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【Grachan36】チェ・ジュと対戦、沙弥子のMMAファイター人生─01─「怖さも痛さも分かっていなくて」

Sayako 【写真】ポートレイト撮影では、笑った方が良いかを尋ねてきた沙弥子 (C)MMAPLAET

9日(日)、東京都大田区の大田区総合体育館で開催されるGRACHAN 36で、沙弥子がチェ・ジュと対戦する。

ベースは柔道、プロMMAデビュー戦はライカ。2年半のブランクを経て昨年12月にグラチャン初陣を戦った彼女は、その容姿からしてライカ戦とは違っていた。

小麦色を通り越した褐色の肌を持ち、引き締まった肉体を持つようになった沙弥子は今年は5月にパク・シウに判定勝ちを収め、戦績を2勝1敗と勝ち越している。パク・シウといえば8月のDEEPで富松恵美をキャリア3戦目で倒したファイターで、富松というフィルターを通すと同じくプロ3戦の沙弥子のポテンシャルが非常に気になるようなった。

そんな沙弥子の──柔道から始まったへこたれない格闘家人生とは。


──Grachan10周年記念大会に出場が決まった時、MMAPLANETに残っていた沙弥子の写真がライカ選手と戦った時のモノで、今と余りにも違っていて使用しようかどうか悩んだほどでした。

「ライカさんと試合をした時は大学を卒業して、柔道の指導をしていた頃で髪の毛も黒かったし、フライ級で大きかったですね。57.2キロで試合をしました」

──アトム級は47.6キロですし、10キロも違っていたのですね。

「柔道の時も48キロだったのですが、引退して遊び過ぎて太っちゃって(笑)」

──柔道ベースの沙弥子選手ですが、そもそも柔道を始めたきっかけは何だったのですか。

「私はもともとソフトボールをしていたのですが、集団でプレーをすることが苦手だと気付いたんです。家族も空手だったり、柔道をしていたこともあり、高校に入った時に柔道を始めました」

──失礼ですが高校生から始めて、大会などで結果を残せるものなのでしょうか。

「高校生の時は全くでした。男子校から共学になったばかりの高校だったので女子自体が少なくて、柔道部は先輩が1人いましたがマネージャー業務に徹していました。3年間1人も女子は自分しかいなくて、雑用みたいなことをすることは多かったです」

──よく続きましたね。

「途中で辞めるのは嫌でした。女だから続かなかったんだとか言われたくなかったので」

──つまりは女子柔道部ではなく、男子柔道部に混ざっていたということですね。こう言ってはなんですが、むさ苦しくはなかったですか(笑)。

「むさ苦しかったです(笑)。でも私も普通の女子と比較するとむさ苦しかったはずです(爆)」

──稽古で男子生徒は沙弥子選手に本気になっていたのですか。

「ハイ。体格が同じ子もそうですし、大きな選手もガンガン力任せにやってくるので、ボロ雑巾みたいにやられていました。それが悔しくて、一回でも良いから上手い組手を取ろう、崩してやろうと思っていました。投げるまでは行かなくても。

そのおかげで体力がついて、体力測定や成績で指定校推薦で日体大に進学できたんです」

──おお、継続は力なりですね。素晴らしい。

「ただ、このままだと他から進学してきた子に適わないので、早い段階で大学に行って出稽古をさせてもらいました。そこからですね、柔道が楽しくなったのは。初めて色々と指導してもらったり、体作りをして、海外の選手が来て練習を一緒したりするようになったんです。

ただし、試合は東京学生で3位というが一番上でそれ以上の舞台で戦うことはできなかったです。全日本学生が試合で逃げ切りを図ったら、最後の1秒で投げられました。時計ばっかり見てしまっていたから。しかも、三決で後輩に負けてしまったんです」

──勝負の世界の厳しさをしっかりと味わったのですね。

「もう自分の実力がどこまでか分かり、実業団にいって柔道を続けるとか、そういう気持ちはなかったです。だったら柔道を楽しんで、そして柔道の指導をしたいと思って。そこで選手の時は勝つために自分の得意技に磨きをかけるような形だったのが、指導するために違う技を色々と覚える必要があって、そこがまた楽しかったです。

それと同時に体が大きくなって。もともと55キロから減量して48キロだったので、野放しにしていたらどんどん太っちゃいました(笑)」

──そのような状況でなぜ、MMAを?

「太り過ぎていたのでダイエットをする決意をして、エイワスポーツジムに入会したんです。キックボクササイズをやろうと。そこでミットとか蹴らしてもらっていると知り合いに話をしたら、沖縄にあるアマチュアの大会で女子選手を探しているってことで、外国人選手と戦わせてもらいました」

──どのようなルールだったのですか。

「ほぼMMAです。パウンドも有りで」

──……。

「パウンド用のグローブでアマチュアルールだからって出て、判定負けしました。パウンドで相手の鼻を折って自分的には最初にしては良い出来だと(笑)」

──……。怖くなかったですか。ホントは柔道の雑用の裏でヤンチャしていたとか(笑)。

「アハハハ。ホント、何も知らなかったからできたようなものです。痛さも怖さも知らなくて出たら、めっちゃ痛くて。だから組んで投げようと。その経験があってライカさんとの話がまとまったような感じでした」

──ライカ戦の時はMMAの練習は?

(C)REAL/SUSUMU NAGAO

(C)REAL/SUSUMU NAGAO

「マルワジムを紹介してもらって、ライカ戦の1カ月前から練習させてもらうようになりました。凄い人と試合ができることに舞い上がって、あの時も試合前は怖いとかはなかったのですが、その分終わってからが恐怖との戦いになってしまいました。ジムに来ることができなくなってしまったほどで。

この間、ヘルニアと腰椎分離症を併発したいたこともあって、パーソナルの先生からMMAを練習する以前にまず体を作り直そうと言ってもらい……ボディビルの大会に出たんです。51キロから2カ月で58キロまで増やして、3カ月で10キロを落とすというのを経験しました。

ボディビルをやってからですね。色の黒さの認識がおかしくなったのは(笑)」

──アハハハ。ただボディビルとMMAでは求められる筋肉は違うかと思うのですが……。

「全然違いますね。イメージ的にボディビルは内側に力を蓄えてため込むモノで、MMAは外に発散させる。真逆ですね。だからまた半年かけてMMAの体に戻しました。でもボディビルも良い経験になったと思います」

──それが試合に出ていなかった時期の話なのですね。

「ハイ。練習は去年の7月から始めた感じで、それ以前はジムにも寄り付かないし、格闘技の情報を知りたいとも思っていなかったです。それがボディビルを経験したことによって、自分がいる場所はここじゃないと思えるようになったんです。やっぱり格闘技がやりたいと先生に伝え、またマルワジムに通うようになりました」

──MMAをやるならマルワジムで、と。

「ハイ。(渡辺将広)会長には散々と迷惑をかけた分、やるならマルワジムと思っていました。私は会長のシンプルな戦いが合っていて、ここで強くなりたかったので」

<この項、続く>

■Grachan36対戦カード

<Grachanフェザー級選手権試合/5分3R>
[王者]阪本洋平(日本)
[挑戦者]原井徹(日本)

<Grachanライト級王座決定戦/5分3R>
山本琢也(日本)
岸本泰昭(日本)

<フェザー級/5分2R>
昇侍(日本)
近藤淳平(日本)

<ミドル級/5分2R>
圭太郎(日本)
清水来人(日本)

<バンタム級/5分2R>
中村謙作(日本)
米山千隼(日本)

<女子アトム級/5分2R>
沙弥子(日本)
チェ・ジュ(韓国)

<Grachanライト級王座決定戦/5分3R>
松場貴志(日本)
山本聖悟(日本)

<Grachanバンタム級選手権試合/5分3R>
[王者]堀友彦(日本)
[挑戦者]手塚基伸(日本)

<フェザー級/5分2R>
伊藤空也(日本)
遠藤来生(日本)

<フェザー級/5分2R>
AYA(日本)
サン・アルン(韓国)

<フライ級/5分2R>
ネコ☆佐々木(日本)
吉澤勇人(日本)

──柔道技を使っていますが、この人はヤンチャだったのではないかと思うほど、打撃でガンガン行っていました。

■対戦カード

<Grachanフェザー級選手権試合/5分3R>
[王者]阪本洋平(日本)
[挑戦者]原井徹(日本)

<Grachanライト級王座決定戦/5分3R>
山本琢也(日本)
岸本泰昭(日本)

<フェザー級/5分2R>
昇侍(日本)
近藤淳平(日本)

<ミドル級/5分2R>
圭太郎(日本)
清水来人(日本)

<バンタム級/5分2R>
中村謙作(日本)
米山千隼(日本)

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