Column 「1996年6月のリオデジャネイロ」Part.01

2010.12.23

Column

グレイシー

【写真】エリオ・グレイシーとジョアォン・アルベルト・バヘット。1996年6月、ユニバーサル・バーリトゥードが行われたリオデジャネイロで

※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載中の『10K mile Dreamer』2010年7掲載分に加筆・修正を加えてお届けしております

文・写真／高島学

1996年6月某日、リオデジャネイロのガレオン国際空港に到着した。

離日当日、土砂降りの雨のなか自転車で新宿と東中野のアパートを往復し、そのまま成田へ。当時、オークランドに住んでいた親類宅により、マイアミ経由でリオに着いた。

そのブラジル行きの機内で異様な寒気を覚え、毛布2枚にくるまれていたが、地球の反対側に着いた時には、咳が止まらず、目眩がしている状態だった。にもかかわらず、空港に迎えに来てくれているはずのピメンタの姿は、どれだけ探しても到着ロビーには見当たらない。

UFCが始まって3年近くが経過していたこの頃、ホリオン・グレイシーを語り部としないバーリトゥードの歴史、現状が徐々にだが日本にも伝わってくるようになった。

一族の血に関係なく、広く柔術を指導するカーウソン・グレイシーとその弟子こそ、ヒクソンやホイスでなく、本当の意味でブラジルのトップである。エリオ一家はガードから攻め、パウンドはほとんど使わないが、カーウソン一門はトップからガンガンと殴るファイトを信条としている。ヒクソンとビーチで大乱闘をしたルタリーブリには、ウゴ・デュアルチというとんでもない猛者がいる――等など。

記者生活も1年半を越えてなお、情報ページの手伝いで生計を立てているような状態だったが、そんな情報にも色めき立つことはなかった。この仕事に就く前に一度、ブラジルを訪れたことがあった自分は、誌面にその知識を生かせるような影響力はなかったが、現地の情勢は先輩諸氏よりも若干、理解している状態だった。

自動車レースと格闘技、そして市井に溢れる庶民の食事を世界中で触れようと、ガールフレンドと30カ国余りを放浪していた94年。英国留学経験のある彼女の伝手を頼るように、アルゼンチンからフォス・ド・イグアスを経て、サンパウロへ辿りついた。

【写真】ジョアォンの弟弟子にあたるフラービオ・ベーリンギのアカデミー。ヒクソンの一番弟子、故マルセーロ・ベーリンギも、この日、指導していた

そこで偶然、目にした柔術アカデミーの稽古を覗くと、フラービオ・ベーリンギと息子で（後から知ったことだが）ヒクソンの愛弟子マルセーロ・ベーリンギが指導中だった。リオへ行く日本人旅行者に、フラービオは兄弟子のジョアォン・アルベルト・バヘットという人物の下を訪ねるようにと提言してくれた。

バヘットなる人物は、エリオ・グレイシーの内弟子で、カーウソンと並ぶ往年のバーリトゥード・ファイターだったという。

旅中の信条は、どんな結果になろうが、親切にしてくれた人の言に従うこと。僅か2泊のリオデジャネイロ滞在。内心、「グレイシーじゃないのか……」という思いを持ちつつ、フラービオがわざわざ「日本人の男女が訪ねていくから」と連絡までしてくれたのだから、バヘットを訪ねることにした。

この判断が、記者を生業とする僕とブラジルの大切な縁となった。

ジョアォンは、第1回UFCのレフェリーを務めるほど、エリオ・グレイシー一家と深く付き合いがある。その一方で、カーウソンのみならず、柔術の天敵だったはずのルタリーブリ勢とも親交があった。本職は精神科医、過去にリオ州政府のスポーツ大臣を務めるなど、柔術以外の畑を生業としてきた彼は、スポーツクラブにアカデミーを持つだけでなく、UFCに触発され、ブラジルで大掛かりな大会を開き、選手のマネージャー業に乗り出そうと色気を持っていた。

96年4月にユニバーサル・バーリトゥード・ファイティングが開催された折、コーディネイターとして来日を果たしたジョアォン。この頃、居候させてもらっていた仕事の場の先輩・若林太郎さんが、修斗のプランナーをしている関係から、ジョアォンにお願いし、来日中に極秘で、修斗の大宮ジムで佐藤ルミナと巽宇宙にプライベートレッスンをつけてもらった。

それがきっかけとなり、2ヶ月後にルミナと巽は、ジョアォンのプロモーター業と指導のアシスタントを務めていたヴァウミール・ピメンタのアパートで寝起きをし、最強カーウソン・グレイシー柔術でバーリトゥード修行を敢行することになる。

自分を伝手に日本の格闘技界の将来を背負う可能性のある若者が、ブラジルへ修行に出かけるのだ――、責任を持って見届ける必要がある。　銀行口座がほとんどカラになってしまうような状態だったが、人生2度目のリオデジャネイロに赴いた。