この星の格闘技を追いかける

【on this day in】12月22日──2012年

12 22 12【写真】カーロ・プラターとブラジルで初めて会ってから11年、東京でようやくしっかりと話すことができた (C)MMAPLANET

Carlo Prater interview
@東京都品川区、ホテル・ルートイン五反田
「イアッチ・クルービー・ジャージン・グアナバラ。リオの柔術やルタリーブリにとっては欠かすことができない会場だが、チジューカ・テニス・クルービーと比較すると影が薄い。そんな潮の香がする会場で、2001年7月に初めてルタリーブリのトーナメントを取材した。ルタといえば、柔術の最大のライバルで、両者は刃傷沙汰が起こるほど危険な関係だった。MMAの母国、そして王国でありながら大会が殆ど開かれていなかった時代、人材を世に送り出していたのは、間違いなく柔術とルタリーブリだった。このとき、頭をシルバーに染めいたウゴ・デュアルチ門下生のなかに、米国とブラジルの二重国籍を持ったカーロ・プラターが含まれていた。小学校から高校の途中まで米国で育ち、ブラジルに戻ってマーシオ・クロマドやアレッシャンドリ・ペケーニョと練習していたプラターは、ブラジルの格闘技事情に疎く、ルタと柔術の両方を練習しているという変わり種だった。その後も何度か顔を合わせたが、挨拶程度しか会話はなかった。そして11年が過ぎ、ケージで開催されるようになったVTJに来日したカーロと互いに初めて名前を名乗り、話をした。当然、彼の頭の色はシルバーではなく普通に茶色がかった黒髪をしており、その変わりといっては何だが染めても抜いているわけでなく、僕の方は完全なグレーヘアーに変わっていた。もうルタと柔術の遺恨を知っている方が少数派になったMMA界、ブラジルは米国に次ぐUFC開催数の多い国となっており、僕と彼の会話は気がつけば思い出話になっていた……」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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