【OCTAGONAL EYES】ホリオン・グレイシー <前編>
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※本コラムは「UFC日本語公式モバイルサイト」で隔週連載中『OCTAGONAL EYES 八角形の視線』2009年5月掲載号に加筆・修正を加えてお届けしております
文・写真=高島学
今、世界中でMMAは行われています。
日本は当然として、大会開催数は少ないですが、南アフリカやモロッコなど、アフリカ大陸の南と北の端でイベントが開かれたことがあり、今では南極大陸以外の全ての大陸で、MMAの痕跡を見ることができます。
それは1993年にUFCに始まったからこそ――の現象だといえるでしょう。
UFC以前にMMAと同じような何でも有りというコンセプトに近い格闘技が行われたことがあります。我が国では、シューティング(現・修斗)であり、UWF系もそうだし、オランダでは1981年にのちにK-1で有名になったチャクリキ・ジムのトム・ハーリンクと、同じくこの後リングス・オランダを結成するクリス・ドールマンがパンクラチオンという大会を開いたこともありました。
ドイツでもキックの大会で、ボクシンググローブをつけて、グラウンドで殴ることが許された試合が行われていたのを映像で見たことがあります。
ただし、シューティングにはパウンドはありませんでした。UWFは、結局のところ基本路線は筋書きのある八百長でした(彼らがプロレスを八百長と非難し、自分たちは別モノのようにアピールした過去がある限り、私はUWFをプロレスでなく八百長と呼びます)。オランダのパンクラチオンは、イベント終了後の開催禁止を警察から言い渡されたと聞いています。
つまり、これらの総合格闘技の走りとなった活動は、ムーブメントをつくり、世界を駆け巡ることはありませんでした。
格闘技とは、本来、かつての柔道(柔術)がそうであったように、ムエタイもカラテもカンフーも、何でも有りを想定しているものでした。実際に中国には擂台賽と呼ばれる死を覚悟した大会が開かれていたという話です。 ただし、それらの多くの格闘技は競技会を行う、あるいは普及を目指すうえで、何でも有りの要素がそぎ落とされ、一つのルール内で最高を目指すモノに変化していきました。
そこでUFCです。UFCを開いた張本人ホリオン・グレイシーは、その名の通りグレイシー柔術を父エリオから受け継いだ柔術家で、彼らのコンセプトはスポーツとしての柔術とは別に、そのスポーツ柔術でも使われる技術を流用し、他のスタイルと戦うバーリトゥード(ポルトガル語で何でも有りという意味)という戦いに勝つことでした。
この目的を常に達成するために、グレイシーは一族をあげて、ブラジルであらゆるスタイルの格闘技と戦いました。そんなルールなき試合、果たし合いを行うことで磨かれた技術は、唯一、何でも有りの競技化を可能にし、世間に広めるために研磨された技術に進化していったのです。
ホリオンは八角形の金網、オクタゴンという斬新なビジュアルを持つ刺激的な舞台で、一族内で磨き上げられたテクニックの優秀性を世界の格闘技界に向け発信しました。そして、ホイス・グレイシーが相手の顔を腫らすことや、流血に追い込むことなく、裸絞めや腕十字で勝利を重ねる姿を見て、誰もがテクニックで何でも有りを勝ち抜けることを知ったのでした。
【写真】ホリオンとアート・デイビーが手を握り、UFCが始まったが、今も残る面影はオクタゴンとUFCという名前ぐらいか。新しくなったグレイシー柔術アカデミーでホリオンは息子たちとともに護身を第一としたグレイシー柔術の指導を続けており、「UFCを見ることはない」と言っている
そのUFCも、オクタゴンのなかの戦いで、否応なく見られる残虐性をすぐに指摘されました。しかし、その矛先は優勝したホイスでなく、彼に敗れた他の格闘技スタイルのファイターたちの殴る、蹴るというシーンに対してでした。この事実はホリオン・グレイシーが目指したグレイシー柔術の優秀性を世界に伝えるという、UFC開催の目的を達成したこと意味しています。
あるいはホリオン・グレイシーは、UFCが現在のように、巨大なファイティング・ビジネスになることを予想していなかったかもしれません。活動停止に追い込まれ、グレイシー柔術の優秀性のみが世界に伝播すれば、それで満足だったはずです。
しかし、ホイス・グレイシーの見せた技術、加えて彼の神々しいまでの佇まいは、UFCがビジネスとして成立できる可能性、そして夢を人々に与えました。より安全に見える戦いにするため、ルールを変更しても、このホリオン・グレイシーが始めた格闘技大会を存続させようという力が、すぐに働くようになったのです。
魅力的な戦いと、確かな技術。それをPPVとビデオを通じて、世界に発したホリオンがいたからこそ、世界中、どこの大陸でも、MMAが行われる現在があります。
次回はそのホリオン・グレイシー、私たちの周りではホリオン大魔王を崇められている彼について書き記したいと思います。