この星の格闘技を追いかける

【on this day in】12月28日──2010年

12 28 10【写真】「お代は結構です」と代金を受け取ろうとしないKODO君に押し付けるように支払を済ませ、食べさせてもらった絹とうふとあげ。生涯最高のお豆腐とおあげさんだった(C)MMAPLANET

KODO interview
@芦屋市西山町、とうふ屋六兵衛
「『あんた修斗って格闘技の解説していたよなぁ?  で、修斗って何?』──終戦の年に生まれた叔母の口から、まさかの単語が飛び出した。確かに僕は2004年頃までプロ修斗の解説をさせてもらっていた。でも、神戸の実家やその周辺に住む親族は全く格闘技と縁のない生活を送っている。そんな叔母がわざわざ東京に電話をよこしたのは、彼女が通う料理学校に本当においしい豆腐を卸している『かっわいい子』が修斗の選手だからだった。で、修斗がどんな格闘技が知りたくなったそうだ。叔母の料理学校の友人からも、腰が低くて冒頓な感じのKODO君は、その豆腐同様の高評価を得ていた。07年の修斗新人王、08年7月にはDREAMでジョセフ・ベナビデスとの対戦経験もある。修斗GYMの代表を務め、指導、自らの練習、そして「とうふ屋六兵衛」を起業し、忙しい日々を送っていた。大正5年創業の老舗の豆富屋である実家から取り寄せた商品を当時は移動販売だけでなく、民家の軒先を借りて営業も行っていた。その場所こそ僕が大学生時代に使っていた阪急芦屋川駅の北側の小さな商店街。勝手に何か縁を感じ、取材をさせてもらった。『本当の豆腐の味を日本の食卓に残したい』というKODO君の言葉は、リング外でもシューターっぽく微笑ましかった。もう一つの夢だった修斗の王者になることなく、彼は今年の11月にリングを下りた。真正直に格闘技と向かい合った──、あの六兵衛で取り扱っている無農薬国産大豆で作られた豆腐と同じように、添加物のない格闘家人生を全うしたことだろう──。DEEP DREAMが終われば、神戸に帰省する。この冬は何としても小堂準也が配達してくれる豆腐を、おあげを食したい。なので年始の営業予定を教えてください!!」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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