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【Special】福岡に移住し2年半、王座奪取ならず。田村ヒビキ─01─「もう日常に戻っています」

Hibiki Takmura【写真】試合の翌日ということは、田村の顔の傷が物語っている。それでも日常はすぐに始まる (C)MMAPLANET

MARTIAL WORLD Presents 日本の道場のマット事情を尋ねて巡る──旅、第二弾は福岡に田村ヒビキを尋ねた。

MMAで活躍し、柔術も黒帯に。2年半前にCarpe Diemブラジリアン柔術福岡で指導&練習するために大阪から当地に移り住んだ。

6月16日に北九州市の小倉北体育館で開催された闘裸男24 Direction of the Cage03のメインイベントで、プロ修斗環太平洋ウェルター級王座決定戦に挑むもソーキに敗北を喫した田村を翌日にカルペディエム福岡に訪ねた。前日のタイトル戦とアカデミーでの拘り、まずは1年9カ月振りのファイトで自らが感じた違和感について振り返ってもらった。


──修斗環太平洋ウェルター級王座決定戦、スプリット判定負けとなりました。

「結果に関しては、その日は相手の方が強かった。そこに関してはどうこうというのは特にないです。試合を戦うのがかなり久しぶりで、年齢もあり、妙に……これまでにないぐらい試合前も気持ちが落ち着いていたんです。そして何が原因か分からないですけど、練習通りの動きはできなかったです」

──落ち着きすぎたということでしょうか。

「相手と向かい合うまで、凄い落ち着いていて。それが1年9カ月ほど試合間隔が空いたことが原因なのか、自分の年齢のせいなのか。プレッシャーとか全然感じていなかったですけど……何が原因が分からないですね。でも、負けは負けです」

──戦っている時も「おかしいな」と思うところはあったのでしょうか。

「ありましたね。RYOさんなんかと、練習で組み立ててきたことが、全く出なくて。とにかく上中下散らしてやるということが練習ではできていたんです。それが全く手は出ないし、組んでも……倒される圧力はなかったですが、違うなっていうのは1Rの中盤から思っていました」

──相手のソーキ選手のことはあまり分からないので、自分のやるべきことをやると試合前に言っていたのですが。

「それが全くできなかったですね」

──RYOさんが「アレ見せよか? アレ!!」と叫んでいた、アレとは何だったのでしょうか。

Tmura Hibiki「相手がサウスポーというのは分かっていたので、身長も僕の方が高いから左のハイを狙うってことだったんです。右のフックをかけて、サイドから左ハイ。アップを見ていても、ガードが下がっていたので、そこを狙っていこうと。実際に試合中も下がっていたので狙えると思ったんですけど、なんか動きが固くて出せなかったです。

サイドの動きが全くできていなくて、前後だけで。ステップを全然使えていなかった。雑でしたね」

──試合間隔が空いた選手は、自分の動きができなかったと振り返ることは多いです。

「それでも勝つ人は勝っているので。実際にやってきたことが出せなかったのは、自分の気構えがダメだったんででしょうね」

──集中力という部分は? 初回にケージに詰められたエルボーを連打されました。

「確かに当たりました。でも効いたというのはないです。カットはしたけど、意識的には大丈夫で。あの直後に倒れたのはスリップで倒れたんです。貰ってすぐじゃなくて、何か動いたときに。あのタイミングは悪かったです。あのラウンドは完全に取られたと思いました。でも、まだ2Rあったので気持ち的には最後までやりきるという想いでした」

──2Rは、ケージ際での組みが多くなり、その局面でも明確に組み勝つことはできなかった。

「あそこも打撃で攻めようとは思っていました。でも距離は合わないし、動きも固いままでいたので。で、足を引っかけられてトップを取られました。寝技で攻められる感じはなかったので、どこかでスタンドに戻ろうとしていて、結局は三角絞めを狙いながら、立ち上がることができました……けど、中途半端でしたね」

──汗の量が凄かったです。

「ハイ。それは相手も同じ条件なのですが、汗が凄く出て良い形で組んでも滑っていけなかったです。異常に汗が出るなとは思っていました。自分の汗で滑っていましたからね」

──最終回はパンチ、ヒザ蹴りも入り、KOの可能性もありました。

「でもいけなかった。僕は根本でストライカーでないので。相手のパンチを貰って負けてもしょうがないからいかないといけなかったのですが……。打ち方も雑で……お前、何年やってんねんっていう戦い方でした(苦笑)」

──相手あってのモノですから。練習通りにできれば、皆が勝ちます。

「そうですね。自分が不出来で、相手は気合が入っていました。何も考えず、組みにいっていましたね。パンチも当たって効いているのも分かっていたけど、組みにいってしまう。アレは今から思えば、僕の倒すっていうのは組み有りきなんかなって。困ったら組もうというのはあったのですが、殴らなアカンってところで……ああなって」

──試合から1日経ち、どのような改めてどのような気分でいますか。

「勝ったり負けたりしてきた格闘家人生ですけど、判定のコールの時に放心状態になったのは初めてです。1日経って、分かったことはベルトが取れなくても、僕の周りの人達は離れていく人もいないということ。病院に縫いに行ってから集まってくれた人たちに会いに行ったら、凄く皆が温かくしてくれて。

福岡に来てまだ2年半なんですけど、空元気からもしれないですけど、家族、息子もいてくれて……救われる空間ではありました。でも、そこで『ありがとう』と言われている自分が情けなかったです。申し訳ない気持ちでいっぱいで。それしかなかったです。辛かった……、あの優しさが辛かったです」

──優しさが辛いという感情を聞かせてもらって良かったです。そこで嬉しかったという風に言われると、もう取材対象でなくなってしまいます。

「僕が1人なら勝った負けたは納得できるし、勝ち負けで一喜一憂はしないのですが、ここまで支えてもらっているとそうは言っていられないですね。

試合を終えて今は……期待に応えることができなくて『ごめんなさい』というのが一番です。それしかないです」

──田村選手の話を伺っていると、現役としてここで引き下がるという風ではないですね。

「それは分からないです、今後は。でも、もし続けるなら間隔を空けたくない。また、試合のモチベーションを持っていけるのか──ですね」

──そういうなかでも試合の翌日から指導をしているのですね。

「ハイ、ケガもないですし、明日も久留米に指導に来ますし。もう日常に戻っています」

<この項、続く>

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