Column 「1996年6月のリオデジャネイロ」Part.02

2011.01.06

Column

グレイシー

【写真】バッハにあるピメンタのコンドから、一望できた大西洋。リオ＝灼熱の太陽と白いビーチばかりというわけでは決してない

※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載中の『10K mile Dreamer』2010年10月掲載分に加筆・修正を加えてお届けしております

文・写真／高島学

［Part.01はコチラ］1996年6月某日、リオデジャネイロのガレオン国際空港。UVF開催前にジョアォン・アルベルトが開いたオフィスで電話を掛けると、空港に迎えにきてくれているはずのピメンタが、電話口に出た。

今でこそ、格闘技界に生きる者なら、ブラジル文化、ブラジル人気質を知る者が多いが、当時の感覚でいえば、まだまだ地の果てというイメージのあったブラジル。それから10日ほどの滞在で、嫌というほど日本とは違う、ブラジルという国の文化、ブラジル人の生活習慣を知ることになる僕は、その洗礼をまずはピメンタとの電話で受けることになった。

「マナブゥ、俺は車を持っていない。バイクでお前と荷物を運ぶのは無理だ。タクシーでオフィスまで来てくれ」と告げられた。（だったら、最初からそう言ってくれよ……）。

この時、機内で感じた寒気は、既に悪寒に変化していた。

ボタフォゴからコパカバーナへ続くトンネルの手前にあるショッピングセンター＝リオ・スゥに隣接したビルにオフィスを構えるジョアォン・アルベルト。彼は一目で、僕の体調不良を見抜き、リオ・スゥにあるフィットネスジムに常勤するドクターの下に連れて行ってくれた。

柔術青帯でもあるドクターから手渡された体温計は、40度を上回っていた。トニーという名の彼は、保険証がなく診察費が馬鹿げた金額になるからと、処方箋も書かず薬を手渡してくれ、「解熱剤は一度飲用すると、8時間は時間をおけ」と一言、念を押した。

滞在先のピメンタのコンドミニアムは高級住宅地バッハにあった。ジョアォン・アルベルトのドライブで、そのバッハへ移動。コンドのリビングでは、先客の佐藤ルミナと巽宇宙が、マットを敷いて練習後の疲れをとるため昼寝をしていた。

【写真】若かりし頃のルミナ。この時が、LAでの練習に次ぎ、2度目の海外でのトレーニングで、盟友の巽宇宙とピメンタ宅に居候。徒歩やバスを使い、物おじせず柔術アカデミーに出かけていた

解熱剤のおかげで熱は38度代まで下がっていたが、食欲がない僕にルミナと巽がオレンジを切り、持ってきてくれた。日本語を聞くと、ホッとしたのと同時に、地球の裏側で高熱を出したことに、さらに強い不安を感じるようになった。

そんな心境を見透かしたかのように、バイクで我が家に戻ってきたピメンタが、蜂の絵柄が入ったプラスチックの容器を手に、「マナブゥ、このうがい薬は凄く効くんだ。お前は高熱だから、これを飲め、そうすれば熱も下がる」と言ってきた。うがい薬を飲めと勧めるピメンタ。彼のブラジル流アドバイスは何度も続いた。

「マナブゥ、熱があるときはプールで泳げ。嫌なら冷たいシャワーを浴びるんだ。そうすれば体が冷える」
　（まさか――、信じられない）。

「解熱剤は8時間置きに飲めって？　マナブゥは高熱なんだから、一回で二錠飲めばすぐに治るぞ」
　（だから……、ドクターが言っていることと、お前の言うことどっちを信じるの？）。　

挙句の果てに、「そんな解熱剤はきかないから、俺が飲んでいる薬をやる」と、得体の知れない薬を手渡された（こんなもの飲むと、それこそ本当に死んでしまうかも……）。

「あとから飲むから」という返答が気に入らなかったのか――、ピメンタは水を持ってきて、『俺の目の前で飲め』と腕組みをする。ブラジリアン柔術の黒帯、逆らってどうなるもんじゃない。子供だましにもならないが、右手に薬を隠し持ち、何も入っていない左手で口を塞いで飲む真似をすると、35歳のブラジル人は誤魔化すことができた。

幸いにして、熱は2日ほどして下がったが、気の毒なことに、その頃にはピメンタの咳が酷くなり、ベッドで寝込んでいた、

「アイツ、本当に冷たいシャワー浴びていますよ。人間じゃない」。ルミナが苦笑いを浮かべてから、約1年後、ジョアォンの口から、ピメンタがブラジリアで行われたUVFで、ファイトマネーを持ち逃げし、行方不明になっていることを聞かされた。

この他にも複数の偽証罪で警察に追われる身となっているという。ヴァウジール・ピメンタ・ジュニオール、今もブラジル人と付き合うときのテキストブックになっている人物。とんでもない奴だが、彼が勧めてくれたうがい薬は、今でいうところのプロポリスで、飲用も可能。インフルエンザにも効果のある高価な薬だったことが、僕の人生をチョット豊かにしてくれている。