蹴りの発展期にある。そのなかでポアタンは、時代の狭間で、近い距離の打撃だけでUFC王者に登りつめた。他方、日本ではコロナ禍で国際戦が止まった。この2年間、まだ打撃に対してテイクダウンの優位性が高い戦いが続いた。テイクダウンを切って打撃というよりも、何とか倒そうというMMAが主流にある。

「だから打倒極の回転で勝つという思考がより強いわけですね。テイクダウンを防いで打撃で勝つことができていないから、組み主流が続くと。まぁ結果的に回転すれば良いですが、回転させるのが目的ではない。打撃で勝てれば、組みへの回転の前に終わるわけですし。テイクダウンしてコントロールし続けるのは、レスリングとグラップリングで勝っているわけで回転して勝っていることにはならないですよね」

──ハイ。スクランブルは回転ではないです。レスリングです。そこに打撃入れば、回転というか融合ではあると思うのですが。

「回転させるための回転。戦いにおいて、その意味が私には本当に分からないです」

──いずれにせよ、今もテイクダウンが有利にある日本のMMAにおいて打撃の種類は違いますが、テイクダウンされずに打撃で勝とうとする平本選手や鈴木千裕選手が現れた。今は、過渡期ではないでしょうか。鈴木選手は中原選手との試合で倒れないで、殴り合い合いに持ち込み勝った。平本選手が斎藤選手にそれができるのか。

「そこでいえることは外国人の真似をしても、我々日本人は勝てないです。韓国人は米国人と同じことが、なまじ出来てしまうので、日本人にそれで勝ててもUFCでは頭打ちになります。そして米国、韓国、日本と並べると一番ひ弱なのは日本人です。その弱い日本人が米国、韓国の真似をしても勝てない。簡単にいえば剛か柔でいえば、柔を使って打撃をしていく。それが我々の追求している空手にはある。

打倒極の打だけで勝とうとすると、MMAを戦う上で2/3のカードを捨てている。1つのカードで勝負するのだから楽だという見方もされます。

でもね、その1/3のなかに何万という方法論があります。中国武術に千招に通ずるより、一招を極めよと言う言葉があります。沢山の技を知っているより一つの技を何万通りに通じるようにしろという意味です。ジャブ、前蹴りは単にジャブ、単に前蹴りで済ませることができますか? ジャブも前蹴りも突き詰めようと思えば、果てしないです。1つのカードのなかには1/10000の方法論が、10000という数だけ存在しているんですよ。そこを噛み砕かないとMMAグローブでリーチの長い黒人選手と戦えますか? 組みと寝技という2つのカードで戦ってみなさいよってことなんですよ。

入る、見える、怖い。構え一つをとっても、大難題ですよ(苦笑)。だから他にどうこう言われても、剛毅會空手はそこを追求しているので、以後お見知りおきを──ということです」

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