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石井慧がブラジルを目指す、ほんとうの理由

880fa94d【ゴング格闘技発】北京五輪柔道100キロ超級金メダリストの石井慧が4日、海外武者修行のためブラジルに出発した。ブラジルでは、石井が今秋の参戦を目指す米国総合格闘技団体UFCで活躍するマチダ・リョートと初代PRIDEヘビー級王者アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラのジムで、それぞれ練習に励む予定。日米のさまざまなジムで武者修行を続ける石井はなぜ今回、ブラジルに向かったのか。渡伯直前の成田空港で聞いた。

【写真】4日、海外武者修行のためブラジルに出発した石井慧。石井はなぜブラジルを目指したのか (C) GONG KAKUTOGI

「すごく楽しみで昨夜は眠れませんでした」──開口一番、石井はブラジル行きの興奮を伝えた。ブラジルは初めて、ではない。06年5月の柔道全日本強化合宿ではリオデジャネイロで、BTTでも練習する柔術黒帯のフラビオ・カントや、名門ブラザに所属するレオ・レイチらと「毎日のように」スパーリングをしていたという。上から圧力をかけてパスして抑えようとする石井に、下から寝技で迎え撃つブラジル勢。そんな光景がもう3年も前に、青畳の上で繰り広げられていた。


今回の修行の最初の「楽しみ」は、リョートを育てた町田道場での長期稽古だ。1月31日に生観戦したUFC94で、「最も衝撃的だった、オリジナルな戦い方」の秘密を知りたいのだという。13戦無敗同士の試合となったチアゴ・シウバ戦でリョートは、マチダ空手仕込みの半身からの単打、相手をさばくようなヒザ蹴り、そして小外刈りからのパウンドでチアゴをKO。“ノックアウト・オブ・ザ・ナイト”として試合給とは別に8万5千ドル(約850万円)のボーナスも獲得している。そのリョートが、大一番の前に自身の原点に戻りマンツーマンの稽古を行ったのが、今回、石井が向かう町田道場だった。石井は「あの空手ベースの打撃は魅力的。お父さんの嘉三さんがリョート選手に、何を教えているのか知りたい」と目を輝かせる。

51b8c448【写真】1・31のUFC94で、13戦無敗のチアゴ・シウバをKOしたマチダ・リョート(左)とその父・嘉三氏 (C) GONG KAKUTOGI

日本では、和術慧舟會や高阪剛氏のアライアンスジム、吉田道場などに出稽古を敢行、さらに外国人初のムエタイ王者・藤原敏男氏からも打撃の教えを受けた。出稽古の多さから「MMA白帯」が何色に染まるのか不安視する声もあるが、「(教わった)形を消化してアレンジしている」段階だという。「今はATTを拠点としながら、まずはいろんな所でいろんな練習を見てみたい。その中で長所は伸ばし短所を無くしていく」と、明確なビジョンを持っているようだ。

米国ATT(アメリカン・トップ・チーム)では約2週間、午前と午後の2部練習で1日7時間の練習を行ってきたという。7月にジョルジュ・サンピエールとの王座戦が予定されるチアゴ・アウベスともルールを限定したスパーで肌を合わせたが、ATTが三顧の礼を持って迎えた形だ。

「毎日、朝から晩までコーチが付きっきりで練習していました」と石井が苦笑するとおり、オリジナルATTメンバーのヒカルド・リボーリオが率先して指導した。ムエタイコーチは、モハメド・オワリではなくアダム。「デフェンスをしっかり身に付けることで打撃への恐怖心は無くせる」とアドバイスを受け、MMA打撃の「基本をつかみつつある」という。石井は、多くの出稽古を積み重ねながらも段階を踏んでMMAファイターに生まれ変わろうとしているのだ。UFC94では、キム・ドンヒョンvsカロ・パリシャンという柔道家同士の試合も観戦したが、投げ技が連発した試合を「(逆に)打撃が大切だと思った。ATTでも打撃からテイクダウンの繋ぎの動きを先生と何度もビデオを見て研究しました」という。

石井が向かったブラジルの町田道場とノゲイラには不思議な縁もある。町田嘉三氏は過酷な船旅でのブラジル移民の最後の世代。一部報道では、石井と同じ「国士舘大学出身」と書かれていたが、実際は日本大学農業土木科で学び、空手部で大学4年時に全国大学選手権の型優勝、組み手三位の実績を持つ。1968年に渡伯後、トメアス、リオ、サンパウロ、サルバドールなどを空手修行で回りながら、最後に辿り着いたのが、現在の町田道場があるベレンだった。

当時、国士館大学は、ブラジル進出を計画しており、そこで「武道の学校を」という町田氏の提案を受けて、現地法人が設立された経緯がある。空手の指導者として国士舘高等学校の武道場に勤めた町田氏だが、国士館のブラジル撤退を受けて、同所を「銀行から借金して買い取り」、現在の町田道場を作り上げた。カポエイラ発祥の地ベレンで、数多の道場破りから看板を守ってきた町田氏は、UFCで活躍する三男リョートより早く“何でもあり”を実践してきたともいえる。町田氏は言う。「負けたら道場が無くなってしまう。柔術家と戦うときは組み付かれないように、間合いを大事にノーモーションで上下に散らして打つ。今のリョートとあまり変わらないですよ」と。

ベレンは、コンデコマこと前田光世が終の棲家とした場所でもある。柔道家として世界を周り、ブラジルでグレイシー一族に柔術を伝えた男は、アマゾンで生涯を終えた。UFCが始まる以前、雨の多いベレンの町で、流されそうになっていた前田の墓を建て直したのが、町田氏だった。「コンデ先生はベレンでブラジル人や日本人移住者たちに柔道を指導するかたわら、開拓のため親身になって移住者の世話をされていたと聞きます。私は、流されそうになっていたコンデ先生の墓から骨を集めて、国士舘のOBの人たちと墓を作り直しました。今でも私の道場では『前田杯』という柔道と空手の大会を開いています」。

町田氏は自身の道場に「柔術クラス」も作っていた。そこで熱心に学んだのが、リョートだった。柔術クラスの師範はアレクセイ・クルーシュ。“柔術に技術革新をもたらした男”ヒカルド・デラヒーバの黒帯だ。同じくそのデラヒーバを師匠とするのが、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとなる。石井が19歳で全日選手権を獲得したときの試合もノゲイラは当時、ビデオで観戦していた。ノゲイラもまた、柔道出身なのだ。前田がいなければ、“今の”グレイシーはおらず、UFCもMMAも生まれなかったのかもしれない。「ぜひ(コンデコマの)墓参りをしたい」という石井にとって、今回のブラジル行きは自身の“ルーツを辿る旅”でもある。

現在の石井は110キロ。ヘビー級として、「もう少し体を大きくしたい」という。タフな練習内容をことさら語ろうとはしないが、聞けば今でも朝夜2時間のランニングを欠かさない、という。ヘビー級でありながら、走る。それは、今回の試合前にリョートが「5カ月間、ずっとランニングを続けた」という強化方法とも符合する。

清風高校時代の先輩・秋山成勲が今夏のUFCデビューを決める中、石井は10月デビューを目標としているが、「納得できた時にやりたい」と焦りはない。5月23日のUFC98では、ブロック・レスナーvsフランク・ミアーのヘビー級王者対決も決定したが、「(序盤にレスナーが怒涛の圧力を見せるも90秒でミアーがヒザ十字で一本勝ちした)前回とはレスナーも変わっているはず。今回はレスナーが行くんじゃないか。レスナーに興味があります」と同じ五輪競技出身の“新人”の成長に期待する。

当初はブラジルに1カ月滞在して、町田道場とノゲイラのジムで、2週間ずつ練習する予定だったが、石井は「できるだけ長く練習したい。向こうでビザを取り直します」と、出稽古の延長を希望。約4週間ずつの最長で計2カ月間滞在するつもりだ。

日本の国士舘は「単位が足りず3月には卒業できない」と苦笑する石井だが、ブラジルの国士舘こと町田道場とノゲイラジムで、どんな単位を取得してくるのか。『ゴング格闘技』では、次号でも引き続き、石井の挑戦を追っていく予定だ。
(文・写真=『ゴング格闘技』松山 郷)

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