Column 「掌底とロープエスケープと砂埃」
【写真】道着着用の相手に掌底を落すスティーブ・ネルソン。何がユニファイドか分からないが、ユニファイド・シュート・レスリング・フェデレーションのようなプロモーションがあり、今の北米MMA人気がある
※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載中の『10K mile Dreamer』2010年8掲載分に加筆・修正を加えてお届けしております
文・写真/高島学
本当に埃っぽい会場だった。
フェアグランズ・ビッグ・ロデオ・コロシアムで行われていたUSWFを取材すると、決まってカメラのレンズに砂が溜まってしまい、撮影中も気が気でなかった。普段はロデオ場、足下はドライな砂土。そこをカウボーイハットを被り、刺繍の施されたダンガリーを着たテキサンが、ロングブーツで歩くものだから、会場全体の空気が、酷く埃っぽくなる。
当然、リングも埃を被り、セコンドが興奮して、マットを叩こうものなら、即席砂嵐がいとも簡単に発生する。テキサス州アマリロにあったフェアグランズ・ビッグ・ロデオ・コロシアムは、当時から既に年代モノの建物だった。
1997年10月、ネブラスカ州とアイオワ州、そしてサウスダゴタ州に跨ったスーシティから、ミシシッピー州ベイセントルイスを経て、人生2度目のアマリロ入りを果たした。この3つの都市を2週間ばかりで足早に回り、金網グラップリング大会コンテンダーズ、UFC15、USWFの3大会を取材した。
アマリロは古いプロレスファンなら、その名の響きを身近に感じるかもしれないが、他の2都市同様に普通、日本で暮らしていると、まず知ることはない街だろう。そんな田舎街こそが、当時のMMA生活圏だった。
USWF=ユニファイト・シュート・レスリング・フェデレーションは、掌底、ロープエスケープが認められた(2度で一本負け)総合格闘技。フェデレーション代表とプロモーターを兼任し、かつトップファイターだったスティーブ・ネルソンの本業は小学校の体育の先生で、日曜日には少年レスリングのコーチも務めていた。
父上はプロレスラーで、この頃はWCWで仕事をしていたと記憶している。母君からは「穴の開いたジーンズなんて履かずに、この新しいのを履いて日本へ戻りなさい」と、当時は細身だった自分にはちょっと太股が太いストレートのジーンズをプレゼントされたこともあった。1993年にUインターに来日し桜庭和志のデビュー戦の相手を務めたスティーブが、イベントポスターに「カズシ・サクラバに勝利した男」と自らを売り出していたのには、思わず苦笑いするしかなかった。
まだメールでなく、ファックスが海外との連絡の主流だった時代。彼から届くファックスは、酔っ払ったような字体で「SUSHI STEVE」と、その名前が記されていた。
未就園児より下手な大小二つの魚、尾びれの辺りに球体が2つ描かれ、小さな方にわざわざ「MANABU」と書いてよこした時には、これが教育者の送ってくるファックスかと呆れるしかなかったが、とにかくスティーブはスマートだった。
その彼のスマートさは、MMAファイターとしてよりも、プロモーターとして、いかんなく発揮されていた。なんせUSWFは、イベントを開くたびに4000人以上の観客を集めていたのだ。タコスを食べていると、独特なしゃがれ声で「そんなもの食っていると、臭い屁が止まらなくなるぞ」と笑っていた彼だが、USWFの観客の大半はメキシカンだった。
【写真】フランク・トリッグは、USWFの戦いでrAwチーム入りやプロ修斗来日などチャンスを掴んだ
97年10月20日の大会ではエヴァン・タナーが、ヒース・ヒーリングを三角絞めで破り、USWF世界ライトヘビー級ベルトを巻き、フランク・トリッグがミドル級トーナメントを制していた。もちろんメインを締めたのは、ミドル級王者スティーブ・ネルソンだ。日本人とメキシカンのハイブリット、タイチ・ハヤシという選手に6分6秒、今風にいうと、リアネイキドチョークを極め、4500人以上の観客の大声援を浴びた。
【写真】USWFライトヘビー級王者だった故エヴァン・タナー。この後、同じ掌底を採用していたパンクラスを経て、UFCへ。USWFをスティーブから買い取ったのが彼だった。USWFではタナー以外にも、ヒース・ヒーリングやポール・ブエンテーロなどの人材を発掘している
その後、スティーブは教職年金を30代で受けるようになると、01年にUSWFの権利を売り払い、早々にMMA界と距離を取った。
最近ではダウンタウンに高層ビル群のない都市や、ユナイテッド航空が乗り入れていない都市でMMA大会の取材をする機会がめっきりと減ってしまった。
冷房がきいたメディアルームで、ZUFFAの成功がMMAの歴史と錯覚しそうになる今、あの蒸し暑く、砂埃で目から涙が出てしょうがなかったロデオ会場が無性に懐かしくなることがある。
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